仮想空間

趣味の変体仮名

風来六部集 壱

読んだ本

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2

放屁論 同後篇 痿陰隠逸伝

里のおた巻 飛た噂の評 天狗髑髏鑒定縁起

風来六部集 全二冊

東武書林 大観堂板

 

風来六部集序

時に遇(あは)ざれは孔子もお茶を引キ

たまひ管仲(くわんちう)が鞍替(くらがへ)も能(よい)所へ乗込(のりこめ)ば

桓公(くわんこう)の揚詰(あけづめ)と成て遂に斉国(せいこく)の

おいらんとなる予(よ)が先師(せんし)風来山人(ふうらいさんじん)

宿昔(そのかみ)青雲(くも)の梯(かけはし)を踏失(ふみはつし)て天竺(てんちく)

 

 

3

浪人(らうにん)と成りしより滄浪(そうろう)の糝(ざうすい)に濁(どぶ)

醪(ろく)の世の酔(えい)を醒(さま)し吐散(つきちら)したる酒(さか)

反吐(へど)は酔(えふ)た浮世に廻(まは)さるゝ酔諸共(のたまくども)

に目を明(あか)す太平楽の巻物を纔(わづか)の

本(ほん)に書(かき)つゞめ世に行(をこなは)る物六巻あり

頃日(このころ)書林太平館(たいへいくわん)其(その)小冊(しょうさつ)にして読(よみ)

 

足らず且(かつ)ちよぼくさと数(かづ)多きは回

覧するの煩(わづら)はしきを厭(いと)ひ六部を

合(がつ)して二巻となし是を号(なつけ)て風来

六部集と題す全く残口(ざんこう)が無駄

書(がき)を八部(はちぶ)せんとするには非(あら)ず唯(たゞ)是

會刻(くわいこく)の六部に御放施(ごほうしや)

 

 

4

于時安永九年五月十八日下界(げかいの)

隠士(いんし)天竺老人(てんぢくらうじん)頼(たのみ)もせぬに筆を

採る

 

 

5

 放屁論自序

屁(へ)てふものゝある故にへの字を何とやら

をかしけれど天に霹靂(へきれき)あり神に幣(へい)

帛(はく)あり鷹に経緒(へを)有舩に艫(へさき)あり草に

女青(ヘクリカヅラ)あり虫に気蠜(ヘツピリムシ)あり狐に鼬鼠(イタチ)の最(サイ)

後屁(コベ)有一生懸命の敵(かたき)を防ぐ人として

放(ヒラ)ずんば獣(けもの)にだも如(シカ)ざるべけんや放(ヒツ)たり

 

嗅(かい)だり屁たる君子ありといへば強(あながち)

これを賎(いや)しむへからす今評判の

撒𥧔漢(ヘツヒリヲトコ)論より證據(しやうこ)両国橋

                風来山人誌

 

 

6

  放屁論

人参呑で縊(くびくゝ)る癡漢(たはけ)あれば。河豚汁(ふぐじる)喰ふ

て長寿(ながいき)する男もあり。一度で父(てゝ)なし子

孕む下女あれば。毎晩夜鷹(よたか)買ふて鼻の

無事なる奴(やつこ)あり。大そふなれど嗚呼天か

命(めい)か。又。物の流行(はやる)と不流行(はやらざる)も時の仕合

不仕合か。又は趣向の善悪(よしあし)によるならんか

 

 

7

栢莚(はくえん)が気どり。慶子(けいし)が所作事。仲藤が巧者

金作が愛敬。廣治が調子三五郎がしこなし。

梅幸浪花(なには)をひしげば。富三郎東都に名を顕し

川口の参詣。浅草の群衆(くんじゆ)。深川の角力(すまひ)。吉

原の俄(にはか)。沙州(さしう)は木挽(こびき)町に河原節(ぶし)の根本を

弘(ひろ)むれば。住(すみ)大夫は葺屋(ふきや)町に義太夫節の骨(こつ)

髄(ずい)を語る或は機関(からくり)。子供狂言身ぶり声色(こわいろ)

 

辻談儀。今にはじめぬお江戸の繁栄。其(その)品(しな)

数(かづ)へ尽(つくし)がたき中に。さいつ頃より両国橋の

邊(ほと)りに。放屁男(ヘツヒリヲトコ)出たりとて。評議とり/\濁点町々

の風説なり。それ熱(つら/\)惟(をもんみれ)ば。人は小(に)天地なれは。天

地に雷(らい)あり。人に屁あり。陰陽相激(あいげき)するの声

にして。時に発し。時に撒(ひる)こそ。持(もち)まへなれ。いか

なれば彼男(かのをとこ)。昔よりいひ伝へし階子(はしご)?(べ:穴冠に示)数珠

 

 

8

?(べ:米へんに費)はいふもさらなり。碪(きぬた)すがゞき三番叟(さんばそう)。三ツ地(みつぢ)七(なゝ)

艸(くさ)祇園囃(ぎをんばやし)。犬の吠声(なきこへ)。鶏(にはとり)?(べ)。花火の響きは

両国を欺(あざむ)き。水車(みづぐるま)の音は淀川に擬(ぎ)す。道成寺(だうじやうじ)

菊慈童(きくじとう)。はうためりやす伊勢音頭。一中半

豊後節(ぶんごぶし)。土佐文弥(ぶんや)半太夫。外記(げき)河東大薩

摩。義太夫節の長き事も。忠臣蔵(ちうしんぐら)矢口渡(やぐちのわたし)は望(のぞみ)

次第。一段つゝ三弦(しやみせん)浄瑠璃(じやうるり)に合せ。比類なき名人

 

出たりと聞よりも見ぬ事は咄(はなし)にならすいさ行

て見ばやとて二三輩(はい)打連て横山町より両

国橋の広小路橋を渡らすして右へ行ば昔語(むかしかたり)

花咲男とこと/\濁点しく幟(のぼり)を立(たて)俗(ぞく)男女押

合へし合中(なか)より先(まづ)看板を見ればあやしの

男尻もつたてたる後ろに薄墨に濃(くまどり)取て彼(かの)道成寺

三番叟なんど数多の品を一所(いつしよ)に寄(よせ)て画(えがき)たる

 

 

9

さま。夢を画く筆意(ひつい)に似たれば。此沙汰しらぬ田舎

者の。若(もし)来掛ゝりて見るならば。尻から夢を見る

とや疑(うたがは)んと。つぶやきなから木戸をはいれば

上に紅白の水引ひき渡し彼放屁漢(へっぴりおとこ)は。囃(はやし)方

と供(とも)に小高き所に座す。その為人(ひとゝなり)中肉にして

色白く。三ヶ月形(なり)の撥鬢奴(ばちひんやつこ)。縹(はなだ)の単(ひとへ)に緋

縮緬の襦袢。口上爽(さはやか)にして憎気(にくげ)なく。囃に合を

 

先(まづ)最初が目出度三番叟屁(べ)。トツハヒヨロ/\ヒツ/\

/\と拍子よく。次が鶏東天紅(とうてんこう)をブゝブウーブウ

と撒分(ひりわけ)其跡(あと)が水車。ブウ/\/\と放ながら己(をのれ)が

體(からだ)を車返り。左なから車の水勢に迫り。汲(くん)ては

うつす風情あり。サア入替り/\と打出しの

太鼓と共に立出。朋友(ほういう)の許(もと)に立寄り放屁男を

見たりといへば一座挙(こぞり)てこれを論す。或は薬

 

 

10

を用て放(ひる)といひ又は仕掛の有ならんと衆議(しうぎ)さ

らに一決(いつけつ)せず予(よ)衆(しう)人に告(つげ)て曰諸子にいふことな

かれ放屁薬ある事は我(われ)甞てこれを汁大坂

千種(くさ)屋清右衛門といへる者をかしき薬を賣が

好(すき)にて喧嘩下(くだ)し屁ひり薬等の看板を

出す其方も聞得たれどそれは只屁の出る

のみにてヶ様の曲?(べ)を放ことを聞ず又仕掛な

 

らんとの疑ひもつと尤もに似たれども。竹田の舞台に

事替り。四方正面のやりばなし。しかも不埒の取

しまり。何(いづれ)に仕掛の有とも見えず。数万の人

の目にさらし。仕掛の見えぬ程なれは。譬(たとへ)仕掛

有とても真(まこと)にひると同前なり。衆人真に放(ひる)

といはゞ。其糟(かす)を食(くら)ひ其泥(ひちりこ)を濁らして。放

と思ふて見るが可(よし)。扨つく/\゛と案ずれは。かく

 

 

11

世智辛(せちから)き世の中に人の銭をせいめんと千変

万化に思案して新しひ事を工(たく)めとも十が十

餅の形(かた)頃日新しきも今日は古く固(もとより)古きは

猶古しの放屁男(へつひりをとこ)斗は咄(はなし)には有といへども

靦(まのあたり)見る事は我 日本

神武天皇元年より此年安永三年に至て

二千四百三十六年の星霜(さいさう)を経(ふ)るといへども

 

舊記(きうき)にも見えず。いひ伝(つたへ)にもなし。我(わが)日本

のみならず。唐土(もろこし)朝鮮をはしめ。天竺阿蘭陀(ヲランダ)

諸(もろ/\)の国々にもあるまし。於戯(アゝ)思ひ付たり。能(よく)

放(ひっ)たりと誉(ほむ)れば。一座僉感心す。遥(はるか)末座(ばつざ)

より声を掛(かけ)。先生の論甚(はなはだ)非なり。某(われ)申べき

事有と出るを見れば。頃日(このころ)田舎より来りたる

石部(いしべ)金吉郎といへる侍(さむらい)あり。以の外の顔色(がんしょく)に

 

 

12

て。扨々苦々敷(にが/\しき)事を承(うけたまは)る物かな。それ芝居見せ

ものゝ類(たぐひ)。公(おほやけ)より御免あるは。人を和(くは)す

るの術にして。君臣(くんしん)父子(ふし)夫婦兄弟(けいてい)朋友

の道をあかし。譬ば大星由良助(おおぼしゆらのすけ)か仕打は。

忠臣の鑑と成。梅枝(むめがえ)が無間(むけん)の鐘は。女の操(みさほ)を

すゝむるなり。見せものゝ異様(ことやう)なるも親の罪

が子に報ひ。狩人(かりふど)の子は踦(かたは)と成。悪の報ひは針

 

の先。必人々油断するなとの教(をしへ)なるに。近年は

只銭もふけのみに掛り。ヶ様の所へ心を用(もちひ)す剰(あまつさへ)

屁ひり男の見せ物。言語道断のことなり夫(それ)屁

は人中にて撒(ひる)ものにあらず。放(ひる)まじき座敷に

て。若誤(あやまつ)てとりはずせば。武士は腹を切(きる)程恥

とす。伝へ聞。品川にて何とかいへる女。客の前

にてとりはづせしが。其座に小田原町の李(り)

 

 

13

堂(たう)。堺町の巳(みい)なんど居合(いあはせ)て。笑(わらひ)けるに。彼(かの)女忍び

兼(かね)一間へ入(いり)て自害せんとするを。傍輩(はうばい)の女が見

付。さま/\゛に諌(いさむ)れども。一座がかの通り者なれ

ば。悪口にいひふらされ。世上の沙汰に成ければ

どふも活(いき)ては居られぬとのせりふ。彼二人も詞(ことば)

を尽(つく)し。此事決していふまじとひたすらに

なだむれども。イヤ/\今こそ作用に請(うけ)がい玉へ。

 

跡(あと)にていひ玉はんは必定。活て恥をさらさんよりは

死(しな)せてたび玉へとかきくどき。とゞまる気色(けしき)あら

ざれば。二人もすべき方なくて。此事口外(こうくはい)せまじ

きよし。證文(しやうもん)を書て。漸自害をとゞめしとかや。

可咲(をかしき)事の様なれど。女が自害と覚悟せしは。

情(なさけ)を商ふ身の上にて。恥を知(しり)て命を捨(すて)んと

いひ。又いき過(すぎ)の通者(とをりもの)も。惻隠(そくいん)の心ありて。おほ

 

 

14

づけなくも證文書て人の命を助(たすけ)しは。又艶(やさ)し

き事ならずや。かく人の恥とする事を。大道端(どうばた)

に?板(かんばん)を掛(かけ)。衆人の目にさらす事。不躾(ぶしつけ)千萬

此上なし。見せるものは銭もふけ。見るが鈍漢(べらほう)な

りと思ふに。先生雷同し玉ふ事。見限り果(はて)ら

る事也。盗泉(たうせん)の水。勝母(しゃうほ)の地。皆其名をさへ悪(にく)

むなり。非礼聞ことなかれ。非礼見ることなかれ

 

とは。聖人の教なりと。青筋はつてのいひぶん。

予(わし)答(こたへ)て曰(いはく)。子(し)が辞(ことば)甚是(ぜ)なり。去(さり)ながらいまだ道の

大(おほい)なる事をしらず。孔子は童謡をも捨(すて)ず。我亦

屁ひりを取(とる)事論(ろん)あり。夫天地の間に有もの。

皆自(をのづから)貴賤の上下の品あり。其中に至り極りて。

下品とするもの。大小便に止(とゞま)る。賎(いやし)き譬喩(たとへ)を

漢(から)にては糞土(ふんど)といひ。日本にては屎(くそ)のごとし

 

 

15

と。其糞に小便のきたなきも。皆五穀の肥(こやし)となりて。

万民を養ふ。只屁のみ撒(ひつ)た者。暫時の服中(ふくいう)快(こゝろよ)き

斗にて。無益無能の長物(すたりもの)なり。上天(しやうてん)の事は音も

なく香(か)もなしといふに引かへ。音あれども太(たい)

鼓(こ)鼓(つゞみ)のごとく聞(きく)べきものにあらず。匂(にほ)ひあれ

ども伽羅麝香(きやらじやかう)のごとく用(もちゆ)べき能(のう)なし。却(かえつ)て

人を臭がらせ。韮(にら)蒜(にんにく)握屁(にぎりべ)と口の端(は)にかゝり

 

空(くう)より出て空に消(きえ)。肥(こやし)にさへならざれば。微塵用

に立ことなし。志道軒(したうけん)が腐儒(ふじゅ)をさして。屁ひり

儒者といひ初(そめ)しも。花千萬の詞(ことば)なり。斯(かく)ば

かり天地の間に無用(むやく)の物と成果(なりはて)て。何の用に

も立ざるものを。こやつめが思ひ付にて。種々に案

じさま/\゛に撒(ひり)わけ。評判の大入。小芝居なん

どは続(つゞく)べき勢(いきほい)ならず。富三(とみさ)一人が大当りは。菊之

 

 

16

丞が余光(よくはふ)も有。屁には固(もとより)余光もなく。惚人(ほれて)も

なく贔屓もなし。実(じつ)に木正味(きしやうみ)むき出しの

真剣勝負。二寸に足らぬ尻眼(しりのあな)にて。諸(もろ/\)の小芝

居を一まくりに撒潰(ひりつぶ)す事。皆屁威光(へいこう)とは此事

にて。地口(ぢぐち)でいへば屁柄者(へがらもの)也。されば諸の音曲者(おんぎよくしや)。い

ふべき筈の口。語(かたる)べき筈の咽を以て。師匠に随

ひ口伝を請(うけ)。高給金(たかきうきん)はほしけれども。声のよし

 

あしは生れ付。月夜烏(つきよからす)や五位鷺(ごいさぎ)の。があ/\と

鳴(なく)がごとく。古き節の口真似はすれども。微塵も

文句に意(こゝろ)なく。序破急開合(かいがつ)節(ふし)はかせの塩梅(あんばい)

をしらざれば。新浄瑠璃の文句を殺し。面々

家業の衰微に及ぶ。然るに此屁ひり男は。

自身の工夫にて。師匠なければ口伝もなし。

物いはぬ尻若(わか)るまじき屁にて。開合(かいかふ)呼吸の

 

 

17

拍子を覚(をぼへ)。五音(いん)十二律(りつ)自(をのつから)備(そなは)り。其所々を撒分(ひりわけ)る

事。下手(へた)浄瑠璃の口よりも。尻の気取(きどり)が抜群

よし。奇(き)とやいはん妙とやいはん。誠に屁

道(たう)開基の祖師(そし)也。但し音曲のみに限らす

近年の下手糞ども。学者は庵の反故(ほぐ)に縛

られ。詩文章を好む人は。韓柳盛唐(かんりうせいたう)の銫(かんな)

屑を拾ひ集(あつめ)て柱と心得。歌人は居ながら

 

飯粒が足の裏にひばり付。醫者は古法(こほう)家後(かこう)

世家(せいか)と。陰弁慶の議論はすれども。治(ぢ)する病(やまひ)

も療(なを)し得ず。流行(はやり)風の皆殺し。俳諧宗匠(そうしやう)

顔(がほ)は。芭蕉(ばせふ)其角(きかく)が涎を舐(ねぶり)。茶人人柄風流め

くも。離宮宗旦が糞を甞(なめ)る。其諸芸皆

衰へ。己が工夫才覚なければ。古人のしふるしたる

事さへも。古人の足本へもとゞかざるは。心を用ざ

 

 

18

るが故なり。しかるに此放屁漢(へひりをとこ)。今迄用ぬ臀(しり)を

以て。古人も撒(ひら)ぬ曲屁(きよくべ)をひり出し。一天下に

名を顕す。陳平が曰。我をして天下に宰(さい)たら

しめば。又此肉のごとけんと。我も亦謂(をもへら)く。若(もし)賢人(かしこきひと)

ありて。此屁のごとく工夫をこらし。天下の人を

救(すくひ)玉はゞ。其功(いさをし)大(おほひ)ならん。心を用て修行すれば。

屁さへも猶かくのごとし。吁(あゝ)済世(さいせい)に志(こゝろざす)人。或は

 

諸芸を学ぶ人。一心に務(つとむ)れば。天下に鳴(なか)ん事。

屁よりも亦甚し。我(われ)は彼(かの)屁の音を貸(か)りて。

自暴自棄未熟不出精の人々の。睡(ユメムリ)を寤(さま)さ

ん為なりと。いふも又理屈臭し。子(し)が論

屁のごとしといはゞいへ。我も亦屁ともおも

はず。

放屁論 終

 

 

19

  跋

漢(から)にては放屁といひ。上方にては屁をこくといひ。

貫等にてはひるといひ。女中は都(すべ)ておならと

いふ其語(ことば)は異なれども。鳴(なる)と臭(くさき)きは同し

ことなり。その音に三等あり。ブツと鳴もの上品

にして其形(かたち)円(まろ)く。ブウと鳴もの中品にして

其形飯櫃形(いひつなり)なりスーとすかすもの下品にて

 

 

20

細長くして少ひらたし。是等(これら)は皆素人(しろと)も常

に撒(ひる)所なり。彼(かの)放屁男のごとく。奇々妙々に

至りては。放(ひら)ざる音なく。備(そなは)らさる形なし。抑(そも/\)いか

なる故ぞと聞ば。彼ヶ母常に芋を好けるが。或夜(あるよ)

の夢に。大吹竹(ひふきたけ)を呑(のむ)と見て懐胎し。鳳屁(ほうひ)元(はん)

年へのえ鼬鼠(いたち)の歳。今を春邊と梅白ふ

頃誕生せしが。成人に随ひて。段々功を屁

 

ひり男。今江戸中の大評判。屁は身を助(たすけ)

るとは是ならん歟讃岐の行脚無一坊

神田の寓居に筆を採る

 

 

2

放屁論 同後篇 痿陰隠逸伝

里のおた巻 飛た噂の評 天狗髑髏鑒定縁起

風来六部集 全二冊

東武書林 大観堂板

 

風来六部集序

時に遇(あは)ざれは孔子もお茶を引キ

たまひ管仲(くわんちう)が鞍替(くらがへ)も能(よい)所へ乗込(のりこめ)ば

桓公(くわんこう)の揚詰(あけづめ)と成て遂に斉国(せいこく)の

おいらんとなる予(よ)が先師(せんし)風来山人(ふうらいさんじん)

宿昔(そのかみ)青雲(くも)の梯(かけはし)を踏失(ふみはつし)て天竺(てんちく)

 

 

3

浪人(らうにん)と成りしより滄浪(そうろう)の糝(ざうすい)に濁(どぶ)

醪(ろく)の世の酔(えい)を醒(さま)し吐散(つきちら)したる酒(さか)

反吐(へど)は酔(えふ)た浮世に廻(まは)さるゝ酔諸共(のたまくども)

に目を明(あか)す太平楽の巻物を纔(わづか)の

本(ほん)に書(かき)つゞめ世に行(をこなは)る物六巻あり

頃日(このころ)書林太平館(たいへいくわん)其(その)小冊(しょうさつ)にして読(よみ)

 

足らず且(かつ)ちよぼくさと数(かづ)多きは回

覧するの煩(わづら)はしきを厭(いと)ひ六部を

合(がつ)して二巻となし是を号(なつけ)て風来

六部集と題す全く残口(ざんこう)が無駄

書(がき)を八部(はちぶ)せんとするには非(あら)ず唯(たゞ)是

會刻(くわいこく)の六部に御放施(ごほうしや)

 

 

4

于時安永九年五月十八日下界(げかいの)

隠士(いんし)天竺老人(てんぢくらうじん)頼(たのみ)もせぬに筆を

採る

 

 

5

 放屁論自序

屁(へ)てふものゝある故にへの字を何とやら

をかしけれど天に霹靂(へきれき)あり神に幣(へい)

帛(はく)あり鷹に経緒(へを)有舩に艫(へさき)あり草に

女青(ヘクリカヅラ)あり虫に気蠜(ヘツピリムシ)あり狐に鼬鼠(イタチ)の最(サイ)

後屁(コベ)有一生懸命の敵(かたき)を防ぐ人として

放(ヒラ)ずんば獣(けもの)にだも如(シカ)ざるべけんや放(ヒツ)たり

 

嗅(かい)だり屁たる君子ありといへば強(あながち)

これを賎(いや)しむへからす今評判の

撒𥧔漢(ヘツヒリヲトコ)論より證據(しやうこ)両国橋

                風来山人誌

 

 

6

  放屁論

人参呑で縊(くびくゝ)る癡漢(たはけ)あれば。河豚汁(ふぐじる)喰ふ

て長寿(ながいき)する男もあり。一度で父(てゝ)なし子

孕む下女あれば。毎晩夜鷹(よたか)買ふて鼻の

無事なる奴(やつこ)あり。大そふなれど嗚呼天か

命(めい)か。又。物の流行(はやる)と不流行(はやらざる)も時の仕合

不仕合か。又は趣向の善悪(よしあし)によるならんか

 

 

7

栢莚(はくえん)が気どり。慶子(けいし)が所作事。仲藤が巧者

金作が愛敬。廣治が調子三五郎がしこなし。

梅幸浪花(なには)をひしげば。富三郎東都に名を顕し

川口の参詣。浅草の群衆(くんじゆ)。深川の角力(すまひ)。吉

原の俄(にはか)。沙州(さしう)は木挽(こびき)町に河原節(ぶし)の根本を

弘(ひろ)むれば。住(すみ)大夫は葺屋(ふきや)町に義太夫節の骨(こつ)

髄(ずい)を語る或は機関(からくり)。子供狂言身ぶり声色(こわいろ)

 

辻談儀。今にはじめぬお江戸の繁栄。其(その)品(しな)

数(かづ)へ尽(つくし)がたき中に。さいつ頃より両国橋の

邊(ほと)りに。放屁男(ヘツヒリヲトコ)出たりとて。評議とり/\濁点町々

の風説なり。それ熱(つら/\)惟(をもんみれ)ば。人は小(に)天地なれは。天

地に雷(らい)あり。人に屁あり。陰陽相激(あいげき)するの声

にして。時に発し。時に撒(ひる)こそ。持(もち)まへなれ。いか

なれば彼男(かのをとこ)。昔よりいひ伝へし階子(はしご)?(べ:穴冠に示)数珠

 

 

8

?(べ:米へんに費)はいふもさらなり。碪(きぬた)すがゞき三番叟(さんばそう)。三ツ地(みつぢ)七(なゝ)

艸(くさ)祇園囃(ぎをんばやし)。犬の吠声(なきこへ)。鶏(にはとり)?(べ)。花火の響きは

両国を欺(あざむ)き。水車(みづぐるま)の音は淀川に擬(ぎ)す。道成寺(だうじやうじ)

菊慈童(きくじとう)。はうためりやす伊勢音頭。一中半

豊後節(ぶんごぶし)。土佐文弥(ぶんや)半太夫。外記(げき)河東大薩

摩。義太夫節の長き事も。忠臣蔵(ちうしんぐら)矢口渡(やぐちのわたし)は望(のぞみ)

次第。一段つゝ三弦(しやみせん)浄瑠璃(じやうるり)に合せ。比類なき名人

 

出たりと聞よりも見ぬ事は咄(はなし)にならすいさ行

て見ばやとて二三輩(はい)打連て横山町より両

国橋の広小路橋を渡らすして右へ行ば昔語(むかしかたり)

花咲男とこと/\濁点しく幟(のぼり)を立(たて)俗(ぞく)男女押

合へし合中(なか)より先(まづ)看板を見ればあやしの

男尻もつたてたる後ろに薄墨に濃(くまどり)取て彼(かの)道成寺

三番叟なんど数多の品を一所(いつしよ)に寄(よせ)て画(えがき)たる

 

 

9

さま。夢を画く筆意(ひつい)に似たれば。此沙汰しらぬ田舎

者の。若(もし)来掛ゝりて見るならば。尻から夢を見る

とや疑(うたがは)んと。つぶやきなから木戸をはいれば

上に紅白の水引ひき渡し彼放屁漢(へっぴりおとこ)は。囃(はやし)方

と供(とも)に小高き所に座す。その為人(ひとゝなり)中肉にして

色白く。三ヶ月形(なり)の撥鬢奴(ばちひんやつこ)。縹(はなだ)の単(ひとへ)に緋

縮緬の襦袢。口上爽(さはやか)にして憎気(にくげ)なく。囃に合を

 

先(まづ)最初が目出度三番叟屁(べ)。トツハヒヨロ/\ヒツ/\

/\と拍子よく。次が鶏東天紅(とうてんこう)をブゝブウーブウ

と撒分(ひりわけ)其跡(あと)が水車。ブウ/\/\と放ながら己(をのれ)が

體(からだ)を車返り。左なから車の水勢に迫り。汲(くん)ては

うつす風情あり。サア入替り/\と打出しの

太鼓と共に立出。朋友(ほういう)の許(もと)に立寄り放屁男を

見たりといへば一座挙(こぞり)てこれを論す。或は薬

 

 

10

を用て放(ひる)といひ又は仕掛の有ならんと衆議(しうぎ)さ

らに一決(いつけつ)せず予(よ)衆(しう)人に告(つげ)て曰諸子にいふことな

かれ放屁薬ある事は我(われ)甞てこれを汁大坂

千種(くさ)屋清右衛門といへる者をかしき薬を賣が

好(すき)にて喧嘩下(くだ)し屁ひり薬等の看板を

出す其方も聞得たれどそれは只屁の出る

のみにてヶ様の曲?(べ)を放ことを聞ず又仕掛な

 

らんとの疑ひもつと尤もに似たれども。竹田の舞台に

事替り。四方正面のやりばなし。しかも不埒の取

しまり。何(いづれ)に仕掛の有とも見えず。数万の人

の目にさらし。仕掛の見えぬ程なれは。譬(たとへ)仕掛

有とても真(まこと)にひると同前なり。衆人真に放(ひる)

といはゞ。其糟(かす)を食(くら)ひ其泥(ひちりこ)を濁らして。放

と思ふて見るが可(よし)。扨つく/\゛と案ずれは。かく

 

 

11

世智辛(せちから)き世の中に人の銭をせいめんと千変

万化に思案して新しひ事を工(たく)めとも十が十

餅の形(かた)頃日新しきも今日は古く固(もとより)古きは

猶古しの放屁男(へつひりをとこ)斗は咄(はなし)には有といへども

靦(まのあたり)見る事は我 日本

神武天皇元年より此年安永三年に至て

二千四百三十六年の星霜(さいさう)を経(ふ)るといへども

 

舊記(きうき)にも見えず。いひ伝(つたへ)にもなし。我(わが)日本

のみならず。唐土(もろこし)朝鮮をはしめ。天竺阿蘭陀(ヲランダ)

諸(もろ/\)の国々にもあるまし。於戯(アゝ)思ひ付たり。能(よく)

放(ひっ)たりと誉(ほむ)れば。一座僉感心す。遥(はるか)末座(ばつざ)

より声を掛(かけ)。先生の論甚(はなはだ)非なり。某(われ)申べき

事有と出るを見れば。頃日(このころ)田舎より来りたる

石部(いしべ)金吉郎といへる侍(さむらい)あり。以の外の顔色(がんしょく)に

 

 

12

て。扨々苦々敷(にが/\しき)事を承(うけたまは)る物かな。それ芝居見せ

ものゝ類(たぐひ)。公(おほやけ)より御免あるは。人を和(くは)す

るの術にして。君臣(くんしん)父子(ふし)夫婦兄弟(けいてい)朋友

の道をあかし。譬ば大星由良助(おおぼしゆらのすけ)か仕打は。

忠臣の鑑と成。梅枝(むめがえ)が無間(むけん)の鐘は。女の操(みさほ)を

すゝむるなり。見せものゝ異様(ことやう)なるも親の罪

が子に報ひ。狩人(かりふど)の子は踦(かたは)と成。悪の報ひは針

 

の先。必人々油断するなとの教(をしへ)なるに。近年は

只銭もふけのみに掛り。ヶ様の所へ心を用(もちひ)す剰(あまつさへ)

屁ひり男の見せ物。言語道断のことなり夫(それ)屁

は人中にて撒(ひる)ものにあらず。放(ひる)まじき座敷に

て。若誤(あやまつ)てとりはずせば。武士は腹を切(きる)程恥

とす。伝へ聞。品川にて何とかいへる女。客の前

にてとりはづせしが。其座に小田原町の李(り)

 

 

13

堂(たう)。堺町の巳(みい)なんど居合(いあはせ)て。笑(わらひ)けるに。彼(かの)女忍び

兼(かね)一間へ入(いり)て自害せんとするを。傍輩(はうばい)の女が見

付。さま/\゛に諌(いさむ)れども。一座がかの通り者なれ

ば。悪口にいひふらされ。世上の沙汰に成ければ

どふも活(いき)ては居られぬとのせりふ。彼二人も詞(ことば)

を尽(つく)し。此事決していふまじとひたすらに

なだむれども。イヤ/\今こそ作用に請(うけ)がい玉へ。

 

跡(あと)にていひ玉はんは必定。活て恥をさらさんよりは

死(しな)せてたび玉へとかきくどき。とゞまる気色(けしき)あら

ざれば。二人もすべき方なくて。此事口外(こうくはい)せまじ

きよし。證文(しやうもん)を書て。漸自害をとゞめしとかや。

可咲(をかしき)事の様なれど。女が自害と覚悟せしは。

情(なさけ)を商ふ身の上にて。恥を知(しり)て命を捨(すて)んと

いひ。又いき過(すぎ)の通者(とをりもの)も。惻隠(そくいん)の心ありて。おほ

 

 

14

づけなくも證文書て人の命を助(たすけ)しは。又艶(やさ)し

き事ならずや。かく人の恥とする事を。大道端(どうばた)

に?板(かんばん)を掛(かけ)。衆人の目にさらす事。不躾(ぶしつけ)千萬

此上なし。見せるものは銭もふけ。見るが鈍漢(べらほう)な

りと思ふに。先生雷同し玉ふ事。見限り果(はて)ら

る事也。盗泉(たうせん)の水。勝母(しゃうほ)の地。皆其名をさへ悪(にく)

むなり。非礼聞ことなかれ。非礼見ることなかれ

 

とは。聖人の教なりと。青筋はつてのいひぶん。

予(わし)答(こたへ)て曰(いはく)。子(し)が辞(ことば)甚是(ぜ)なり。去(さり)ながらいまだ道の

大(おほい)なる事をしらず。孔子は童謡をも捨(すて)ず。我亦

屁ひりを取(とる)事論(ろん)あり。夫天地の間に有もの。

皆自(をのづから)貴賤の上下の品あり。其中に至り極りて。

下品とするもの。大小便に止(とゞま)る。賎(いやし)き譬喩(たとへ)を

漢(から)にては糞土(ふんど)といひ。日本にては屎(くそ)のごとし

 

 

15

と。其糞に小便のきたなきも。皆五穀の肥(こやし)となりて。

万民を養ふ。只屁のみ撒(ひつ)た者。暫時の服中(ふくいう)快(こゝろよ)き

斗にて。無益無能の長物(すたりもの)なり。上天(しやうてん)の事は音も

なく香(か)もなしといふに引かへ。音あれども太(たい)

鼓(こ)鼓(つゞみ)のごとく聞(きく)べきものにあらず。匂(にほ)ひあれ

ども伽羅麝香(きやらじやかう)のごとく用(もちゆ)べき能(のう)なし。却(かえつ)て

人を臭がらせ。韮(にら)蒜(にんにく)握屁(にぎりべ)と口の端(は)にかゝり

 

空(くう)より出て空に消(きえ)。肥(こやし)にさへならざれば。微塵用

に立ことなし。志道軒(したうけん)が腐儒(ふじゅ)をさして。屁ひり

儒者といひ初(そめ)しも。花千萬の詞(ことば)なり。斯(かく)ば

かり天地の間に無用(むやく)の物と成果(なりはて)て。何の用に

も立ざるものを。こやつめが思ひ付にて。種々に案

じさま/\゛に撒(ひり)わけ。評判の大入。小芝居なん

どは続(つゞく)べき勢(いきほい)ならず。富三(とみさ)一人が大当りは。菊之

 

 

16

丞が余光(よくはふ)も有。屁には固(もとより)余光もなく。惚人(ほれて)も

なく贔屓もなし。実(じつ)に木正味(きしやうみ)むき出しの

真剣勝負。二寸に足らぬ尻眼(しりのあな)にて。諸(もろ/\)の小芝

居を一まくりに撒潰(ひりつぶ)す事。皆屁威光(へいこう)とは此事

にて。地口(ぢぐち)でいへば屁柄者(へがらもの)也。されば諸の音曲者(おんぎよくしや)。い

ふべき筈の口。語(かたる)べき筈の咽を以て。師匠に随

ひ口伝を請(うけ)。高給金(たかきうきん)はほしけれども。声のよし

 

あしは生れ付。月夜烏(つきよからす)や五位鷺(ごいさぎ)の。があ/\と

鳴(なく)がごとく。古き節の口真似はすれども。微塵も

文句に意(こゝろ)なく。序破急開合(かいがつ)節(ふし)はかせの塩梅(あんばい)

をしらざれば。新浄瑠璃の文句を殺し。面々

家業の衰微に及ぶ。然るに此屁ひり男は。

自身の工夫にて。師匠なければ口伝もなし。

物いはぬ尻若(わか)るまじき屁にて。開合(かいかふ)呼吸の

 

 

17

拍子を覚(をぼへ)。五音(いん)十二律(りつ)自(をのつから)備(そなは)り。其所々を撒分(ひりわけ)る

事。下手(へた)浄瑠璃の口よりも。尻の気取(きどり)が抜群

よし。奇(き)とやいはん妙とやいはん。誠に屁

道(たう)開基の祖師(そし)也。但し音曲のみに限らす

近年の下手糞ども。学者は庵の反故(ほぐ)に縛

られ。詩文章を好む人は。韓柳盛唐(かんりうせいたう)の銫(かんな)

屑を拾ひ集(あつめ)て柱と心得。歌人は居ながら

 

飯粒が足の裏にひばり付。醫者は古法(こほう)家後(かこう)

世家(せいか)と。陰弁慶の議論はすれども。治(ぢ)する病(やまひ)

も療(なを)し得ず。流行(はやり)風の皆殺し。俳諧宗匠(そうしやう)

顔(がほ)は。芭蕉(ばせふ)其角(きかく)が涎を舐(ねぶり)。茶人人柄風流め

くも。離宮宗旦が糞を甞(なめ)る。其諸芸皆

衰へ。己が工夫才覚なければ。古人のしふるしたる

事さへも。古人の足本へもとゞかざるは。心を用ざ

 

 

18

るが故なり。しかるに此放屁漢(へひりをとこ)。今迄用ぬ臀(しり)を

以て。古人も撒(ひら)ぬ曲屁(きよくべ)をひり出し。一天下に

名を顕す。陳平が曰。我をして天下に宰(さい)たら

しめば。又此肉のごとけんと。我も亦謂(をもへら)く。若(もし)賢人(かしこきひと)

ありて。此屁のごとく工夫をこらし。天下の人を

救(すくひ)玉はゞ。其功(いさをし)大(おほひ)ならん。心を用て修行すれば。

屁さへも猶かくのごとし。吁(あゝ)済世(さいせい)に志(こゝろざす)人。或は

 

諸芸を学ぶ人。一心に務(つとむ)れば。天下に鳴(なか)ん事。

屁よりも亦甚し。我(われ)は彼(かの)屁の音を貸(か)りて。

自暴自棄未熟不出精の人々の。睡(ユメムリ)を寤(さま)さ

ん為なりと。いふも又理屈臭し。子(し)が論

屁のごとしといはゞいへ。我も亦屁ともおも

はず。

放屁論 終

 

 

19

  跋

漢(から)にては放屁といひ。上方にては屁をこくといひ。

貫等にてはひるといひ。女中は都(すべ)ておならと

いふ其語(ことば)は異なれども。鳴(なる)と臭(くさき)きは同し

ことなり。その音に三等あり。ブツと鳴もの上品

にして其形(かたち)円(まろ)く。ブウと鳴もの中品にして

其形飯櫃形(いひつなり)なりスーとすかすもの下品にて

 

 

20

細長くして少ひらたし。是等(これら)は皆素人(しろと)も常

に撒(ひる)所なり。彼(かの)放屁男のごとく。奇々妙々に

至りては。放(ひら)ざる音なく。備(そなは)らさる形なし。抑(そも/\)いか

なる故ぞと聞ば。彼ヶ母常に芋を好けるが。或夜(あるよ)

の夢に。大吹竹(ひふきたけ)を呑(のむ)と見て懐胎し。鳳屁(ほうひ)元(はん)

年へのえ鼬鼠(いたち)の歳。今を春邊と梅白ふ

頃誕生せしが。成人に随ひて。段々功を屁

 

ひり男。今江戸中の大評判。屁は身を助(たすけ)

るとは是ならん歟讃岐の行脚無一坊

神田の寓居に筆を採る