仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の五 (一)作り花屋も一時

 

読んだ本 http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 

2/16
好色入子枕 
目録
(一)作花屋も一時  紙子も火打の火 はりなき腹切
(二)大ふり袖の手代 番組は松風 なみたの村雨
(三)身請講の懸銭  はじめのさゝやき 後の正月


3/16 左頁
好色入子枕
(一)作り花屋も一時
法花の口から申もおかしけれど後生気で参宮するは十人に
五人はまれなり権柄はれて。十四五日もひめごぜの野等こくも
太神宮のおかげと勝手ずくなる信心一やうの染明衣(ゆかた)。いつせきに
二つ紋も桐のとうあるひは梅ばちとかはり。これも女のいたづら
道具身仕廻の荷物は馬つゝき士でした西行もお鉄漿つぼ
に見たて小袖数をしらす柳篭裏(ごり)も吹上の松馬の鼻にも
初雪のかはゆらしくふりて。くもつ川もふゆあきわたり野ざら
しの紅葉を色のこり詠(ながめ)ゆく一里塚の片日影に十二三なる娘


4/16
返をはかなげに菅笠まへさがりに二かはめも泣はらし十年
以前にはやりし銀杏小紋の中紅(もみ)裏ふきかへし。帯にふし
ぎなる札を付此娘売ものと書て、たゝし疱瘡も仕候年は相
談次第と読にあきれていろ/\評判さつする所よしある娘
まづしき親のために身をうるもの。せけんはしらず奉公
人のきもいりといふ。むごき者もしるへなくせひなふ此かいだう
へ出して遠近(おちこち)人に顔をさらし身をすてゝこそ。うかふせも
あれとよるかた波にたゞよふ親の心をおもひやり。さし
て袖ごひにもあらねば残かねもなげられずなみたかけて
とをりける中にも大坂の参宮人尼崎屋市右衛門竹屋清介

此道の粋ども見る目もあはれに。ことにうるはしきむすめたし
かなることならば我手にかゝえつれかへり親のこお呂もやすめ両方
よしと彼むすめに親のもとへ手引させ行衛もしらぬ恋の道かな
榎柳陰つたひ竹一村のおりにわつかの一つ家。やにくさき管(くだ)暖
簾をかけ蜘の巣をおしわけ内に入見わたせば羽釜二つみがき
立てあたりを光らせ。くれの薪は折節の風を待て落葉か
きあつむる風情はしりさきには冬もむしの音(ね)貝杓子擂(すり)
粉木(こぎ)一本やもめ世帯。神の折敷に火入灰吹(ふき)のせてたばこ盆
やれ襖の内よりせきはらひ二つ三つ寒のうちにもあつくろしき
紙子の火打うるみ鞘の一腰要なしのあふぎを持まかりいで


5/16
娘が義に付見くるしき私宅へお出(いで)自分義は小菊十内と申
浪人娘を売申心底母親の死後の難儀やもめの膝に浮せ帯(たい)
しか/\の事を。のこらずかたり親かた始終をのみこみ丸年九年
給金三十五両に究(きはめ)早速手形相済請人は壁隣の又介商売
は作(つくり)花屋しほらしくあいさつ。かけ徳利に小半(こなから?)調へ取あへずの
祝儀いろ/\はなしのうちに障子のあなだにあやしき声
はしりゆきみれば娘がほや十内切腹のていさらに乱心共
見えず様子をきけば十内くるしき声して。此たひ娘心外の
奉公も世のならはせ然る上娘事拙者ためにはまゝしき中
先去し母が草葉のかけの存念もはづかしく此身は六十にあまり

挿絵

f:id:tiiibikuro:20171104061207j:plain


6/16
世にはうとまれ縁づきも心にかなはず。一度いやしき勤をさ?其す(?)
人にもなし二親のなき跡もあづけ殊に大事は娘が左の手の内に
弓箭(さ《き》うせん)筋あり/\と我子のきうせんすしのとかめを此身にかへりて。
おいさき有娘が恙(つゝが)なきをいのり親がなければ里心もなくめ在なふ奉
公勤るはうたがひなし公界(くがい)九年の後は娘ともおほしめし如何様の人に
なるとも女合せ給はれかしと其身は六十一の帰花いきほひは男さかり
哀(あはれ)なり道理也とりあつめたるなみた枝折花屋の又介かい/\しく
十内がなきからを戸板にのせ。まことなる親は極楽への旅立娘は
かはたけの身地獄への門出恋と無常の二つみ其後娘は親の名字を其
儘尼崎屋小菊と申侍る