仮想空間

趣味の変体仮名

仮名手本忠臣蔵 四段目 判官切腹の段

 

和生さんの塩谷判官が早く見たくなったもんで。

 

読んだ本   http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856584

参考にした本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856476

 

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仮名手本忠臣蔵 四段目

浮世なり 塩冶判官閉居  (花籠の段
に依って扇が谷(やつ)の上屋敷
大竹にて門戸をとぢ
家中の外は出入りをとどめ

 

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事厳重に見えにけり
かかる折にも 花やかに
奥へ 媚(なまめ)く女中の遊び
御台所かおよ御前 お
傍には大星力弥 殿の

御気を慰めんと 鎌倉山
の八重九重 冬さくら
花籠に 生けらるる花よりも
生ける人こそ花もみじ
柳の間の廊下を伝い

 

 

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諸士頭(しょしがしら)原郷右衛門 次に
続いて斧九太夫 是は
/\力弥殿 早い御出仕
イヤ 某も国元より親共が
参る迄 昼夜相詰め罷り有る

それは御奇特千万と
郷右衛門両手をつき ハハ
今ン日殿の御機嫌は いかが
お渡り遊ばさるると 申し
上げればkほよ御前 ヲヲ二人

 

 

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共大義/\ 此度は判官
様 お気詰りに思し召し お
しつらいでも出ようかと
案じたとは格別 明け暮れ
築山の花盛り御ろうじて

御機嫌のよいお顔ばせ
それ故に自らもお慰みに
さし上げようと 名有る桜を取り
寄せて 見やる通りの花拵え
アアいか様にも仰せのとうり

 

(以下画像略)

 

花は開く物なれば御門も
開き 御閉門を御赦さるる
吉事(きちじ)の御趣向 拙者も
何がなと存ずれど かよう
な事の思い付きは イヤモ不

調法なる郷右衛門 ヤア肝心
の事申し上げん 今日 御上使
の御出と承りしが 定めて
殿の御閉門を 御赦さるる
御上使ならん 何と九太夫

殿 そうは思し召されぬか ヘヘハハ/\
ハ・・・・ コレサ郷右衛門殿 この花と言う
物も 当分人の目を悦ば
すばかり 風が吹けば散りうせる
こなとの詞も真(まつ)其の如く

人の心を悦ばそう迚 武
士に似合わぬ ぬらりくらり
と 後からはげる正月詞
ササなぜとお言やれ /\
此度殿の御落ち度は もて

なしの御役義を蒙りな
がら 執事たる人に手を
負おせ 館をさわがせし科
軽うて流罪 重うて切腹
じたい又 師直公に敵対うは

殿の御不覚 と聞くもあえ
ず郷右衛門 扨はその方 殿
の流罪 切腹を願わるるか
アアイヤ 願いは致さぬ 願いは
致さねど 詞をかざらず

真実を申すのじゃ 元を
言えば郷右殿 こなたの吝
嗇 しわざから起った事 
金銀を以てつらをはり
召さるれば 斯様な事は出来

申さぬ と己(おの)が心に引当て
て 欲面(づら)打ち消す郷右衛門
人に媚び諂うは侍でない エエ
武士でない ノウ力弥殿 何
とそうでは有るまいかと

詞の角をなだむる御台
二人共にあらそい無用
今度夫(つま)の御難儀なさるる
元の起りはこのかほよ 日
外(いつぞや)鶴が岡で饗宴(もてなし)の折

から 道しらずの師直 主の
有る自らに 無体な恋を云い
かけ モさまざまとくどきしが
恥をあたえこりさせんと
判官様にも露しらさず

哥の点に事寄せ さよ衣
の哥を書き 恥しめてやっ
たれば 恋の叶わぬ意趣
ばらしに 判官様に悪口 元
より短気なお生まれ付き

得(え)堪忍なされぬはお道
理ではないかいのと 語り給えば
郷右衛門力弥も供に御主
君の 御憤りをさっし入り
心外 おもてに顕せり

早や御上使の御出でと 玄関
広間ひしめけば 奥へ斯くと
通じさせ 御台所も座を
下り 三人出向う 間もなく  (塩谷判官切腹の段
入り来る上使は石堂右馬

之丞 師直が昵懇(ぢっきん)薬師
寺(やくしじ)次郎左衛門 役目なれば
罷り通ると会釈もなく
上座に着けば 一間の内から
塩冶判官 しずしずと

立ち出で コレハコレハ 御上使と有って
石堂殿 御苦労千万
先ず お盃の用意せよ
御上使の趣き承りいずれ
もと一献汲み 積欝(せきうつ)を晴らし

申さん ヲヲそれようござろ
薬師寺もお間致そう
したが 上意を聞かれたし
酒も咽へは ヘヘ通るまいと
あざわらえば右馬之丞

我々今日 上使に立ったる
その趣 具(つぶさ)に承知せられ
よと 懐中より御書取り出だし
押しひらけば判官も 席を
あらため承るその文言

此度塩冶判官高定 私
の宿意(しゅくい)をもって 執事
高の師直を刃傷に及び
館を騒がせし科によって
国郡(こおり)を没収し 切腹申し

付くる者なり 聞くよりはっと
驚く御台 並居る諸士
も顔見合せ呆れ 果てたる
ばかりなり 判官動ずる気
色(けしき)もなく 御上意の趣き

委細承知仕る 扨これからは
各々(おのおの)の御苦労休めに 打ち
くつろいで御酒(しゅ)一つ コレコレ
判官 だまり召され 其の方が
今度の科は しばり首に

も及ぶべき所 お上のじひ
を以て切腹仰せ付けらるるを
有難う思い 早速用意
もすべき筈 殊にもって
切腹には定まった法の

有る物 それに何ぞや 当世
様の長羽織 ぞべら/\と
しらるるは 酒興か 但し血
迷うたり 上使に立ったる
石堂殿 この薬師寺へ不作

法と きめ付くればにっこと
笑い この判官酒興もせず
又血迷いもせぬ 今日
上使と聞くよりも 斯くあらん
と期(ご) したるゆえ 兼ての覚

悟見すべしと 大小羽織
を脱ぎ捨つれば 下には用意の
白小袖無紋の上下死に
装束 皆々これはと驚けば
薬師寺は言句(ごんく)も出ず

つらふくらして閉口す 右
馬之丞さし寄って 御心
底(しんて)察し入る 即ち拙者検使
の役 心静かに御覚悟 ハハ
御親切忝し ソモ刃傷に

及びしより 斯くあらんと
兼ての覚悟 ア恨むらくは
館にて 加古川本蔵に
抱き留められ 師直を討ちもらし
無念 骨髄に通って忘れ

がたし 湊川にて楠正成
最後の一念に依って生(しょう)を
引くといいし如く 生きかわり 死に
かわり 欝憤を晴らさんと
怒りの声と諸共に お次

の襖打ちたたき 一家中の
者共 殿の御存生(ぞんじょう)に御
尊顔を拝したきねがい
御前へ推参致さんや 郷
右衛門殿/\お取次ぎと

家中の声々聞ゆれば
郷右衛門御前にむかい
いかがはからい候わん ムム尤もなる
願いなれ共 由良助が
来る迄 無用/\ ハア はっと

ばかり一間に向い 聞かるる通り
御意なれば 一(いち)人も叶わぬ
/\ 諸士は返す言葉もなく
一間も ひっそと しずまり
ける 力弥御意を承り

兼て用意の腹切り刀御
前に直すれば 心静かに
肩衣取り退け座をくつろげ
力弥/\ ハア 由良助は
未だ参上仕りませぬ ムム

イヤナニ御検使御見届け下
さるべしと 三方引き寄せ九寸
五分押戴き 力弥/\ ハア
由良助は 未だ参上仕りま
せぬ フウ ハ存生に対面せで

残念 テ残り多やな 是
非に及ばぬ是までと 刀
逆手に取り直し 弓手に突き
立て引き廻す 御台二た目と
見もやらず口に称名

眼に涙 廊下の襖踏み開き
かけ込む大星由良助
主君の有り様見るよりも
ハハ ハアはっとばかりにどうと伏す
後につづいて先崎・矢間(やざま)

其の外の一家中 ばらばらと
かけ入りたり 国家老大星
由良助 只今到着仕り
ました ナニ国家老大星由
良之助とな 苦しうない近う

ハア 近う ハア 近う/\/\ ハアハア
ハ・・・ハハア ヤレ由良助 待ち兼ねた
わやい ハア 御存生の御尊顔
を拝し 身に取って何程が
ヲヲ我も満足/\ 定めて

子細聞いたで有ろう 聞いたか/\ 
ハハア ヲヲ無念口惜しいわやい 委
細承知仕る この後に及び
申し上げる詞もなし 只御最
後の尋常を 願わしう存じ

まする ヲヲ いうにや及ぶと
諸手をかけ ぐっ/\と引き
廻し 苦しき息をほっと
つぎ 由良助 近う ハハア
この 九寸五分は汝へかたみ

我が ナア欝憤を晴らさせよ
と 切先にてふえ刎ね切り
血刀投げ出しうつぶせに
どうと転(まろ)び息たゆれば
御台を始め並居る家中

眼(まなこ)を閉じ息を詰め 歯を喰い
しばり控ゆれば 由良助
にじり寄り刀取り上げ押し戴き
血に染まる切先を打ち守り
/\ 拳(こぶし)を握り 無念の涙

はら/\/\ 判官の末期の
一句五臓六腑にしみわ
たり 扨こそ末世に大星
が 忠臣義心の名を上げし
根ざしは 斯くとしられけり

薬師寺はつっと立ち上がり 判
官がくだばるからは はやく
屋敷を明け渡せ アアイヤさは
云われな薬師寺 いわば一国
一城の主 ヤナニ旁(かたがた) 葬々の

儀式取り賄い 心しずかに
立ち退かれよ この石堂は検使
の役目 切腹を見届け
たれば この旨を言上せん
ナニ 由良助殿 ア御愁

傷察し入る 用有れば承らん
かならず心おかれなと
並居る諸士に目礼し
ゆうゆうとして立ち帰る この
薬師寺も死骸片付ける

その間 奥の間で休息
しょう 家来 参れと呼び出だし
中共ががらくた道具
門前へほうり出せ 判官
が所持の道具 ソレ俄か浪

人にまげられなと 館の
四方をねめ廻し 一間の
内へ入りにける 御台ははっ
と声を上げ ノウ由良助
扨も/\武士の身の上

程 悲しい物の有るべきか
今夫の御最後に 云い
たい事は山々なれど 未練
なと御上使のおさげ
しみが恥ずかしさに 今迄

こらえて居たわいの いと
おしの有り様やと 亡骸に
抱き付き前後もわかず
泣き給う 力弥参れ 御台
所諸共 亡君の御骸(から)を

 

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御菩提所光明寺へ 早や
ヽ送り奉れ 由良助
も後より追い付き 葬送の
儀式執り行わん 堀 矢間
小寺 間 そのほかの一家中

道のけいご致されよと
詞の下より御乗物手
舁(かき)にかきすえ戸を開き
皆立ち寄って御死がい 涙と
供に乗せ奉り しづ/\と

 

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かき上がれば 御台所は正
体なく 嘆き給うを慰めて
諸士のめん/\われ一と
御乗りものに引っ添い/\
御菩提 所へと急ぎ行く

 

 五段目につづく