仮想空間

趣味の変体仮名

加賀見山旧錦絵 六段目 草履打の段  

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856203

 

 

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加賀見山舊錦繪 六ツ目ノ奥
求馬は後に只一人 文の
返事をとやかうと暫し
木陰に佇めり 斯くとはいさや
しらにぎて縁のいとゆふ

 

 

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3
結合す人目をそつと嬪
早枝 としや遅しと走り寄
物をも云はず求馬が顔
うらめしそふに打眺め エゝ
聞へませぬ アノ意地悪の

岩藤が目顔を忍び転び
寝の其むつごとの度々に
そなたを退けてそのやそも
外に枕はかはさぬと 云しやんし
た其時の其一言を楽しみに

 

 

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4
思ふて居るに胴欲な つれ
ないわいなと斗りにてかこつも
恋のならひかや 求馬はほう
どもてあまし これはまた
たしなみやいの 人にこそよれ

アノ扇を イエ/\よもやとは思へ共
油断のならぬ男の心 わた
しや夜の目も合ぬはいな ハテ
疑ひ深いと手を取れば アゝ嬉し
やと寄添て わかなき中ぞ


5
むつまじき 不義者見付た
動くなと 聞くより二人ははつと
斗り 思へど猶もそらさぬ顔
コレ申し必ず粗相おつしやるな
私が身に取り不義がましい

コレおしやんすナ たつた今も
求馬殿と吸付いたり引付い
たり 抱き付たり取付いたり したゝ
るい事の有る条 コレ此黒い目
で見て置いた サそれても何と


6
あらがふかと 歯に衣着
せず云いまくれば 求馬は
こらへずコレ岩藤様 人の不
義を改める こなたこそ不義
の詮議 エゝ何じや わしを

不義の詮議とはへ ヲゝ其詮
議は此文と 出して見すれば
なつとばかり赤面すれば
早枝が引取り コリヤ潔白な
お局様じやわいな 不義は


7
お家のきつい御法度 サアサア
此方より申し上げふかへ サアそれは
但し拙者が言上致さふか
サアそれは サア/\/\ アゝそんなら
もふよござるは 不義の詮

議は互ひに是切り ナア求馬
殿 スリヤ申し分はござりませ
ぬかと 早枝と目と目見
あはして 別れてこそは立帰る
折から告ぐる供廻りイザ御立ちと


8
夕ばへの 中老尾上先に
立ち 多くの女中が取かこみ
対の 帽子も一やうに むれ
居る鷺のごとくにて 賽(かへりもうし) 
の鳥居前 イザお局様一所

といへど岩藤ふせう/\゛立
帰らんとする所へ 来かゝる
鷲の善六が 両手を土に
イヤ申しお局様 最前申し上げに
と存じましたれば彼(かの)事に


9
取紛れまして ナ申し はつたり
と失念仕りました 外の
義でもござりませぬが
此間仰せ付けられました金
の義で ヘゝゝ御受取り下さり

ませと 半分云はせず コレ
善六 此岩藤は局役 むさ
くろしい物取扱ふ役じや
ない 其金は召使ひの沢に
手渡し仕やと詞数 云ぬ


10
色成る山吹の 包取出し ヤモ
神仏より高に思ふ此金を
むさくろしい物などゝお手
にふられぬといふは アゝ
又格別なお歴々様 うなる

程金持ても町人といふ者は
賤しい者でござりますと 云い
つゝ金を懐へ座敷さして
急ぎ行 後打見やり局岩
藤 何と尾上殿町人には


11
珎(めづ)らしいアノ善六 町人は賤しい
者と感心した今のいひ
やう ヤコリヤほんにこな様には
さし合で有た物 ホゝゝ わしと
した事がつか/\と気の毒

な ホゝゝ イヤ何尾上殿へ ガこな
様の宿といふは金持ちなれど
町人 仮親しての御奉公
スリヤ今わしがいふた事 気に
さはりやしませぬかと あぢな


12
所へ仕かける意地と 思へど
わざとそらさぬ顔 これは
又岩藤様のいたみ入ます
御あいさる 何の私が左様な
事 ガおつしやる通り 親共が

お出入の縁を持ちまして かやう
な重い御奉公も有がたい
身の仕合せ 根が町人の
私が事 嘸やふつゝかな事
斗りでござりましよ 此うへ


13
迚も岩藤様 憚りながら
よいやうに お差図頼み上げ
ますと 柳流しのしなやか
に いひ廻したる利発さよ
ヲゝ何じやへ 町人の娘御故

たらぬ事を差図して
くれいかへ エほんにつべこべ/\
と薄い唇じやのふ 何の
お前の御発明で わたしが
差図請けそふな事かいのふ


14
次い手じやによつて云ますが
こな様の親御と云ふはおやしき
のお金御用を勤めやると
いふ 其用逹顔の高慢
が鼻の先へぶらついてコレ

此顔に見へるわいのふ/\
ヤ又上(かみ)の事いふじやないが
金の威光はきつい物じや
此後とても其金もち顔
やめにして下され ヤヤヤ 御役向きは


15
お中老 此岩藤は局役
ヲゝお局役 お表ならば御用
人格じやぞや 女一通りは
勿論 万一狼藉者 盗賊
などが忍び入る 其時は役柄

じや女ながらも御前の堅め
討とめる器量がなけりや
勤まらぬ奉公じやが長刀
の一手も心得てござらふの
ソリヤアノ誰に稽古なさつたぞ


16
ヤアノ其お師匠様は何と云ますへ
コレ尾上殿 アゝこな人はいの
人にばつかり物云せこなたは
耳でも潰れたぁとかみ付
られて尾上はたゞ赤らむ

顔を押かくしお恥かしい事
ながら其心がけはないと
いふのかアノ心がけはないヲホゝゝ/\
家(が)おれ皆の者アレ聞きや
重い役を勤めながら心がけは


17
ないといの/\ヲホゝゝ 家おれ(東北弁で弱る?)
ソリヤあの何じやぞへヲゝほんの
是が禄盗人じやヲゝ知行
盗人じや盗人じや/\/\何と
そふでは有まいかとまくしかけ

たる雑言を 尾上はこたへ
/\ても 無念の涙たもち
かね歯をくひしばりこらへ
居る ヲゝ何じや泣かしやる
ヲゝちとこたえふ ヲゝ悔しかろ


18
町人の娘でも 今では武家
の御奉公人 ヲゝ悔しかろ ヲゝ
道理じや ヤほんにそふじや
わいな 最前もおるしやるには
心付ぬ事有らば 御指南頼む

といはしやんしたの ムゝ トレ教へて
やろと立あがり 持たる扇
振上げれば 身をかはして打ち
落す 手向ひなさば一討ちと
懐刀抜き放せば 是はと驚く


19
女中達 尾上も今はたまり
かね供に抜かんと立寄りしが
思ひ廻せば廻す程 大恩
請けし御主人の 御先途(せんど)も見
届けず 我身にあやまち

有ならば跡に残りし親達の
御嘆きはいか斗りと こたへるつらさ
苦しさは胸も張さく血の
涙身うく斗り嘆きしは傍で見る
目も哀れなり ムゝ相人(あいて)になら


20
ぬは此岩藤が恐ろしい
のかヲゝ恐ろしい筈 ヲゝ道理
じや/\ そんならモウこちや
納めましよ/\ ドレ/\帰りま
しよ/\ほんに/\こな様に

かゝつてヲゝこれ見やしやんせ
足袋も草履も砂まぶれ
に成たはいな イヤ何尾上殿へ
何と此草履のよごれたの
をふいて下さんせぬか アノ


21
私に ヲイノ エゝ いやか/\ じやと
申してそれがまあ それがマア
刃物よごしせふよりは幸いな
此草履と 足にかけたる
土草履を尾上がかしら

てう/\/\是はと斗り奥女中
気の毒あまり立騒ぐを
尾上は声かけ コレ/\/\騒ぐまい
女中達 岩藤様が此尾上
を 御異見の為の御打擲


22
コレわしや 有がたふて/\かゝ様
御折檻と 思ふて此身のふし
/\゛迄 有がたふて忝い ホゝゝ
イヤ申し岩藤様 産みの親も
及ばぬ御異見 エゝ有がたふ

存じまする此上は随分と
武芸をも心がけて御奉
公を致しませふ又此お草
履は 私が為には御教訓の
此一品申し請けて私が守りと

 

 

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23
懐中仕たる心根はいわぬ
色をやいゝ草履胸に納めし
利発さよさすがの岩藤
呆れ顔 何じや其草履
わしに貰ふて守にかけるアノ守

にや テモ恐ろしい辛抱な人異
見したかひが有る 以後をきつと
嗜ましやれ サア/\/\行きませふ お暇
申そとかへ草履心は跡に
尾上をば睨み 廻して立帰る

 

 

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24
尾上は後を打見やり こらへ/\し
溜め涙一度にわつと伏転び身
も浮く斗り嘆きしが 数多の女中
が立寄て コレ/\申し尾上様 アノにく
ていなお局の 気質は常から

能(よふ)御存じ お腹立はお道理
なれど いつ物事じやと思し召し
必ずお気にさへられずと 先々
屋敷へお帰りといさめ立つ
れば 泣々もかゝへひきしめ

 

 

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25
立あがり 女心の一筋に又
思ひ出す口惜涙 早寺々
にくれのかねあすは我が
身もきへて行く 夕告げ鳥の
泣く/\も打連れ館へ 「急ゆく