仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の四 (三)異見も長暖簾

 

読んだ本 http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 

 

巻の四

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 (三)異見も長暖簾
泣ずと。とつくりと心をおとしつけよ十三の時よりかひそだ
て娘も同前世帯半分はわたし女在なふ勤めて長々の
奉公もはやはたちもこゆればにあはしき縁談の相談
わすれはせまい茶磨山(ちゃうすやま)の九郎兵衛がかたにてみつ/\に。やど
もとではかやうのさたもいかゞもし在所の親元にいひ名付も
有や。さもなくは相応のこともきゝつくらはんと尋る
詞のうちに二十五にもならず宿ばいり男ぜんさくかへ
つて身のいたみ御めんだうながらいつまでも。おひさをはなれ

まじき心底申だして主(しう)ながらいたみいる返事その口とは
かはり。この間の身持他門よりいかに親かたの目がわるいとて
あのなりが見えぬか本町筋の暖簾の下をゆけはこそ売
ものも同前と内証聞くは度々盗さへせすは前後見るは
若気のならひ馴染の者疵の付ぬ内押て縁につけふと。
おはりのいまにやうすをとへばおと手代の二郎兵衛とふかふ
申かはせしよし。さたのかぎりおも手代のうちならば似たり
よつたり親かたの勝手世間の外聞いかほとにおもふとも
兄手代ともをさしをき二郎兵衛とは夫婦にはならぬ。この
よし申きかせ。にくいやつながら二郎兵衛も男のはし少のうちも


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申かはした女をほうはいのうちへやるも心底もいかゞ。さいはひ
出入の手代瓦町の九兵衛代々の養子又あと月女房に
はなれ後妻のねがひこれへすぐに送れば二郎兵衛か内証
の一分も立。そちがきりも済と結構なる捌き一つは主人の罰も
あたるぞかしきさは顔もあげずめうがおそろしきお二人
様の御異見二たひかへすことばもなく。何事あやまりし風情
心ならすも申あぐる恋ときりとのさかひ和泉より二郎兵衛
はかへり商ひのまふけをはなにあてゝ戎嶋へも立ながら心晴
しに三勺の露ちりほども内のもや/\はしらず。いつも門迄
むかひに出るきさは見えず此中から物も喰ず寝て居

と。きくもおかし此頃いづみより四五日おそきゆへいつもの悋気女房
は男のしこなし此方からかさにかゝる分別口舌の。ものゝぐ顔
三双巾(つきん)の甲をしめ京羽二重包ながら背中へあて。きさが
千人力で打とたゝくとよもや灸(やいと)へはひゝかずと酔(えい)ざめの
てんがうのだんかい。思ひもよあらぬ相手代四五人とりまはし今
宵すくさま京都へ蚊屋売にまいれのよし和泉よりかへり尻も
つかぬに是非にとあれど作病おこすれば手形そへての御暇(いとま)
と。申いだすいさゝか心に覚もあれど一座のてい手代中の申
分心得がたく一つ二つのいさかひ二郎兵衛は短気もの当言もきかぬ
男肩まくりして。つかみつく折節さいせん背中へつれをきし羽二重


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此座へ落て猶あしきふしぎたち面目をうしなひける親かた
立聞もこちらへかねてかりやうな不届な。やつとしらずくはしくきさにお
申含(ふくめ)波風もたてずきさを縁に付るゝは四五日それまて京へ
追ひのぼし事すみて呼戻し。つゝがなく奉公させんと兄手代
とも相談己が身を恥ずいはぬは。いふにまさるわかちもしらずほう
ばいへ手むかひして盗(ぬすみ)物をあらはしひとかたならぬ仕落(しおち)片時も奉
公はかなはぬと彼(かの)絹を打付これて首なりともしめおれと。いか
るめも涙次郎兵衛もいひわけのしなはあれどいふてかへらぬさいなん親
かたの打付し絹をいたゞきいとまごひして何事も天道が見てござ
ると。あとはいはず今はいつた門口の敷居も高く廿日すぎの

やみをよろこび寸ても出てきさは此事のしらすやと思ふもよし
なや。むかふからきさか声してこなたより先へ出ていると取
付てたがひの難儀をなきかたり留守の間の首尾をはなし
殊更少のたのみもくればあとか先なる悪縁次郎兵衛は琥珀きさ
は塵浮世のほこりとなる覚悟して。いとしかはいゝは半年にはたら
ず。思ひは千年の心地死ね也しのふなりと袂のゆひに握りあひ
長町にさしかゝり一町めときけど十丁目とかぎりおもしろい
はじめかなしいをはり当分見えぬ国へつれのき廿日三十日はかせ
ものになつてくらすしるもあれど此紙入に金五両壱歩十八
和泉より商の算用残り旦那へわたすまもなく追出されて


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右頁挿絵

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左頁
ことなれば。わが懐に有これも盗み物同前しはしも世にすめば彼是の
あく名いよ/\しぬるにきはめ此かねぬすみ申さず候と書付もな
らず其上下男の久八日頃の意趣をふくみ盗人にばかり。とりさゆ
るかほにて男を足にかけし口惜しさ世にあらばふみかへさんことも
あれど。しんで行身のせめて一ねんもとゞけとかた/\の足袋を
久八がつらへと打つけたり猶も身をしる雨のはれまなく稲妻もせめて
も一度わかれのかほを。見たやのすかた二世をむすはん衣かけ松
よぢのぼり題目三度(べん)相図に息を一度にひきとりくるしむ姿
も抱付あひ女は廿四の夏草男は廿三夜の月代ともにくるゝ浮
身二つうはさは七十五日憂名は今にのこりし