仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の四 (二)気違の八文字

 

読んだ本 http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 

巻の四

 
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 (二)気違の八文字(はちもんじ)
両替屋の指塚(さしづか)揚屋の紙屑 古手屋の虱みなこれ商売の元なるべし
わた入六百七十夏物三百八十とき物二百二十五ながれ代銀慥に
請取申右の手から左の手へ売わたすむかひとなりのうら
やむ菱屋のあきなひ水精(すいしやう)といふ手代共数珠つなぎにならび立
天秤のをとたかく算盤の粒をはしらす舟のうへのかけ引 在所
へ売子一年に廿七日のやすみ日より外は油断なふ。かせぎ
あふて主人への忠孝四十八人もさらなり下女中居まで女
在なく奉公をはだ身につけて神鳴のなる日も臍車を立て


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女の手わざをやすめず中におきさといふ下女十六より此家に
つかひ。はたちまで男心をしらずあけくれみやづかへ大事と二季の
養父入も朝いぬればはやくくれにかへり奥がたの花見芝居見物に
も留守をあづかり蔵の出しいれ家内の鎌を腰にならして朝夕
に心をつけ。大くべをとがめ灯心の数をへしてまはり下駄傘(からかさ)をかし
戻すまてわすれず。心の覚帳手代までにこはがられ身には垢な
れたるをかけ。髪にあぶらをかゞさずかほにもみちをあてず。すてる
やうに身をもてど因果とうるはしく生れつき。かりそめにそで
つまをひけば二百は三匁てはござらぬか。どこへなりともめずき
にいかしやれと。はじしめられし男。いくたりかきさ/\と有名は

よばずいしべきんきちと申ふらしぬ。けふ洗濯中間さそひあはせ
東横堀のはまがき平野橋のじやつき子供のはらぐろ気違/\と
手たゝいて。みれは結構なる狂人はだにしろきかたびらきぬちゞみ
縮緬の二布(ふたの)ほや/\と。とり/\評判めもとなら口もとならかほ
も丸屋のふじといふ太夫にそのまゝ。ふちかととへばふかがなれの果
と気違のいふをなにかはしらず何ゆへの物狂ひぞとたづねられ
て。おとこがかはゆいゆへとなきのなみだ人のあとに付て菱屋のきさ
もせんだくもの。かた手に此わけをきいて気の違ふなと男はかは
ゆいものかと。はしめてこひ心になりて身のうへをおもひ合せ
われとし月したわれし男数をしらず情の道もうとく男がかは


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いらしいものじやとも。けふのておもひしられてふつくり往生影から
の豆もはじけどききさも恋しりとなりて。二のこゝろのとりなり
ひつこきがみもまへづとにやはらげ三?(分?)五里の木櫛も頭痛の
なをるものにさしかへ。やれ半帖が八文といふかみものへ小杉に
いれかへ。ひらいばきの草履も江戸雪踏(せつた)京木履(ほくり)雨がふれはかふ
はしつほりとしておもふ中のつれ/\傘にも家名が書てわか
そふな物じやど往来に心をうつし門へ立たか辻へ往たかさそふ
水あらばとおもへど日頃の気をしつてよりつくものもなし きさ
がこのころの身ぶりろくな事はは仕出まいと家内のとりさたいよ/\
この事つのり。つねにしかりこかしたはつちぼうず物もらひにまで

手の内のなさけ袂の握りしめたも恋するゆへぞうかし。これに成共
ほれ心に世間はしらずせめて手代衆の内におもひをかけ気の
違ふめにあひたいと染ぬさきからいたづら女おも手代の茂兵衛どのは
いやなり平兵衛どのは女房のないさきから妾(てかけ)があり喜右衛門どのは
髭男ひとり/\讃をつけて楊梅(やまもゝ)のよりぐひおと手代の次郎
兵衛に恋の符帳をきはめ文のよすがを祈るをりふし次郎兵衛
が声してたばこの火?へば命なりともといひ付もせぬ茶を
はこび。ほんにきがつきようとおもへどうちかたの法度なれば
酒も。もてきられずみやつかへほどかなしきはなし。わしらも来年の
三月に年があけば蓼くふ虫も若女房にもつてくれるならばよる


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昼なしに手足をさすり此うへは身をすて。ことかゝぬほど手はきいて
あり血の道はしらず豆茶はきらひなりはらからの門徒なれど
男が転びならばそれからそれまてと。とはづかたりにつり
鐘町の八つも鳴り夕食時のさはかしく。とりまぜて出入の薪屋
久七おやくそくと下直を見すまし割木八十五掛節
木廿五掛いつもの蔵のまへに立て上手下手もいらず打より
掛仕廻ひ旦那の留守のなぐさみ此千秤(ちぎ)にいづれもうれと一番
に。おはりのいま十六貫二百目見かけよりかるいは尻のちいさいだけ
はつかしがり。めしたきおすき二十二貫目篠塚に七貫目たらず
其分女子男まじりにかけしめれど。すきかおもめによりつく

ものもなし にげありく中居のきさを掛れば十貫二百
おすぎにあはせば半分にたらず今一人かけ合せよと誰
かれと次郎兵衛が痩肉(じゝ)よいかけんの分銅むりやりに二人一所に
千秤にかけ。きさはゆらつくをおそるゝかほにて次郎兵衛に
だきつき。おもひもよらぬ一座たかいに手をもちあふて
これで。こひのおこり情のおもりのちは二人が業の秤(はかり)
おもひのたきつけ割木屋の久七も算用仕廻ふてかへりぬ


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挿絵

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