仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(十段続) 第四

 

読んだ本 

https://www.waseda.jp/enpaku/db/  ニ10-02434 


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   第四
花の雪吹(ふゞき)と詠みたりし 志賀の山越へ夏木立間毎にもる籏さし物 峯も麓も
卯の花の盛争ふ鎧武者 寄せ螺(かい)攻め鐘打ならし先陣二陣をくりおろし早乗出す
十万余騎 不敵の和田兵衛只一騎馬をおとらせかけ来り 群雲立たる敵中へさつとわり込
縦横無尽鑓をひねつて突廻り踏立蹴立かけ崩せば 思ひがけなく大きに騒ぎ 只ひた
くだけに四五千斗目たゝく内に死人(びと)の山 手綱を控へ乗りとゞめ日本の荒人神是迄自身出
馬せしぞ早く向ふて三拝し我鑓先にくたばつて大国知行に預れよと大音上に呼はれば


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につくし射とれと精兵(せいべう)共 指詰引詰さん/\゛に横切る雨と射かくる矢先 上に来るを乗
しづめ 下(した)する矢には乗飛し 切落し受払ふ太刀の稲妻形は蜉蝣飛来る矢に 太腹
射られてさしもの俊足おどり上つて高嘶き 透かさず馬上をひらりと徒(かち)立ち 敵いらつて
下知をなし 譬鬼神なれば迚 唯一人のあぶれ武者臆すなかゝれと声々に一度におめいて取巻
たり ホゝ出かしたりと渡り合 甲冑のきらひなく真向立てわり大袈裟に袈裟横車 二
八角なぎ立て/\切倒し 刃にそゝぐ紅の母衣(ほろ)絹取て鍔元迄したふ血汐を押ぬぐふ 間も
有せず騎馬の武者 板取三郎横須賀小弥太 鐙にかけて蹴据んと 手綱にかくと

入れちがへ弓手馬手よりはつしと当ればひらりとくゝり 前をねらへば後ろにはづし
かけづかへしつもみ合は 馬はたけつて鼻嵐砂石を飛し土煙蹄の音はとう/\/\
とうど打来る浪の紋くるり/\くる/\/\ 障泥(あとり)はほんぱか轡はりん/\松風の さら
/\さつとかけ出れば とろ/\と引戻す 乗り人はあくみ 叶はじと鞭打捨てて逃げ行小弥
太 三郎同じく遁れんと引かへすを後より 尾筒を掴んで捻廻し 馬の別足はつみを
取てぐつと指上げ コレ幼見やしやれ馬とう/\ さらば御目にかけ馬そと 大地へとうど打
付れば 馬人供にこな微塵 是勢に辟易しあへて傍(あたり)へ近付かず 又も遠矢に切て


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出す矢叫びの音をあてどに牧の戸は走り躓き坂本より 息つぎあへずかけ戻る
早くも帰りし手柄/\ そつとも気づかひなさるゝな宇治の方様首尾よく御帰城何より
大事の和子様は ヲゝサ御機嫌さりながら 音仕給はぬは心得ずと 胸くつろぐればゆつたり
と 余念ない顔すや/\寝入 ハゝ龍のきさしを顕はす公達 自然の優美遖々 ヲゝ
お出かしなされたと 妻が立寄り撫さすれば欠気交りに乳たい/\ 是は何共御難題そ
ちが乳でも差上い 我はとゞまり今一軍 人胤絶やして追付かん 辛崎邊迄急げ/\ ヲゝ
合点と帯ゆりしめ 稚(わ)子を受取かい/\゛敷 浜辺の方へ別れ行 サア心安しいでさらば 此

世の暇をとらせんと 高根を目がけ駈登る 道は険しき九折(つゞらおり)おり合やつ原当るを幸い手
頃の松 根こしに引抜打散すは 花のすがりに夕嵐只一なぎに五騎十騎 木の根に倒れ
岩根に乗かけ 我打物に死るも有 大勢かへつてかせとなり 人馬にせかれなだれを喰らひ
どた/\/\と落ち埋もれ 遥かの谷も平地となる され共大軍跡透かず入かへ/\戦ふを 一足 
一刀ひるみなく 絶頂さして追上る 烈しかりける「働きなり 浦辺伝ひに牧の戸は行く
道々の野武士の中 漸切ぬけ落汐のからき命を辛崎の礒にゆらるゝ捨小船 ハアゝ有難
や是幸 天のあたへと公達を乗せる間もなく追来る人音 芦間に船を押入れて ふり返り


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身構たる 遁すなとかけ付け/\ 素鑓片鎌手毎に引ッ提げ 上段下段に突かくるを
彼方こなたと切払ひ こんづを流し手を砕き半時斗ぞ いどみしが 女一人の太刀
風に 吹きまくられて木の葉武士 皆ちり/\の其中に踏とまつたる強気(がうき)の一人 切つ切れつ
踏込(ふんごみ)打合ふ刃の光はひら/\/\比良の山嵐 舩遥かの沖中へ漂ひ/\流れ行 ノウ悲しやと
気散乱 狂ふ太刀筋しどろ足 たぢ/\/\と波際迄 すさりながら飛ちがへ弓手もじりに切て落し
其身も波に打倒れ両手を上て幼(いと)様イなふ和子様と 呼どあせれど詮方も渚にまどふ水鳥の はか
なき嘆き尽きやらぬ 浜の真砂路辿り行 姿は爰に魂は 海に入日の末白波これ /\て