仮想空間

趣味の変体仮名

鎌倉三代記(十段続) 第五

 

読んだ本 

https://www.waseda.jp/enpaku/db/  ニ10-02434 

 


35(左頁)
   第五
物騒しき戦場はいつ太平を湖に 今ぞ生死(しやうじ)の追分や追つ追れつ馳違ふ矢橋(やばせ)
の 浪の礒ばたに登り下りの旅人を乗せて商ふ渡し守 夫(つま)は?(かせぎ?)の留主の中 下女と手代と
二人前 算盤ばち/\ぬけめなき帳面しめて寝所は常の女房としられたり 人の情あて
にする沈頭波羅助(ぢんどうばらすけ)盗(次皿・つぐさら)の長 跡備へは猿猴(えんこう)の助間 銘々たげ物肩にかけ ヤレ辛度
や肩いたや 申お家様 こりやこちとらが夕部の働きえらじやぞへ 帳付けて貰ふかいな ホゝ波羅助
殿長殿 此間は不働きで連れ合の機嫌が悪かつたが ちつと仕業が見へましたの ドレ帳付ふ 色


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数は何でござんすて アイ 此次皿がたげ物 そこへ付て下さりませと 風呂敷包押ひ
ろげ 木綿立嶋の布子一つ佐々木嶋でござりますぞへ 扨こいつは上物じや マア裏が
通りの紅(もみ)裏 表は縮緬の御所染 銭が十貫入一(ひと)かます 夫で〆て下さりませ ヲゝこりや
よつ程情が出ました沈頭殿 こなさんの仕業はへ アイ此波羅助が仕業は マアちよつと斯しや
とぬつと突出す鈷鑓一本 ヲゝあぶない何さんすぞいの サア剥いだ奴めが てうど此様に突
かくるを 身をかはして真?(はだか)襦袢から黒とん迄たいなしねこそけ尻髭迄引はいたが 此鑓が値
打物何と上でござりませうが ヤイ猿猴よ われが仕業はとふじや ヲゝおれがのは又ずつと下

じや しかも糊の剛(こは)い此二幅(ふたの) 夕部夜更人しづまつて と有る松影にえならぬ匂ひ ふん
/\゚として我鼻を驚かすは あらふ思儀やと差寄て透かし見れば いとも太りし女武
者 丸裸にて立たる有様 扨は我中間の者も此匂ひに辟易して ゆもじ一つを取残
せしは比怯(ひけう)至極猿猴の助間是に有と 何の苦もなく引ほどいて取て来た 所は慥草
津で有た エゝ馬鹿な おれか様に責めて太刀か鑓かを取てくれは 又値打が有わい コリヤ其
様に自慢すな われが鑓はたつた一本 おりや長刀をいかい事取て来た そりやどこにある
爰にと差出す古草履 一つに合しばらしても二足三文帳面に印す折から帰る夫レは此国


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に海賊の張本たる摺針(すりはり)太郎左衛門迚 見るから凄き頬魂 直には行ぬ芦人力舩 櫓
を押帰る我家の濱 ソリヤお頭のお帰りじやと皆々礒邊に出迎へは 船乗捨て
内に入る 女房帳面片寄せて ホゝこちの人戻らしやんしたか けふは皆も情が出た 働の強盗
帳 見てしんぜて下さんせと差出せば傍を見廻し エゝごくに立たぬがらくた物 値打ちの
有る物は一つもない まだ正味は銭かます かさ高いは銑(づく)銭じやな 手あらふなやむなつい破(われ)
るぞ うぬらが三人の仕業(しごと)よりおれ独りの働 舩の荷物を運べ/\まつかせ合点と三人が
舩から上る番具足 鎧腹巻太刀刀 鑓長刀も尖き声 ヤイ/\其粮米櫃中

は大事の物じやぞ 傾けぬ様に爰へ/\と 指図に任せ直し置き コリヤえらい代物じやが 何所
で働いてござりました ホゝ今度坂本の城中再び鎌倉勢寄せると聞き 臆病風に誘
はれ大橋口よりぬけ/\の落武者 此渡し舟に乗せ沖中へ漕出し 有無を云さず引剥だ此雑
物 わいらも是から気を付けて落人と見るなら随分と働け/\ 武具を剥ぎ取る斗でない 若し名有る
武士をぶち殺せば手柄次第で大名 国取共なるは此時節 名有ある大将の太刀先で取も
こちらが盗みもいはゞひとつ したがうぬらが様にたゝ取る事さへ不調法ではとふでろくな盗人にはよふ成
まい ごくとふめらと叱られて まじめに内義が取繕ひ どふで基が素人衆じやによつて


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正直気の退かぬのは堪忍したがよいわいな 去ながら皆器用肌な衆でござんす こなさん
方も是から随分正直気のない様に 気を横道に持たがよいと逆様異見は龍宮で 弁
戸がへすも斯やらん 表の方に歩み来るよし有げなる浪人の 人目を忍ぶ深編笠門口に立
どまり 聞く共白木の粮米櫃内に稚き子の泣く声 女房不思議と聞とがめ コレこち
の人 今粮米櫃の中で泣たは慥子供の声 アリヤ何でござんすへといふにふりむく門の口 覗く
姿を見て取り摺針 女子の知た事じやない あの中に有は大金に成大事の代物 コリヤやい
わいらも何をうつかり今の先いふた落人 ソレよい代物じやかして見ぬかいと 目まぜでしらせ

粮米櫃 大事と抱へ奥へ行 二人心得合点と沈頭盗両方より胸づくしをしつかと取る コリヤ
お身達何めさると きゝ腕ぐつと付込む助間 踏飛ばされてひよろ/\/\二人も一度に
ずでんどふ ころ/\転び打たりけり 浪人しづ/\笠ぬぎ捨 面体を見しらねば意趣受ふ覚へ
もなし 心得がたき此家の有様 亭主 様子御存ならばとくと仰聞けられよと 物和らかに尋
れば イヤ仔細も五さいも有る事じやこんせぬ 高で爰は盗人の内でごんす 其門口に立んすこな
さん 身の廻りが貰ひたさにあいらが働くのでごんすわいの こなさんも爰へ来たは百年め 憖(なましい)
に腕だてさんすが其身のひし 必ずまんそくでいのふとばし思はんすな マアそふ思ふて居やんせと


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胴より肝の太きせる 南艸(たばこ)すぱ/\すつぱの頬(つら)付き是は近頃耳寄なお詞 拙者西国
方の浪人 一人旅で甚だ宿に難義致す 承はれば盗賊が御商売の由 願ふてもな
き幸いの事 お宿の御無心申したいが何とおとめ下されふか ハテ命にあいそが尽きたらば 望の通り
とめさめふはい 夫は千万忝い 然らば御免と入んとする とつこいやらぬと三人がよろぼい/\立上る 中へ投
出す小判の包 只今は不調法お詫の印左少ながら金子百両 瓢箪酒でもまいつ
て 緩りとお休み下されと いたみ入たる背骨の返礼 ハゝゝゝ何のマア 腰骨の五本や
十本おれました迚私共は苦しうないが 手ひどふお踏みなされましたお前様のおみ足がいたみ

はせぬかと我追従 女房は始終呆れし風情 夫の連れる女子の身 お恥しい商売ながら 大
事なくばいさ先ず是へに打通り 扨々御内証の深切のお詞お近付きの印迄 少分ながら
と又百両 こなたの三人恟り顔 何がなお気に入端と茶臺差出す手へ百両 扨ても
したりと煙草盆お唾は是へと灰吹迄磨き立てたるかん首の邪中間も向ふ獅子 世間に鬼は内
義様 随分御馳走申さんせ よいかげんに又踏れに参りましよと 金戴て立帰る 跡に摺
針髭もみ/\ ヲゝざぶ様 よい覚悟でごんすの どふでこなさんの手に持たして置かぬ金じや夫か
まし/\ もふねた切りでごんすか イヤまだ金子はたくはへておる 金ならばいか程成り共 其かはりには手前


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が金は最前の半櫃ちよと拝見と行んとする 裲としつかと コレお待 アリヤ粮米櫃と云
て船頭の命をつなぐ大事の物 品によつたら見せまい物でもないが マア夫レよりはこな様の
此懐をと指込む腕 武士の懐は城郭同然 狼藉至極と突放す イヤ貴様武士
じやない 武士でないとは テモたつた今浪人者じやといふたじやないか 浪人も/\ 坂本の首は
浪人 死る軆にいらぬ譜隠す名が聞たい イヤ此景図より半櫃の内 泣き声する稚
子は どふしてそちが手に入た 夫から聞たい イヤマアそちの名が聞たい イヤそつちから イヤそちからと 互
にいどむ最中へ村のあるきがいつきせき コレ太郎左衛門殿 何やら御穿鑿の筋が有と

代官様が庄屋殿へ来てじや ちやつとござれに女房が恟り コレこちの人 代官様の詮議
とは もし商売の事じやないかや 何のいやい譬盗賊の詮議にもせよ此摺針に
指でもさゝばどなたでも どいつでも 夫レこそは命の寂滅 お侍ちよつと往て来る程に
夫迄しつかり預けたぞや ムゝ主のない半櫃 留主には明けぬ成程しつかり預つた イヤ半櫃
の事じやない 預けたいといふわごりよの命 そりや互 夫迄奥で休息致さふ 嬶よ 随
分御馳走是申せ どれ往てこふと詞の錠 しつかりおろして置くと口別れて「こそは出て行
既に其日も入相の 鐘かう/\と物さびて 沖の鴎た礒千鳥塒(ねぐら)々へ帰る雁 帰ら 


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ぬ日影夕紅ひ 血刀杖にこけつ転びつお巻が なりの大わらは 公達君を見失ひ深手に
よはれど気は張り弓 足も矢橋の村はづれ 柴の家居を目力に漸辿つく息
も苦しき胸を撫おろし アゝせつない苦しい息が切れる 里人有ばお情に水一つ飲してたべと
柴の軒場にどふど伏もだへくるしむ其声の血縁(すじ)の身にやこたへけん お寄は暖簾の隙
間より 窺ひ見れば女の手負 ハテ不思議なと戸口に出 見れば見る程まがひなき ヤア
そなたは妹のお巻じやないか とふした事に其手負ちかけ寄て抱起せば手負も顔を打
守り ヤアお前は姉様 ノウ嬉しやに又がつくり コレ/\妹気をしつかりと持てたも 姉じやわいのふ

お巻/\妹のふと呼活ける 声も嵐に谺して息吹返せば耳に口寄せ コレ気を慥に持て
たも 濱風が疵に当れば一大事 マア/\こちへといたはりて漸内へ誘へば 又のり返るを抱し
め コレ妹 そなたも侍の妻でないか浅疵に気を失ふとはふがいない 心をしつかり取直してサア
此姉に様子をいやと いふに漸目をひらき 姉様お健(まめ)で嬉しうござんず ヲゝわしもぼんも健で
居るが 貴儕(わがみ)は又どふした事で手は負ふたぞ 私が此手を負ふたには段々様子が ヲゝそふ有ふ共
/\ 其子細は サア其子細は どふも云れぬ咄されぬ エゝ云れぬ遠慮は他人向き 兄弟の中 
に何隔て イエ/\何ぼ兄弟でも 今京鎌倉と立別れ凌ぎをけづる最中なれば 敵じややら味


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方じややら 心の知れぬお前の殿様 云置きたい事頼みたい事 心一ぱい有けれど うかつに云れぬお主
の大事 息取る内に我夫(つま)に逢て云たい身の誤り 咄して後に死にたいと 舩で別れし公暁
の事のみ思ふせつなさは 胸に満つれど得云ぬ心ぞ思ひやられたり アゝそふじや譬體は
ずた/\に切離れても 死なぬ/\とよろめきながら表をさして立出る 妹待ちやと姉は
声かけ 鏡に嗜む牛王取出し お主の大事を憚つて姉にも心赦さぬは遖々 其心を推
量すて 夫を始め他言せぬ心の誓紙 此牛王を灰となし そなたの疑ひ晴らさせんと 行
燈門寄せともし灯に焼かんとする手に縋り 姉様お心見へました 其御心底をしり

ながら 打明け云ぬせつなさは 武士の女房に成た因果 堪忍してたべ赦してたべと いふ息さへも絶へ
/\゛に よはる心を励す声 コレ/\/\大事を語らずむだ死するのか エゝふがいない心じやのふと 恥しめられて
むつくと起 申すもはかなき世の成行き きのふ迄京方に忠義を尽せし普代の武士も けふ
勝 色の時政へ 皆抜々の降参は是非に叶はぬ運の末 いたはしや宇治の方様 頼家公の御公達
公暁(きんさと)君を密かに我家へ抱参らせ 責めて此子はお命まつたふ 我々か跡吊(とは)せん 和田兵衛
頼むと仰は千引の石よりも 重き若君預る我夫(つま) 早内通の者有て公暁渡せと追取巻 ヲゝせ
きやんな/\せかずと静かに/\と気転聞かして汲んでくる ぬるみは咽を通せ共水も漏らさぬ鎌倉


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勢 我夫一人を ムゝ大勢して取巻たり 定めて和田兵衛殿の勢ひに皆逃散たで有ふの アノ
其跡は コレ/\どふじや/\ 夫から私を小かげへ招き 敵を防ぐに気後れする 暫く汝守護せよ
と ムゝ公暁を吾儕(わがみ)に渡し和田兵衛殿は敵を追てござつたかヤ アイ若しも敵が取て返さば 公
暁君の御大事 どふぞお姿隠さんと磯辺を見れば幸に船 天のあたへと船へ隠せば案に違はず
取てかへす数多の雑兵若しや若君見付けふかと ぬき放して追散らし 其時に手負へ共 なんなく
大勢追まくり元の渚へ戻して見れば 悲しや船は跡白波沖へ/\と流れ行 南無三宝とあせつて
も 呼はいなければ飛でも行れず 礒端に延上り其舩返せ船よのふ舩よと呼べど招け

共 元来人なき捨小船 答へる者も荒波に ゆられゆられて沖の方 若し稚子の這出て
底の滓(みくず)と成給はんと思へば身も世も有ればこそ 磯辺伝ひをかけ廻れど折節邊に小船もなく
泣々跡を追風に次第に 遠くなる鐘の 三井も打過勢田も越へ 粟津を廻る其中に 見失ふたる
悲しさせつなさ 其場で死なふと思ひしが百年の御寿命過未来で宇治の方様や 和田兵衛殿
に逢たらば言訳は何とせんと思へば死すにも死なれぬ因果 思ひやつてコレ/\姉様 若君様のお行衛を
とふぞ尋ねて/\とくるしさこらへ始終の様子語るも 聞も 涙なり 表の方には古顔新左衛門
摺針を追取巻せ様子残らず聞居る共 内にはしらず姉お寄 コレ妹 今の咄しを聞くに付け 思ひあ


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たる事が有 最前夫が持帰られし粮米櫃 慥中(うち)には子の泣声 合点が行ぬと一間
に入引ずり出す粮米櫃 摺針透かさずかけ入て女房を取て引退け 何ひろぐ引
裂れめ 此半櫃の中はけふ辛崎の沖で拾ふて戻つた小? 是が公暁とやらに極
まれば 首討て鎌倉へ渡すはい ムゝ辛崎の沖で拾ふたとは 今妹の咄しに違はず 公暁
様に極つた 其公達にあやまり有ては妹へ義理が立たぬ ヤア邪魔ひろぐなと真の当て。
うんと悶絶構はゞこそ錠捻切て鷲掴 手負の傍に立はだかり わごりよが尋る公
暁とは 此小?かと差出せば 一目見るより ヤアお前は公暁様ノウ嬉しやといふ間も

有せず だんびら抜手も片手切 あへなく首を討落せば わつと手負は絶入て其儘息は
絶果てたり 摺針は見向もせず首引掴み表に向ひ 約束の公暁が首請取れ
よと差出す ヲゝ辛崎より船にて流れし此? 汝が奪ひ帰りし様子 遠見の者が知ら
せに寄て早速に馳向ひし所 首討たるは神妙/\ 此通り言上し褒美は重ねて沙
汰致さん 家来きたれと首引提げ陣所へこそは立帰る 跡に女房か息吹返し 見れば
空しき二人の死骸 ヤア此稚いは公暁様のお死骸 エゝこなたは/\/\のふ よふも/\むご
たらしう此様に殺しやつたのと 夫に取付ふがり付恨み涙ぞ 道理なる イヤ公暁君は恙


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なく 和田兵衛が守護仕る 鷲尾三郎 申合せし通り首尾能参つて満足
と いつの間にかは裏道より忍び入たる秀盛が 鎧の袖に恭々敷抱参らす公暁
君 女房目早く立寄て あの和子様のめしてござるは目覚有る大三の着物 ヲゝ公暁
と召かへさせ最前討て渡せしこそ こちと夫婦が和田兵衛より預り置し大三が首 エイ
そんなら藁の上がら預た大三郎を公暁様のお身かはりにハアゝ はつと死骸を抱上 よく/\
深い縁有ばこそ 繦褓(むつき)の内より此伯母が手しほにかけて漸と取立の愛盛り てうちあ
はゝの囈尽しを見せて親御に自慢せふと 思ふた事はあだしのゝ 露の命のはかなさと 死

骸を見に寄抱しめ前後正体伏しづむ ヤア未練なる女房 かゝるお役に立
ん為預置し和田兵衛 過急の書状に云越趣 きのふの戦ひ辛崎より
舩にて沖へ出す迄委細の文体見るより早く櫓を押立て拾ひ帰りし公達
と大三郎と一間で取かへ鎌倉方へ渡せしは 和田兵衛夫婦と某が心を合せいて計りし術
去にても健気成は此お巻 現在我子の首切を ヤア公暁君かとたつた一言 得
心して安堵の往生 鎌倉の百万騎を皆殺しにする勇気は有と また東西も
知ぬ大三を公暁君に仕立上げ首討時は刃もなまけ 腕も五体も痺れしぞと


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猛く勇める眼にも悲嘆の涙は石火矢の火玉 飛ちることくなり 和田兵衛も
恩愛にせまる涙を睚(まなじり?)ではらひ ヤア/\鷲尾 我は是より城内へ馳向ひ
鎌倉の大軍をかけなやまさんか 御邊も供に籠城するや 所存いかにと云
せも立てず ヲゝ尤なり去ながら 兼てしめし合せし通り 頼家公の禄を受 恩を戴く
諸軍勢 かゝる時節をふり捨て鎌倉方へ裏返るか 又は城中ぬけ/\に逃失る
不所存やつ原 片はし捕へて真裸 物の具雑具に至る迄引剥 強盗海賊
と敵に心を赦させ置 時節を待て時政が白髪首を引こぬき夫を土産に 

籠城せん 先ず夫迄は坂本よりの落人を剥取摺針太郎左衛門と弓矢を
隠す弓取は 坂本の城中に四天王の其一人 鷲尾三郎と呼れしは
此摺針が事なりけり ホゝ帷(とばり?)幕の中にめぐらす計略 遖鷲尾
重ねて再会 さらばと斗もぎどふの詞にお寄が涙ながら 御運目出たふ助け
給ふ其公達 再び御代に出給ひどうぞ御安座遊はす様に ホゝ其義は心安
かるべし 公暁君御迎ひの為 本吉四郎廣次とくより是にひかへしと
障子明くれば以前の浪人 始めにかはる長袴粧ひ立し有様に流石の


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摺針夫婦が驚き ホゝ不審尤 我浅しくも清和の末葉とて身を西海
にわだかまる 此度の戦ひは双方連枝の味方打 去に寄て坂本へ
も頼まれず又鎌倉へも味方せず 時節を窺ひ居る所に 和田兵衛に
廻り合頼まれし公暁君 是より直ぐに御供申し我太刀下に切取し蝦
夷か嶋にすへ置は 日本国か一つになり押寄共大山の蟻 ちつ共気つかひ
致されなと思ひかけなき一言は 西国四国になり渡る 本吉四郎廣
次の後ろたてこそ鉄壁成 廣次しつ?)/\゛懐中より錦の袋取出し 是こそ

唐土大将韃靼四百余州を往来の勘合の印 大敵迚恐るべからず又小
敵迚負るにも有らず 坂本の城中勝軍の凱歌を上ば早速若君
御供せん 若しも運つき落城せば頼家公の御ン供し我国に来られよ 其 
時の割印ぞと白紙に御判押うつせば 和田兵衛取て押戴き 鎌
倉の人胤つくし 夫レから唐を切取て四百余州にふんそり返り 草臥やすめ
尋陽の江て猩々と酒もりせんは 此和田兵衛か得手の物と 妻子の別れ
も屈託せぬ 勇士の心を感ずる四郎 ヤア/\本吉が家来共 用意の乗物


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早々と詞の下より高提燈 臺笠竪傘挟箱 列を揃へて居ならぶ
折から遠音に響く寄せ太鼓 すはや敵と待所へ息を切て沈頭波羅助 コレ/\
お頭 和田兵衛を討取と鎌倉勢が三万余騎追付爰へ寄て来ると 聞て
和田兵衛いさみ立ヤア面白し/\と取るに足らざる蠅虫めら 蹴ちらしてくれんずと 公
暁君を四郎に渡し勢ひこんでつゝ立は 鷲尾とゝめてさなせそ和田兵衛 去
年よりの戦ひに御邊が武勇は知れて有る まだ軍場の血を見ぬ某 三万余騎と
は手ごろの敵 皆殺しして跡より行ん いづれもは片時も早く公暁君を御供

有と差図に随ひ本吉四郎 乗物是へと公達を乗せてしづ/\跡
おさへ 残り多げに和田兵衛も 供に引添ひ出行首途(しゅと・かどで) 中にお寄が妹の死
骸 甥の死骸もかき寄て唱ふる六字六行の道はかはれど一筋の 忠義武勇の
道直に見送り/\鷲尾夫婦 納戸の内へいる矢のごとく寄来る鎌倉
勢 門口に大音上 ヤア/\此家に和田兵衛有よし忍びの者がしらせによつて
向ふたり 汝阿修羅王の勢ひ有共 三万余騎の軍勢を以て 前後四方
を取かこめば最早遁れぬ降参せよ 違義におよはゞ討取んと息せいはつて呼はれど  


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内はひつそとしつまつて無人城見るごとく也 ヤア風を喰ふて逃失しか 込入て詮議
せよと大軍一度にとつとかけ入 右往左往とひしめいたり 鷲尾は裏より
抜け小船に棹さし波打際 ハゝゝゝ腐り美人に寄たる蠅虫めら 頼家公に頼まれし小坂
鷲尾が手柄始め 湖の前に死人の山を築 大将の目慰と 舩より出す国崩し 五
十貫目に余る大筒宙ために 火蓋を丁ど切て放す 音は須弥山崩る斗 家
人供にはた/\/\粉もなく失せて黒煙 こなたに鷲尾にた/\笑ひ そしらぬ顔に漕ぎ
帰る 彼の唐土の梁の代の柳慶遠(りうけいえん)が地雷にて百万騎を皆殺しせしも是には 過じと