仮想空間

趣味の変体仮名

艶容女舞衣(竹本三郎兵衛・豊竹応律)上の巻


読んだ本 https://www.waseda.jp/enpaku/db/
      ニ10-00038

 

3
座本 故豊竹越前少掾
   豊竹定吉       豊竹嶋太夫 町太夫 武太夫 源太夫

みのや三かつ
あかねや半七 艶容女舞衣 はですがたおんなまひぎぬ

大字七くだり
けいこ本   豊竹加太夫 伊三太夫 氏太夫 岡太夫
 大坂心斎橋南三丁目阿波屋平七新板

美濃や三勝
あかねや半七 艶容女舞衣 故豊竹越前少掾孫 座本豊竹定吉
  生玉の段
繁昌の土地は身過ぎの寄る所 軽口咄し子万歳女太夫の祭
文も 声賑はしき生玉の人立多き其中に わけて名高き足
引の山程たかる店の先 内も一ぱい諸見物咄しに余念なかりける 扨
いつも同じ事ながら足引清八 御贔屓と有て内にも外にもお歴々
様 ハアゝ是もけぶけれつ 立てござるはお足の痛み 其お足をたつた三文


4
お出しなさるゝと アレ床几の上でお茶も上ます 若しお待合せのない方へは
私お取かへ申増しよ 又銭が惜しいと思し召すなら前金ても構ひませぬ
扨別して申上まするは 私なが/\ 此見世を勤めますれど相かはらぬ噺斗
朝から晩迄 ぼい/\/\ほゞらのぼいとしやべります ハアゝ是もけぶけれつかい
そこで此度はコレ御覧じませ歴々噺子方を抱へました と申す訳をお聞なされ
ませ 彼御当地御贔屓の中山新九郎殿 此度角の芝居で一世一代を致
されました そこで手前も思ひ付き 新九郎殿とは泥亀(すつぽん)とお月様程違ひます

れど 私も当年六十一 本卦返りを幸に 一世一代と致して芸尽しを御覧
に入れます 先最初は此宮の門前に居られます 堀井仙助殿迚能師が
ござります 此店と違ひまして能太夫やら ワキ師やら 囃子方が大ぜい
寄まして 笛を吹くか 鼓を鳴らすか 太鼓を打つか そふすると彼仙助殿が
出られますはい 何がくらがりを夜這に行やうな足元でな ソレ顔には木で
拵へた面かぶつて居られますはいの 何が其面の内から謡諷はれます 故丁ど
縁の下から物云やうな声じや いかに是なる女性(せう)ぶ尋ぬべき事の候 こな


5(裏面)


6
たの事にて候か されば候 実御姿を見て候へば 都の人にて候か 此梅の花
見て桃の花桜の花と仰られ候は 近頃以気違ひかと存候 モ何の事はな
い候斗いふて居られます サ今でも候といふ事が法度に成てこらふじませ 能
といふ物はとんと出来る物じやござりませぬ ヘゝゝゝ是もけヴけれつ 扨又其向ひ
じや 何が表にかんばつた親父が二人して ヤア 女太夫/\ お染久松心中じや今が能い
所/\と 聞くと何が田舎の婆様や内義達が 銭は出さず聞たふは有 ヘゝ門につゝ
ぱつて居られますはい そづすると内には又はいらそふ迚 十六七なくるきりと色の黒い

女がナ 扇をあてゝ 瓦や橋とや油屋の 一人娘お染迚年は二八の色ざかり
ちよんかけな/\ イヤモ是もよつぽとしんどい物じや 扨次は隣の臺頭 私と違ふ
太夫が見事じや 先表には櫓を上 名にあふ美濃屋三勝殿 仏御前の扇
の手 夫レから静の鼓の段 源平八幡壇の浦 須磨の浦には汐汲姿 松風
家主貞良(かすてら)ある餅糖(へいとう) 或はかせ板猫のふん イヤハゝゝ喰物で思ひ出しました 此間私も
本卦振舞を致しました 先一家頭に鴻池の源右衛門 こりや私が兄舅(こしうと)次は又大和屋
三右衛門 是は又妹婿 夫から段々甥やら従弟やら 或ひは平野屋政右衛門天王寺屋一等 辰


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己屋忠右衛門夫からが伜共 兄は清七弟に清六 足引屋清十郎と申て 是は手前
が暖簾をやりました別家の手代 不残打寄酒盛の上 鴻池がいはれますには何
と目出たい本卦かへり けふから直に隠居して惣領に見せをつがし 左扇で喰は
しやれといはれました故 私も成程と申し 向後(けいこう)此足引の店を 伜めに譲り
ましたと思ふたら終夢が覚ました 傍(ねき)には嬶めが寝ておりましてな コレこちの人
ヤア/\お前は何とさしやんした何ぞ よい夢でも見しやつたら わしにもちつとあやからし
て下さんせいなァと申ました故 何にも外にやる物はなし 手を入るやら 足を入るやら つい

ヘゝゝ何やらも入てやりました 扨御退屈にもござりませう故 是よりは一世一代と
致し手鞠の一曲御覧に入ます ヤコレ/\其口上はおれが云はふ ちつとマアやすましやれ
扨高ふはござりますれど是より口上を以申上ます 扨足引清八事 段々各々
様御贔屓お取立を持まして 当年迄は此生玉地に相勤め居られましてござり
ますれど 御らふじ付けられます通り 年寄られまして御ざりますれば 当年切にて此
店を外々へ譲り じんきよ致されますつもりでござります アゝこれ/\じんきよとは何
いふのじや ハテ今年から貴様じんきよするてはないか エゝ腎虚ではない隠居するのじや


8(裏面)


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わいの ヲゝほんにそふじや ハイ隠居でござります 夫故何がな何れも御方へ 御馳
走にと存まして 手鞠の一曲御覧に入ます 扨此義も 前々より段々名人立
致し置れました義にござりますれば 中々お目にとまります事はござります
まい なれ共 おなじみの清八義でござりますれば 悪敷所はお捨遊され 只々能
よ/\の誉めのお詞を希(こひねが)ひ奉ります 先は手鞠を舞台へかざらせます とう
ざい 扨長事御退屈にござりませうずる間 早速初め御意に入ます 先最初
仕りますは 靍の拾ひと号(なづけ)まして 是は上より落まする手鞠 宙に箸で

鋏みます 夫より鶯の谷渡し山鴈の餌落し 傘(からかさ)の梢伝ひは 少羽の長柄の手鞠
夫よりは籠抜輪ぬけの手鞠 扨又所々口上を以て申上ます 先最初鶯の
谷渡しが発端曲手鞠の初り左様に 扨手鞠は早めて参ります 扨是より
は 中の手鞠を両の手鞠で引挟んでは右へ渡し 右の手鞠を引挟んでは左りへ
渡し 是を号て鶯の谷渡しでござります コリヤ/\/\一番誉めたり 扨是よりは 落
る手鞠を宙にて挟みみあすれば 是を号て靍の餌拾うひでござります ハリ/\/\
爰らで誉たり 東西扨是よりは 傘の上へ手鞠伝ひ上がりますれば 是を号まし


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て 少将長柄の手鞠 此義みてますれば惣客(そうよう)様へ御暇乞でござります 先は
手鞠にかゝります コリヤ/\/\/\御褒美にどつと誉たり 今日は是切/\の
声諸共に諸見物皆々 「連て行く道の人足早き日暮前 云合さねど
祭文も 小坊主万歳頭翌(あす)は 敏乍(とうから)の打出し太鼓評判の声も
暫し木戸口を おりて下座する乗物は何国(いづく)の誰か大身と見へて ひゞ敷供廻り
舁出す跡はどや/\と 老若貴賤口々に思ひ/\と咄し合 何でも舞は一枚で ほんに
器量は一番共三勝様にとゞめたと 取々評判わいや/\ 我家/\へ立帰る 跡は澄

切る空の色 五日の暮の宵月の光りが さすや?(玳)瑁(たいまい)の櫛に照り添ふ粧ひ
も 舞台の儘の薄化粧 楽や口より三勝が 衣裳小道具風呂敷に送り
迎ひか小綺麗にしやんとわいがけ 後(おく)れ足 申々マア静に 何を其様に気をせいて
エゝ聞へた コレ気づかひをさしやんすな 芝居の果るは何時とよふ考て半七様 いつ
てもよい所へ出かけてござんす いつもよりまだ早いわいなァ 何アノ人とした事が そん
な事じやないわいの けふは一度も兄様が お通を連てござんせねば 定めて乳が飲
たからふと 夫レで心がせくはいの 夫はそふじやが けふの舞台はわしもいかふ気がはつた ヲゝ


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そりやそふでござんせふ どうでもあれは国大名 忍びといふがあれなれば 表向きの
見物とひよつと来たらば此芝居 地面一ぱい広げても供廻りの置所が わしや有
まいがと心の内で おかしう思ふて居ましたと 咄し半ばへ表がた 弁当さげて二三人 エこりや
三勝様また爰にか ヲゝこれや皆今でござんすか アイ随分早ふ仕廻ふ様でも 跡の
掃除で隙が入る そこを御存知ないは 寝間を勤めぬ三勝様 掃除のお世話はお
助かり ヤ助かる次手に ちつとなと早ふ逝でナア七兵衛 嬶の顔より飯の顔 ぼさつ
のお助け戴こう サア/\申三勝様 是からいつしよに四丁目の辻迄 お供致しませふと

打連立し道の伽 皆々北へ南側かけ小屋仕舞 立帰る 店をばたくさ小坊主万歳
逝に足早きかげ絵の清兵衛 ヲゝイ/\待たしやれ コレ親父殿連立て逝わいの シイ
よい連れじやサアござれ しやが扨々けふは色々の事が邪魔に成て 臺頭にして
取られた ヲゝそれいの 大名じやといふ心で 供廻りのけんどんさ 先払ひの加役がほ
苦みのかはりに辛味をはしらし そばあたりへも寄付かれぬ 何でも饂飩どんくさい
どん/\しやうに太鼓をやらせ かけ絵も身にしむこつちやないわいの イヤ是清
兵衛 なんといふても貴様の見せは それ程にもなさそふな わしは逝だら嘸嬶が 叱り転(こか)


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すを見る様な ちやつと逝で御機嫌を ツテンツテン/\ 取楫 テツ/\ 面楫 ツテンツテン/\ あげくの果には
持ち用の舩を打割 ツテンツテン/\ こりや才着 何と物と 扨マア斯して居ては済まぬ ぎえん直し
にわつさりと 小歌ぶしでと高調子諷ひ打連れ 行過る 半七は三勝が戻る道筋気を
付けて思はず しらず芝居の表 ハテめんよふな 今頃迄 よもや逝なぬといふ事は 若し道が違ふ
たらと 跡先廻しつゝくりと暫し思案の月明り透かし見付て ヤアあれは慥に親父様
母者人と連立て夕時参りの下向道 見付られじと芝居のかげ身を顰めめてぞ 忍び居る
程なく半兵衛 夫婦連 歩み寄たる芝居の軒 杖つく/\゛と ノウおばゝそなたを連立ち此

様に 折々お寺のお庭を踏むも 後世助らんやつぱり身欲 ヲゝそふでござる共 一年/\近ふこぞ成れ
遠ふはならぬ 未来の宿り悪い所へ行まいと 一遍申すお念仏も アゝいかふ身が入て来ましたはいの サア其身を入る
念仏も こちらが菩提はたつた十遍 畸人(かたは)な伜の半七めが 根性も直る様にと 願ふは百遍親の因果 兎角
頼はみだの本願 本願力にもせい力にも 叶はぬ身持の不行跡 天にも地にも一人の伜 何でもあいつに養は
りよの イヤどふせいづのはない 若しこちら二人が翌が日ても 目を塞だ其跡で 狼狽へおらずばよからふが 浮目に
逢ざよからふが どふぞ一生真息(まんそく)にと 思ふより外何にも 余念はおじやらぬと 月はさへても子故の闇 くもる
心にばら/\と 目に北時雨かゝり子の末を案じる憂涙 母は猶更百倍の 胸に満ちくる涙ごへ エゝひよんな事


13(裏面)


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うふて 道がくらんで歩き行ぬ 親の思ひの百分一 思ふて呉りやよけれ共 三勝とやらいふ舞子に性根奪
はれ 真実なお園が事 露散り程も思ひおるまい ヤコレ/\是が舞子の芝居 是迄逢た事
はないが 思ひ合た二人が中 とんと裂くではない程に 五日に一度は又内へも 帰らしやれいと引立てて 戻る
様にして下され 顔は見ね共 コレ爰から手を合して頼ますと 舞台へ合す母の手は 取りも直さず
此我を 勿体なやと半七は 小かげで母を伏拝み/\恋に乱るゝ心根を 思ひやられて哀也 ハテ扨おばゝ
とした事が ごくにも立たぬよまい言 舞台が物を云かいの 泥めにかゝつて老にほりやるな 見りや月
の脚もアレよつぽと 足元の明かい中サア/\連れ立てちやつと逝の ヲゝとぼ/\と怪我さしやんな 昼さへ爰は

石高で 歩行(あるき)にくい小夜道といひ 躓きやなどして下さんな ヲゝてや めつたに転ぶ
こつちやないわいの コレ用心杖といふ此つはもの マえい/\と立直り アイタゝゝゝ
アゝ口は立派にやつては見たが 叶はぬ物は橙のおかげで 腰の蝶つがひが どふ
やらすると此様に アイタゝゝゝそれ見やしやれの 何ぼふ気丈我慢でも老ては
子にも云甲斐なき 半七が事思ひ出し猶足元が ヲゝソレ/\/\ ハテサテよいてやと 踏しめ
ても しまらぬ我子に迷ふ親遉血脈(ちすぢ)の有難く 心ならねば半七も 小陰を出て我しらず
我計らずも老心の 道を跡からあふ/\と見送る 影も見へ隠れ跡に 続いて「漂(たどり)行


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  嶋之内茶屋の段
爰は所も六軒町の大七が 内は万燈先から居続け今市屋 判官の部に善右衛門
同気求めて弁慶は 憎い頬付其くせ名代の箒客 ワイ/\ワイトナ 中村屋の番頭に庄
九郎迚いけず者 いけぬ声色国太夫しはがれ声をきばり出し 退きなりと去りなりとお内
義様を持なりと 我身の事は厭やせぬ ヨイヨ庄様きやうとふござるそ ナントおきさ
ひどからふが ちよつと一節いふてさへわいらが涎流す物 もちつとやつたら思ひやらるゝ 何
を庄九が太平楽を コリヤおきさ 相手にならずと勝手へ往て 糠汰(ぬかみそ)桶の用心を七兵衛

にせいといふてこい ソリヤ善公が例の喰いじや ガ園八ぶしは格別じやが又物真似は上じや
ぞい コリヤ庄様のてうじや有ふシテ物真似は誰じやいな 誰といふたら望次第 八蔵ござれ 粂
太三郎大五郎 ひな助歌右衛門 ハアそれや鼠やうわりが呆れるの 又善公の悪口か
わしが由男(よしを)を聞した事なら 座中くるめて惣?(もら)ひ イヤもふ夫は聞かいでもお前の由男
は本間のより二割も能といふ事じや サイヤイわいらが合点が悪い 庄九が物真似が文七
に二割がた そこで七に二をかけると 文七が文九になる 庄九郎を向後は中山やの文九郎 そ
こらでさし詰儕(われ)が名も 源九郎とかへてしまへ ソリヤ又なぜにへ ハテ常住おれを口先で


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ぬつぺりこつぺり化かすじやないか エゝ又あんなヲゝ憎やの わしがお前をいつ欺(だま)して アレ/\/\アノ
しら/\しさがすさましい とふから頼んだ三勝か返事を しつたのこつたのとうはべでちよぼくる
一つ穴古こつてうの背中禿 大和とやらのざふ客で 今宵は幸爰に出て居りや われが
ちいとの働きでとのやうにも出来そな物じや まんざら悪ふ仕向けもせぬが とかくおれへは
見せ付ける イヤモウほんに善様の毒にはわしもよはりがくる 今ばりつかす全盛の 女郎様
方のふかまさへ お客仕廻はにやちよんの間の工合が出来ぬじやないかいな まして舞子の
三勝様 狐は愚か天狗程働いた迚夫レがマア そんな無理は西の海へさらりこつかこうと

ながして仕廻ひ 今宵の所はどれなりと いつそわしが差図せう コレおかね殿 大伊へいて
しづ様かふき様か 夫レがならずは森新の 三木様を見てごんせ 次手に庄様誰にせふ ホンニ
夫々 岸熊から来た差紙の若後家出 シタガ待んせ 庄様はめつたやたらになで好きじや
なで勝手の能やうに 一文字やの尼出にさんせ 早い事じやとせり立れば アゝコリヤ
待てくれ/\ いかにおれがなでる迚 尼出とは胴欲じや 後家出が耳よりそれに
立てくれ イヤ/\夫レでもわしが見立て コレのふ早ふハイ/\と走るおかねに庄九郎コリヤ/\
待てと立騒ぐ 早枝(さえだ)が留て弾く三味に 尼の回向も叩き鉦 仲居が世話をやくた


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に いやがるお客をそゝり立てヲゝさはひだ /\/\ むしやうにぐはん/\引立てられ 尼出もずるめ
に庄九郎 じぢめに成た其中へ ハイ新造の尼出様送りやんすとまはしが包 そこに直して
立帰る 見るよりさしもの庄九郎 コリヤまあおきさ 何意趣が有ぞいやいと 跡云はずしゆ
つと消ゆれば善右衛門 じろ/\上から裾へ見おろし イカサマ見事に出来た物 先ずでつくりと色
黒に 顋(ほ)にちつくりほのめく匂ひの色ざし しろざはいんで唇かへり 天窓(あたま)を見れば
槌生れ とり得は畸人でない斗 おきさは目利とせんぼうで 喰うともしらず尼出の
新造 上げやんせふと付けさしの きせる取る手も鰒汁を 毒味の心地なしにけり ホンニどな

たか私をば よふ呼出して下さんした 御存のない興物語り 以前はホンニ兎も角も暮し
た此身も訳有て 訳といふたらヲゝ笑止 天に有らば比翼の鳥 地に有らば連理の枝 火
の中水の底迄も入らば いつしよとかたらふた 夫を先立て菩提の為 墨に袂は染なせど
染まらぬ顔の色艶に 坊様たちの煩悩で 寺に有る身を夜な/\の念仏講に飽き
参らせ 寺を欠落当季の凌ぎ せふ事なしの憂き勤め なまぜ器量が人並に勝れたのが
不仕合せ 御推もじをとべつたりと居(すは)る畳を橘の跡は薫りや残すらん ヲツト余りふはさはと 仮令
是が冬なりやこそ 夏向きは嘸たまるまい ナント庄九持てぬじやないか 持てぬ段かおりや逝にたい


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イヤコリヤおきさ 何ぞ趣向を立かへぬか 趣向と云たら何なりと いつそにこうはどぶじやいな 奥
座敷の前裁(ぜんざい)へ 床几並べて夏行儀 冬の月はどふ有ふ コリヤ面白い 冬の月とは新しい
團(うちわ)のかはりぐるりには 火鉢を随分たつぺつに ソリヤよいやふにするはいな ヲゝさらばそこらで此
庄九郎 冬の月を題にして 歌を一首諷ひかけふか ヤイ何ぼはを庄九郎 芸子や法
師が弾く歌こそ わぬしの御様に諷ふといへ 三十一文字の其歌は つらねるとか詠じるとか 又は
詠むとかいふ物じやはい ハアこいつはちつとしやむつかしいわい 味噌葱(みそひともじ)なら其中へ 蛎を入れたら
よい吸物 何じや有ふと冬の月 一見せばやと存じ候ヤアハア/\とはやし立 芸子新造一群に打つれ

床几へ急ぎ行 舞の支配の其隙に座敷を暫し三勝は もれてこぼるゝ
乳のはりに お通が嘸と勝手口 若し兄様はと松風の姿を儘のかり衣や 烏帽
子宝に引さるゝ 心は千々に血脈(ちすじ)の緒平左衛門はすつぽりと お通を入れし懐の内の
案内も兼てより 揚げ度ごとに通ひ路は 乳ぶさを恋の 中庭伝ひ かゝ様は
どこへ往た幼(いと)を見捨て色里へ ヲゝ道理じや泣なモウ爰じや 可愛者じやと
偽寄(すかす)声夫レと見るより ヲゝ兄様よい所へ連て来て下さんした 舞の衣裳を
かける中 めつたに乳ははつてくる どふぞ此間によい折じやがと 思ふて爰へ出た所 ドリヤ/\


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飲せてやりましよと 烏帽子の顔も見馴れし子 舞をしよざいの母親が 抱
取る袖も かり衣の姿そぐはぬ親子同士 子に見ぬ郭公(ほとゝぎす)泣く音に乳を
ば含ませり 平左衛門はさし覗き ヲゝしてやるは/\ 宵の間は物紛れ そろ/\無理が出て来る
と昔咄しの祖父と祖母 洗濯に往た川筋へ瓜が一つどんぶりこ どんぶり/\/\/\ 最一つ
こいかゝにやろ 最一つこいお通にやろと 伽にふら/\サア/\/\ござつたと 横にだかへて ねんねこせい/\
寝たら嬶様へ連て往こ起きたら狼(おゝかめ)が取てかむ よふこそ狼ぐらいで聞こぞ ホンニ狼(おゝかみ)
そこ退けの声をはかりのやんちや泣き よく/\おれが持余さにや 座敷の邪魔と連ては

こねど 乳といふ強ものにはイヤもふ何が寄た迚叶はぬ 所でちよつと一口斯して内へ
連て逝に叩き付ると得心して 出もせぬ伯父が此乳を 引ぱつたり延したり せう事
なしに眼をふさぎ 寝る子心のいぢらしさ 爺の親なとせめてまた傍に添寝も
する事か 是も世間を憚つて 此方(こち)へと迚は鷹のおとし 畢竟いふて見やうなら今
ではほんの孤子(みなしご)同然 母はといへば此通り 座敷勤めでたんまりと 一夜さ抱て寝る事
さへ ならぬからとは云ながら 名にし美濃屋の平左衛門が 公界をさする不肖には 揚先々へ
連廻り 小腰をおりを見合せて ちよつと爰迄呼出して下さりませと 合力も受ける


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やうに舌廻し お世の引くのと追従たら/\゛ いふ辛抱も姪めが可愛さ 二つには又そ
なたもそいつが事が片心 立舞ふ空もせまい物 おれへの手前を謹んで 云こそせね
と推量すりや尚心根がいぢらしく 内でしてうの取つ置いつエゝ貧乏はせまい
物 せめて僅のふり廻しがならは斯では有まいに 口おしや無念やと 時々愚痴が發(おこ)れ
共心で心を取直し イヤ/\そふじや 貴人高位の身の上にも色こそかはれ品こそかは
れ 思ひの絶ぬが浮世の習ひ 何事も前生(さきしゃう)の定り事と諦めても受るにした
がひ冷える夜は 嘸寒からふと身を添て 抱て寝顔を見るに付け又 ほつしりと目も合

ず 寝覚めにこぼさぬ涙迚は おりや一夜もないわいと 四角四面な男気も 恩
愛に目は血走つて声かき くもるえいんみの詞 聞に弥(いや)増す憂思ひ 三勝涙止め
兼 浮世の中に親子程つらい悲しい物はない まだ此上に何ぼうか貧しい人も多
からふが 乳ぶさに事を此やうな乳飲盛をいぢらしい 昼は格別肝心の寝つきに
乳の不自由させ 渡世とはいへ此母が心は鬼神子は餓鬼道 我物ながら儘なら
ぬ世にも因果な生れ性 夫レを思へば取訳て世間の親の思ひより百倍勝
る憂不便 可愛者やと抱しめ涙ほころび水干の 袖に伝へば紫の色も


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しらけて露の玉取乱してぞ見へにけり 平左衛門は尚更にしづむ思ひにくれ
ながら イヤもふ身(しん)は泣きよりとちよつと寄ても泣咄し アゝよしない事をいひ出して 芸者
に涙こぼさせた 気をめいらせては座敷の不興 しゆんではいかぬ何の其 又
々そんな物じやない ハテ高か世界は廻り持ち 一文上りの此大坂情(せい)さへ出せば金
儲け其時こそお通を乗物 五枚てハイ/\/\押させてこます コレ楽しんで居や今(こん)の
間じや サア一拍子直つてくると 何も角も改まり 半七殿も天下はれお園
殿を右の脇 そなたを左りの座に直し 月と花との花嫁御 そこで差詰此

兄貴 松竹錺る嶋臺を トウ目八分にしやに構へ 千秋万歳の千箱の
玉とくらはすじや サアにつこりと一つ笑や 顔も一遍述べ紙でぐつと拭(のご)ふて出たがよい 寝
間を勤る女郎じやなし よふ泣ますと看板を打たいでも大事ない 兎角舞
子は扇の手 折目正しが賞翫しや ヤ夫レはそふと今宵のお客は 夕部見受た
お侍か アイ夫々 大和とやらの御家中で ヲゝ夫なれば猶かたくろしい サア/\コリヤ/\お通ちやつとこい 又それ
嬶が遅なると 抱にかゝれば乳放れに むた目を摺り足すりし いやじや/\ わしや
かゝ様とねん寝する 伯父様一人逝んせと 放るゝ気色泣声を 奥へ聞かさし洩さじと 又抱上て


22
乳を含め サアもふ是でたぼしておきや 其様にしつかう飲むと奥から化けが出おろぞや ヲゝこはや
ヤレ逝のぞ ヲゝ又いにしなに坂町の辻 からくりの福助を ドリヤ/\/\/\ちやつと見ませふと いふをしづみ
に乳ふつつり アレ伯父様が福助に冨を突かして見るといの ソレ/\早ふちやつといきや イヤ/\
ならぬ伯父一人 イエ/\坊も行ますと 云つゝ渡せば抱取て アレ始りの寄せ太鼓 ヤレ始りじや/\
一の冨には芋がよひ二には肉桂の匂ひ入 仙人糖で三番に砂糖生姜や 砂糖
煎餅サア/\ござれ始りじや トゝンとんから只口も 泣子を偽寄(すかし)の子傅歌子傅こまつて 立帰る
跡見送りて三勝は 此寒いのも厭はずに毎夜/\揚先の 所かはれど兄様のお

世話はかはらぬ血脈の真身 何ぼう心安い迚思ひ廻せば勿体ない 夫レに付けても半
七様 今宵は爰に約束と知らせの文が届いたら よもや見へぬといふ事は モウ何時
と見上れば空に九曜の清々と 夜半に間近き小夜嵐身にしみ/\゛と恋中の思ひ
も同じ半七は 知らせに慕ひ来なれたる家居も今は人目垣 疵持つ足の中庭
伝ひ 三勝目早く ヲゝ半七様か待て居た/\ 幸い首尾もマアこちへと 伴ふ二人が中
の間の妹背わりなき其風情 エゝ最ちつと早くば兄様が お通を連て来てゝ有た
に 逢せてやつたら久しぶり 悦ぶでござんしよ物 ナニお通か今迄爰に居た 此間は久しう


23
見ねば 一日勝りに嘸大きう成たで有ふ 抱てやらふじや有た物 あいつも親には縁薄
い サテト まあ此間は打つゞき御繁昌の其様子 陰ながら承はりお目出たふ存ます
いかさま世間の譬の通り 男寡にやうじがわく 女孀にや花々敷 大和の花やら
都やら 夕部も大かた井筒にと 軒にしよんぼり怪家な事 夜半(よなか)が鳴れど八つを打てど
なんぼの座敷もあれ程に ねまつた座敷は寝間のお仕内 御念が入ると見へます
はい 今夜も来まいと思ふたれど マアどの様な顔つきで ぬつくり爰にと書ておこした
厚白粉の舞子殿 生き畜生の犬舞子め 狸舞子め狐めと 肩腰分か

す三つ五つ打ては抜け散る狩衣烏帽子 姿も恋の乱れ咲きいとゞ色をや含むらん 三勝
涙の顔を上 ソリヤまあ何の事じやいなァ つい一通りの中ならば そんな疑ひ受けるとも
無理とはさらに思はねど人目に立し二人が中 舞の勤も何故ぞお前の為と思へばこ
そ 所体も端手に色も香も知る人ぞしる恋の訳 夫レを無下なる其お詞 粋程愚
痴に折々は云号のお園様 一度悋気も子迄なす中を恥入り一言も 云ぬ心の辛
抱を思ひやる気もなま中に送りし文の間違で 居もせぬ先の格子に立ち 花
を咲すの待せてのと 無理の有るでう逆悋気 仮にもそんな胴欲なと しやくり


24
上たるくどき泣き思い詰ては初恋のおぼこ心に勝りけり 夫も今は間違ひと
聞くに心は解くれ共 云でう立てる男の癖 ソリヤもふ夕部井筒屋に 居ねば居ぬに
もしたやろが 全体女といふ物は毒性の悪い物で 七人の子はなす共めつたに肌を
赦すなとは 青表紙にも明白たり ムゝそんならお前の疑ひは ハテ晴にくい胸なれ
ど 伯母の逮夜じや晴してやらふ アゝ嬉しやと寄添て 互にひつたり抱合い 袖と
袂をかさね羽の水も漏さぬ風情なり 折から一間に一声足音 三勝はつと聞く耳
立て アレ善右衛門が声がする お前は暫く囲いの内 首尾身繕ひ又後に マア/\ちやつと

に半七は そんなら折を待合そ よひ時分に知らせてたも 又待ぼうけの仇
口舌 あぢやらが誠の悋気をば 必させてたもんなと 笑ふて囲ひへ入にける 斯くとは
いさや白張りの 襖押明け善右衛門 つか/\立出三勝を 見るより俄に目の内居(すは)り
エゝ聞へぬぞよ/\ さりとは難面(つれない)胴欲者 是迄直にはいふに及ばず 千束(ちつか)の文
に百万だら イヤモウ本に筆先の命毛も絶ゆる程 思ひのたけを書てやつても 一度
の返事も唐へ投げ金 蛙の頬へ水くさい心と思へど 美しい其顔が ヲゝはもじ目 先にちら
/\/\/\と ぞふいやおれがやつた状で 髪結ふ度の手ふき紙はお通が代迄気づかひ


25
なし 夫レといふも半七への心中だて けふは幸今爰で 返事聞き切る本腰じや 命取め
と抱付 其手をふいと三かつは ふり切突退け エゝ是はしたり又しても/\ 舞子をとらへ
じやら/\と 御仁体にも似合ぬ座興 少(ち)と嗜みいナアと云捨に はづす袂をしつ
かと捕へ はづそとはヲゝげしん ソリヤ余り曲がない モウ斯くどく其内から コレ聞ぬ気な
彼一物 どこもかしこもしやきばつた コレ帆柱はどうせふへ いつそに爰でと無
理無体抱付く折から 三勝様/\と呼立つる アレ/\舞の始りを 知らせの小鼓太鼓
の調べ アイ/\サイ/\爰をちやつとゝふり切る裳(もすそ)どつこいそふはとかけ寄るを 燭台こだてに漸と

はづして奥へ走り行 跡見送る目善右衛門 いとゞもへ立むしやくしや腹 物をも
云ずずんど立ち 奥を目がけて入んとす こなたにずつと庄九郎 待て善右衛門 コリヤ
屹相かへてどこへ行 ヲゝ庄九郎か 何にもいはぬ コリヤ立た/\/\ ヲゝ尤じや 立た
/\ 道理じや/\ サアそれじやに寄て抱て寝にや 此胸が晴ぬ 庄九郎後に
と又かけ出す サア/\/\尤じや/\ カわれが方から踏込(ふんごん)で 若しもの事が有た時
は恥の上ぬり 爰がちつとの辛抱じや イヤ/\是程迄に思ひ込だ善右衛門 ちつとは
道理といふ気もなく 余り気づよひ三勝め 立た/\/\/\ 尤じや 立た/\ 道理じや/\/\


26(裏面)


27
何もかも庄九郎が呑込で居る マア気をしづめて奥へおじやいの じやといふ
て是がマア サイノウ立つも立たぬも時のはり合 何もいはずとマアおじやと 無理
に押さへる奥の間は笛のひしぎに太鼓の音色撥音高き善右衛門 無念の
修羅事楽屋口汗に浸して入にける しつらふ舞台の大座敷囃子方
にも媚(なまめ)ける 芸子が三味に引きかゆる鼓太鼓のしらべさへ 早ひしぎ出す笛
竹の音色も優し 端手姿いと嬋娟(たをやか)に舞衣の 衣紋粧(よそふ)や雛靍の
千代は経ぬ共我夫(つま)に かはらぬ契り色かへぬ 松も常盤と 末かけて諷ふが

無理か嘘ではないに 憎い鳥鐘明けの太鼓のドンとひゞきに惜む別れ
のきぬ/\゛又の暮をば待てば甘露の日傘(からかさ)差合いなしの睦言も忘るゝ隙
も有なんと 云にいはれぬ誓ひの中よ いやましの思ひ草 何々思ひ草とは
浮世を恨みたる跡にて候 イデ結ぼれしお心を 少しは晴させ申さん迚 てうど参
た太郎冠者 披(ひら)く扇の絵にも実 チゝくはいとやふける鶉こそ 思ひ深
草山がつが 柴を一荷にしやんと担ふてハゝゝゝ一木の松の下やどり/\ 松風の
音颯々の声にけうじてどう /\/\と 烈しき夜すがら大七の 座敷賑ふ斗也


28
よいよ/\と一座のかけ声 暫しは興に十内も余念忘れて見へにけり 座形(なり)つく
らふ仲居のおきさ サア/\勝様是へお出へ 御苦労でござりました イヤモウ舞はいつ
でも見もの 弥六様もお草臥 又ワキは外にいらひ人なし 一つ打入勝様へと 盃廻せば
取上て ヲツト来た/\ サア勝様慮外ながら 番頭の差図に任せ夫レへ上ます 夫から
旦那へ 是おきぼう何ぞ肴を 扨ッてもお見事 ちよつとお間(あい)と受持つ座敷 十内は機
嫌能く いかさま三勝が一さしは身共が国迄隠れなく そこで此度わざ/\と舞斗の
望みて 遙々登つた此大坂 其上存じ寄ざるは弥六とやらがワキ狂言 殊の外味を

やつた 酒も味やる 褒美にはきつぱり肴をはづまふわい 併し爰では三勝も舞の
気が放れいで 片詰つて呑にくかろ ちつと気をかへ中二階 貝かこつぷで拳相撲 始めかけふ
に索頭(たいこ)の弥六 燭台片手に引かまへ ソリヤ殿様のお座がへじや 片付け片寄せ取肴 お銚
子持てこい合点か つま先上りの檀梯子 ふり込め/\/\ヨイヤサ ?(さゞめ)き打連入にける 跡くら
き夜も丑満前 恋慕の闇に善右衛門 庄九郎を伴ひ出 どふ思案仕直しても
半七に心中立て迚もウンとはぬかすまい いつその事に貴様を頼む 引旁(かたげ)てこちの内へ連て
逝で貰ひたい ムゝ夫は安いが待たんせや とした時には跡の捌きがそこじやて そふさんすれば往定(?わうぢやう)


29
ずくめ 願以しくどく立て金して 籠の鴛鴦いつ共なし 理詰で女房に成らねばならぬ
はんじ物の藝勝じやないが ナント智恵か文殊か/\ イカサマそふ聞きやそんな物か よいか ウン云れい
そこで貴様はアノ切戸の外に居てくれると おれは座敷の間を見合せ 三勝に猿轡切戸
の外へ突出すは ウント呑込み引旁 諸事胸中で受取り渡し 物は互に無言のあしらい ハテ高が壬生
狂言を闇の夜にすると思ふたが能い 合点か受込みかと 點頭囁く悪工み 様子ちらりと半七
は 影見られじと奥へ入 とは知らずして庄九郎 そんなら早ふ更けぬ中 そこにぬかりは此善右 是が誠の
穴賢(かしこ)随分密に/\と奥と表へ別れ行 半七は手ばしかく舞の衣裳を尼出に打させ

打連出てひそ/\声 今云通りそなたの身を ぬいてやらふと件の客 切戸の外に待受てじや 外の人に見
付られては 何やかやの障りに成 そこで舞子と見せる様に 天窓には此丸綿すつぽり是では気
つかひなし とにかく声を聞かさぬ様 只ウン/\と唖行儀 云ぬが秘密と退譲乞 猿轡より丈夫な口留 灯
を吹消して庭伝ひ 切戸をそつと押開き外へ突出し跡ぴつしやり それと點く庄九郎が 探る手さはり舞衣
裳 猿轡には気も付ず 夜風で嘸やと善右が鼻毛 綿帽子とはコリヤ赦せと 肩背にしつかり
持ち重り コリヤ何じや 見かけに寄らぬは六腹(ろくぶく)が 又かまつたかと頬しかめ エライ/\とにじり行 三勝は気もそゞろ
嘸待遠と座敷の隙 手燭かゝげて立出る 庭に夫の立姿 半七様 お前はそこに何してじや


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いな わしやモお前を一遍尋て ヲゝそふで有/\ 善右衛門がそなたを連れ 立退んとの工みを聞き 手もり喰
せて庄九郎を 一ぱいやつたら其跡の ヲゝ成程/\ 爰に居ては何事も 座敷の手前はおきさ殿を頼み 癪が
痛んで休んでいると ヨウ呑込せて置たれば 此間に早ふ ヲゝ夫々 人の見ぬ間にサアおじやと 立出る後ろかげ 目早く
見付る善右衛門 客の目を抜生き盗人 不義者動くな遁さぬと かけ出る間の障子ごし善右衛門が首筋元手
を差出して引戻す コリヤ何やつと捻向く内 片手でさつと宮城十内 ひらく障子に二人はハツト 足もわな/\見て取
かいこへ 何うち/\と索頭の弥六 身が云付けた三勝を送りの邪魔する狼藉者 構はず行と当座の情 ハツト
合す手どつさりと 投た地響きとたんの間 此場を遁れ足も空急ぎて こそは「帰りける