仮想空間

趣味の変体仮名

御入部伽羅女 巻之四

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2554353?tocOpened=1

 

 

3

御入部伽羅女巻之四  目録

喧花ははだか金(かね)百両包

(十三)三ヶの津一番の 一役者も爰は一分たゝぬ往事(いきじ)

               一みがいて見てもさびの落ぬ

               一舞台わきざし大ぜりふ

金のえぼさきふしつきの口上

(十四)新町一番の太夫食事に 一料理した丸亀(つつほん)わい/\

                    一思ふたとは各別の評判

                    一不残名よせ座敷上るり

 

 

4

恋より無常を見たる男

(十五)川端一番の大商人 一願ひは女のちから草に

                 一引こかしたり材木もく

                 一してもすまぬせんぎ

財布に禿が目印の浪人

(十六)傾国一番の御心中 一所とて塚にてうもん

                 一みそじひともじかりぎにんにく

                 一わけぎはしらねと殊勝也千日寺

 

御入部伽羅女巻之四

  (十三)喧誮(けんくは)は裸金(はだかかね)百両包(つゝみ)

衛門の栄華宇治拾遺も。不断めなれては。おかしからず

唯いつにても。わつさりと。門松の心地舌鼓打おもしろき

うはもりといふは。彼宴遊の中にも。日本第一の御

里。新町の九軒(くけん)と申は。九品(ほん)の浄土を爰にかたどり一

代狂酒の御名(みな)。高(たかき)程落目はやく。諸事気を付見る

ほど余所にない。大気(たいき)な事昔阿波の鳴門と云底のし

れぬ大臣。木屋のみはし馳走に熊野浦より鯨の生捕を

取寄し事世に。噂高く。阿波大臣と名は上たれども

穿鑿しては。たはひもない虚人(うつじん)此入目半分なりとも其女(ぢよ)

 

 

5

郎の為にしてこそ。其後北濱の。天五といふ男。此

阿波が噂を聞丸(まる)亀の奥州に小判で歌がるたを。拵

しかも絵は。長谷川等雲(とううん)歌は。さる御公家様

の手筋たのむに。大分の物入。おもひ入花車にしてあと

のすたらぬ。進上なれとも是も又手重し。そのあとへ

山出与次兵衛吾妻がよひの。夕ぐれ蚊のない里もが

なと禿が。さすみ。ふびんにおもはれ。揚屋中へ家形袋(やかたふくろ)

とて紋紗の蚊帳(かちやう)を四方に。取まき。金銀の高しれぬ

事も。其様に。名は発(はつせ)ず。唯かさびくでも椀久か松

山。大年の夜。壱歩壱枡づゝ。まきし。事堆(うづたか)ふ人もしれ

り。かやうにすさまじき事。目なれ聞ふれし里。大かた

 

にては。おもしろからずと。宇八が思案宗善に吹こみけ

れば。しかるべく。御たのみ畏て此度の御荷物箪笥長

持三十二荷(か)。何も覆は。緋縮綿に大黒の墨絵一棹四

人持の六尺百廿八人ともに。段々筋の。日野嶋紅鹿子

の股引脚絆一荷に壱人づゝの催料。尤裏付の上下たゞし

く。此跡より千両入の金子。箱数。五十ともに金の蒔

絵壱箱両人づゝに。さし荷(にな)はせ。右同前に催料。つき/\の荷

物あまた。すこし引さがつて。末社長持十七棹蒔絵

に神鳴(かみなり)を画(かき)。是を下すに八軒屋より新町まで爪もたゝ

ぬ見物流石此津の名代分限。天満の金屋蔵。北濱

の三谷石うつぼの神喜(かんき)鼬堀の北国丸(ほっこくまる)など舌をまき

 

 

6

目を驚かせばまして四国西国の大尽きのふまでは。

大きな顔も。此荷物着(つく)といなや新町橋に棣札(せきふだ)高く揚

屋中に宿札打て。外の客は。覗(のぞく)手も絶(たえ)表には盛砂(せいしや)

をたゝへ。九軒ともに、俄普請御来入(らいにう)来(きたる)六日と此里

にかくれ。なければ。曲輪中揚屋に来り千秋万

歳おとるやら。笑ふやら。蜻蛉がへりを。きゝつたへに

太夫天神鹿恋(かこひ)も。不残太鼓中間出入の座頭端女郎も。

身祝ひとて。葭原の五分取まて六つゆびにて。かいどり

こづま俄かに曲輪は祭のごとく賑ふ中にも吉田や

の喜左思案ばしの邊りまで御むかひ船の事皆/\尤

にして。とてもの事。当地繁栄の大臣なれば。船

 

檀尻の粧ひをなし揚屋はあけや。轡はくつは。太夫

中間は。女郎同士。三組にわかちて枚方まで其

組/\のおもひつき。夫御慰第一なりと。すくに

御むかひ船御馳走の番付第一番揚屋中より。大

御座三艘結(もや)ひて是に芝居の舞台をしかけ。嵐三十郎

が得手狂言。なまぜ川尼ころし。舞台にて水船

飛入處を。すぐに淀川に飛入三十郎さま/\゛の所作有。二

番は轡中より是も船二艘ならべ竹本儀太夫座をのこ   ←

らずやとひ。上るりは御望次第に。それ/\の人形大

ぶんの衣装積かさねての御馳走第三番は太夫中間

より一人前に禿五人づゝ出し合て百六十三人美々敷

 

 

7

大名出立殿様はお葛籠馬口取四五人つれ歌に

て小むろふし。轅(ながへ)てつほう臺笠竪傘。家老

馬乗あとぞなへ皆それ/\にかぶろを仕立。いろ

里御入部風流大名これ第一の御見物なり既に

其日になりしかば。我一と美をつくし、網嶋

より舟を仕立。枚方おもてへむかひに出(いで)ぬ。かゝ

る所へ勝久は大勢の末社を供せられ。わざと

歩行(かち)にて御くだりの折ふし。かのむかひ舟

橋本にて待請ければ。大尽御悦喜あさからず。や

がて。大名太夫舟にうつらせ給ひ。其めん/\こなたへと。

揚屋をなじめ次第/\に御祝儀の。目見へ金(きん)百

 

両包は数しれず。三組の人/\都合二百九十七人一人づゝ

の目見へなれば。時うつり。日はかたぶけ共諸芸の事

はほかになし。船(せん)つは小判の鳴音(なりをと)八軒屋へ舟は

着(つけ)共。目見への人いまだ済ねば。どやくやと。やく

たいもなふ。我一と目見へをせりあひ。後には一人して

二度三度づゝ目見へをしたがり喧嘩を仕出し。つか

むやらたゝくやら。五人七人づゝ。くんづ。ころんづ川の中

へふみおとせば女形も丸はだかで昼中に。にげ行

ありさま。十七人の末社もあきれ。これは旦那もなた

らじと。まづ乗物に。だきのせまいらせ。供人はあと

や先九軒をさしてどやくや/\

 

 

8(挿絵)

さき肴いろ/\

きちん宿仕候

野田屋

八間屋

 

 

9

  (十四)太夫も萌(きざす)鼈(すつほん)料理

扨も曲輪の。馳走舟。欲の熊鷹またゝきの間に一万両

にあまる小判を三組の船へ分(わけ)ちらし。めつた無性に。とり

勝(かち)の有様。旦那のまへともはゞからす無礼きつくはい

なりと御小姓松嶋永井。利屈の一言御尤と揚屋の男女

落着から堅い穿鑿。宇八さらりと。是をもらひまづ

花園の間に罷出大尽を守護しまいらせ。けふの様子

を。窺ひければ一入の御遊興とて。御機嫌こといはな

はだ敷。面の笑を。ふくみ給へば曲輪の衆中力を得。

さま/\御馳走料理の上にて揚屋の亭主。宇八を

まねき。太夫様がた残りなく宵より。相つめ居給ふよし

 

にて御目見への事相談の處へ。小姓来り宇八どのお召

といふにぞ。畏り座敷にいづれは御大将。のたまふ

やう今宵は曲輪の。諸役人。下とまでも。船遊興の

もてなし。かれ是との心づかひ。さぞ妨嫌(いぶせく)やおもふらめ対面の

人あらば明日の事に致。まづ今宵は休息すべし

殊に。源七金六両人。けふのもてなし三組の人々我前にて

無礼有しと。募(いかる)心おもてに見えたり。それは。色香を

わかつ屋形にては改たむべし。かやうなりはその無

礼意外こそ。遊興のたねぞと。有がたすぎる御

一言。次に宇八を。近くめされ何かはしらずさゝや

き給へばかしこまり。勝手に出。揚屋の。亭主に

 

 

10

申やう。此度大臣御入来の印として。太夫天神は申

にをよはず端/\までも残りなく当月中は

揚をかるべし且又今日より三十日は。其女郎

の心まかせに曲輪を出し遊興さすべし。もし

すぐにかけ落(おち)人。戻らぬ女郎ありとても。轡へ

の失(しつ)にはさせじその女郎の高下にまかせ値に

てつくなふべし殊に此度はじめての御祝儀として

曲輪の衆中へ露打給ふ。書付のおもむき。太夫一人前

に金百両づゝ。引船に三十両天神に五十両づゝ同鹿(か)

恋(こひ)に三十両小天神に拾五両当二匁ニョロうより分(わけ)まて

におしなめて拾両づゝ。やりてかぶろは高下なしに

 

五両づゝ轡の内儀へ百両揚屋も同事に茶屋の内

儀へ五拾両外に又金子千両。揚屋くつは茶屋に

かぎらず。下女下男にいたるまでおなじ程づゝ

わり付の御祝儀右の外三十日の揚代明二日より

十五日まで。残らず私申条。金子の義は女郎

の分自身請取に参らるべし。序ながら大臣御慰

のため一人/\その器量。道中なども御賃あるべし

との。御意宇八慥に申きかせば。皆/\。つふりを畳

へ摺込悦の声天に響き地は又。小判でせばきほど。

ひかり。かゝやく太夫達我一と姿を粧ひ揚屋

座敷に詰かけらるれば。花園間には。御大将。さも大

 

 

11

やうに腰かけ給へば右には御近習 中(ちう)小姓 後家

人あまたひかへたり めてには末社十七八人中にも

揚屋伊兵衛は長上下に立烏帽子金銀の麾(ざい)おつ

とつて宇八がとへば一/\に。名乗(のる)や名寄太夫

先一番に出しほの目。つつそりすはり柳腰。風流(はで)に

見えたる御君は。何方のよねさまぞや。さん候此お

子は色もにほひもかくれなき。花の兄てふ梅咲や

天職なりしお身なれど十八(とうはつ)公とあふがれて化(あだ)も

情も押照哉(おしてるや)。難波さまとぞ申也二番に色艶打すぐ

れ。いともけたかき。君いかに。されば候是も又。今咲出る

花山様随分御酒も。なれようて人の恋死ぬ。姯(よね)まん

 

ぢう。三ばんに早川の。瀬にや。よどみて深澪標(ふかみをぎ)。ゆるき立

ほとうつくしきは。木屋の御子に。みはし候。次は鄙ふる

国の名を越前さまとよびぬれど都そだちや花車

風俗。五番にずんど打勝れ。ほんのお公家の御息女と

拙者が眼には拝まるゝ。御影初開(あらた)なお子いかに。さん候

末広/\栄えあふぎ屋若紫様。次にぼつとりふたか

はめ。見る客ごとに魂を。わすれ気虚(きうつ)に人参を

もり取かへす。つしま様。こなたは客に三千年(みちとせ)さま

扨八番に春もすき。夏も半(なかば)

の御はだへ衣ほすと

や香久山さま。麓よりかも峯続き繁盛は今ぞ柏

木さま。さて十ばんに扇屋の妻いとふこがしたる。ふりも

 

 

12

情もみだれ髪。ゆふにやさしくおもほえて。誰も心を

足曳の深山様とぞ名乗ける。十一ばんは三国さま名は

ひとけれどそれに似ぬ。せばい處が有馬山。いなには

あらぬ露崎様。したるいめ付かもんさま。是か槌屋の大黒

なり。扨車屋の奥州様。まはる扇風の要には。やしま様

御一人。次は吉野屋小倉様花の盛ぞ茨木屋。若倉様の

御威勢を遠(とをい)国まであづま様なまり声なる江戸大臣

見とれてなつむ主殿(とのも)様。そこが金子そ金五様。扨二十

一ばんに丸屋の奥州黒(ぐろ)様とて。乗心よい名馬の聞え

あつはれお上手比類なし。扨これよりは茨木屋妙了内に

名も高く。聞へ給へどしづか様諸芸の分は残らずも

 

太夫様小太夫様半(なかば)で拍子半太夫様。三五さん薄雲

様長いがおすき長門様。おつと金とつりがへの金太夫

の御全盛。扨野風さま霧山様。ずんとすぐれし名

木や。かほるさまこそ今美人。いやそれよりも今ぞ実

さかりと見ゆる花崎さま。あつはれ西国四国まで。名

取のお子や屋しま様。扨跡備(あとそなへ)はは御両人是ぞ此津の醫者

もどき。いかなる労咳病(やみ)ほうけも。見はらし命を延る

とて。大野様とは申也。扨呼子鳥都鳥是らはなべて伝授と

て。其次なるを名乗らねば宇八城六せきたつて。此

お子。きかねば夜が明ず。さつても御器量。美しと

ほめそやされて伊兵衛は。おゝさも候。此君は。日本一の

 

 

13

美人とて吾妻路様と申お子。乍慮外(りよがいながら)と大自慢。扨其

次は一天の君の皇居とあふぐなる。忝も山城様水の

清きにいとゞ猶雪をあざふく。白妙さま。扨三十九

番には人の心もうらゝかに。蝶鳥までもたはふれの

花里さまと申なり。扨其次に御一人はるか北座にうづ

高くおもはせぶりの御女郎心にくしと尋けりされば

とや此君は。お客にあふては。はりつよく。口舌(くぜつ)さま/\積り

ては。つよい往路(いきぢ)を立山の雪のはだへを名によそへ越中

様とぞ申ける。大臣はるかに聞こしめし。扨名乗た

りおもしろし。いそぎ是より女郎の分。宇八に申付し

ごとく。望まかせ遊興させよと。猶奥ふかく入給へば太夫

 

より端ばしまで。俄に籠の鳥の雲いにかけり。網(あじろ)の魚の

大海に。はなれて。水をくゞるに。ことならずめん/\の。

心/\゛に。毎日生玉(いくたま)天王寺芝居へ行(ゆく)女郎もあれば。

こんな時笠をぬげと。新地堀江の料理茶やにて

鰻のかばやき。丸亀(すつほん)まいる太夫も有。伊勢参宮愛

宕参り。五人七人手を。取くんで。町中を見物すが

た。前代未聞の。なぐさ見なりき

  (十五)安い恋より高い命毛(いのちげ)

世界に金銀程かたよりのするものはなしある

處にはいやがうへにない處の貧家を見るに。燈

真(しん)買(かう)力なふても闇(くらがり)細工の子種(こども)おほく。いやがる家に

 

 

14(挿絵)

 

 

15

は年子をならべ。上(うへ)つかたは。御家大事と妾女(せうぢよ)あまたあ

てがいたまへど。是にさへお子とまらず。此もんち

より今の世に沢山な。遊女津々浦々にかぞへがたし

わきて。難波(なには)の大湊茶屋一軒に。女三人ならしにして

茶屋数二千八百十七軒。女人合(あはせ)て。八千四百五拾壱人

昼夜五人ならしの客代。毎日百三拾貫目の内外(うちそと)

揚代のけて。此金高(かねだか)。年中に。四万六千八百貫目余也。

つもりもなき大きな事。大坂見ぬ人は虚言(うそ)とも

おもふべし。畳屋丁太左衛門橋。六軒町。道頓堀川

裏町同土檀(とだん)町。南堀江北堀江。竪横筋かい。新地曽根

崎蜆川。中町よこ町。安治川。新河両むかひの外。芦分(あしわけ)

 

橋(ばし)の邊(ほとり)まで吟味せしに。いかなる茶屋にも。ふたり三人

五人ならし客をつとめぬ女もなし。此度勝久新町御遊

興の内に。しのびて。茶屋御見物しかるべかしと宇八が

すゝめに。まかせの。兵吉城六四郎。わづか四五人。供(ぐ)せ

られ。日の入より。嶋の内外分(そとわけ)といふ僕(やっこ)に手がるき

行厨(べんとう)六尺に。さきを。はらはせ横堀をさがり給へは。両

脇に明間(あきま)もなふ。紺の布子に。大ふり袖の口五寸まはりの

紋と顔と。しろ/\゛と。くらがりより出行来(ゆきゝ)の男を。と

らまへ。はなさず。大臣是は見はじめなれば。いかなる

中ぞと尋たまふ。宇八うけたまはり。さん候都にても夜(や)

發(ほつ)とて東河原に徘徊致(いたし)。お足にまかすといふ義を

 

 

16

とり当所にては。足嫁(そうか)と名付(なづく)。すべて濱/\横町。

小路(せうじ)に。幾千万ともかぎりなく出合(いであひ)。此材木のこかげ

枕に。何程なりとも数をかぎらず。暁の鐘を相図

に。めん/\が宿に帰り。咲山椒の煮出し皮にて。其

身を。あたゝめ候。伝授まで申上れば。いとあはれ

におほしめされ。猶此筋をさがりたまふに。爰にて

も件の売女(ばいぢよ)船頭らしき男をとらまへ。是非に

ちよつとゝ。材木を力草。引づり入れんと。ひつつか

めば男は同心せぬふりにて。もぎはなすを。はなさ

ぢと。猶ちからこぶいたす。ひやうしに彼材木引(ひき)たほ

れしかば。あはれや。そばに。いねふりせし牛蔵(ぎうざう)とて。此

 

女の親かたはつふりみぢんと。打くだけしかば数千の

足嫁牛男(そうかぎうなん)かけつけ。とやかく。介抱なすを見ずてに。

是より道をかへ程なふ太左衛門橋片端より見物数万人

のぞめき。綿屋宇津(うづ)屋雛屋などゝて。此處の名代茶屋

大臣まじり詠めありく中程にて。ちよつとおはひ入。あ

そばせしとて。無理に客には致さぬよし/\是も御なぐ

さみと是非なふ大臣を守護しまいらせ。奥座敷

いふもつらし。あふぎや伊兵衛座敷さへ此度あらため。普

請せし御大臣宇八をめされ。又材木の。気遣せよ

と。横堀同前に。おぼしめす。おかしさ。女六七人。座敷に並

び。しばらく顔見せして。勝手に飛入跡には。御方(みかた)斗(ばかり)の

 

 

17

處へ。下女罷出。今の女郎様方の内。お気に入しを仰

せられませ。まづ爰に居給ひし背のひくい目の大

きなが。小船(こせん)さま。次にいたまふ。鼻のひくい。ほうの

赤いがおやす様とて。すつきりあの方から面(おもて)疵

もつて出る口上きくに。不及。有たけよんで酒事

いたそと九人ともに座敷にならべ。こちとらは。備

前の牛窓(うしまど)。あかり見ぬ田舎者ゆへ珎敷(めづらしき)はやり酒も国

の手作り。まいれと。僕(やつこ)にもたせし行厨(へんとう)取寄(よせ)提(さげ)重(ぢう)

/\のものずき。女どもびつtくりして。ついにたべつけぬ。さゝ

の味(あぢは)ひ。口あたりの能(よい)にまかせ。此茶衆達。おかしい事の

 

数/\是を肴に大臣も。一つあがれば末社ども悦(よろこぶ)下よ

り。弥四郎が一ふし。都の一中。古今新左にさへ伝

授する此男が声隣なる貝塚屋に。ひゞけば。鈴木

辰三荻野八重桐是をきゝつけ不思議や京の弥

四郎様ぞと。いつさんにこなたへ来り。是珎しう様そう

はないはづの事。今こど余所に声のみはきけ。むかしは鹿

も様子ある中。残りの末社も心やすく。まづは当地へ

下りし段々。ついでながら。勝久どのへも御目見への儀式

たゞしう宇八弥四郎申上れば。幸の近付得たり近日芝

居も御一覧の御約束座に百両包両人へ。一つまいれと。

我君の御肴。玉の盃めぐりすめば。茶屋へもくはり

 

 

18

宇八が捌(さばき)。すぐに。今宵は。南嶋に。御一宿あそばし

ましてもげしうなき竹田が座敷。からくり等(とう)も御なぐ

さみとて。達而(たつて)八重桐御馳走申せば。勝久公機嫌

よく如何様とも。末社まかせに。是より。出雲の大社(おほやしろ)

へ大臣御行て。はや堀中にかくれなく。聞伝へに役者

のこらず。座本(ざもと)よりの進物嶋臺馳走の山を一夜に

ぞこしらへぬ

  (十六)財布に禿(かぶろ)が目印の男振(おとこぶり)

所とて男女の。なりふり男は役者女は。茶屋風自然と

帯のむすびめまで。実(げに)/\。色の手習ひ場。いろは。茶屋

とて。仕出し弁当。風味も各別肴は京よりあたらしい

 

仕組とて。嵐半四郎片岡篠塚早朝より。御目見へ宇八

弥四郎取次申せば。急度した。御露(つゆ)。内場な事。嫌らはせ

給へば。百両づゝ露に。ぬれる。役者の分九十八人三日が間

芝居をやめて。わつさりと座敷狂言四芝居ながら。

一座になつて。得たる程の所作をつくせば。御機嫌

殊に当暮よりの。金本四芝居。ともに請合給ひて

其外狂言かはりめ何かに。不勝手の事。あらば

と。宇八まで仰わたされ四日目は寺社御見物。まづ

千日も此里にと。千日寺を。縁喜にとつて。太夫

の。分(ぶん)不残御供。爰ぞ無常の卒塔婆の数あまた

の中に風流めかしく。牡丹の丸。違琴柱(ちがへことじ)或は梅開(むめばち)

 

 

19

恋といふ字を丸に彩色。二つ紋の。石塔多し大尽是を。

とはせ給へば宇八かしこまり。是は当地の心中塚とて。

まづは茶屋ものはし女郎金銀の刹那に行つき

あるにあられぬ浮身故両人ともに。さしちがへし事。三勝(さんかつ)以

来。数千の命(めい)。さきであふやら。あはぬやらと一中ぶしを。

すぐに。かたれば。実にさることは。都にて。小姓共が

咄聞しぞ。根は悪(にく)からぬ情の露。消行(きえゆく)人より。あとに

残りし。父母の。あはれを。もよをし。御泪を。うかへ給ふ。片邊(かたへ)

には。竹立(たて)て幼少(ちいさき)石塔地蔵のお姿。猶あはれに。此下

には疱瘡。はしかのなげきあまた。さいの河原も。せば

き程。去年の疱瘡(やまふ)勤め女の十六七にて。此二つにとり

 

(挿絵)

 

 

20

まかれ。山も。見えず。かりそめながら。見えわたり

し塚二百十七。爰のみ。ならず。梅田よし原。姥瀬(おばせ)抔(など)

に葬りし茶屋もの。塚には残る露のたましい。三年

すぎてもわすれやらず。そばに有し湊屋小吟(こぎん)と

有(ある)石塔へ。最前より。入かはり立かはりし男。十二人まで皆

/\しうたんの。色ふかく。いひかはせしこと反故(ほうく)ニなつて

と涙とともに水をたむく。扨は此女の全盛死だあとま

で各別ながら。百人あへば百人ながらへ嬉しがら

す商口(あきなひぐち)。しれてあつても愚(おろか)なる男の気を。宇八

笑へば。佐野川花妻(はなつま)のばに居合(いあはせ)それは虚(うそ)でも。外の男。

其座になけれは。尤におぼすも。断り私どもが虚と

 

申は。まんざら。見えすく年(とし)四十になつても。大振袖に

物ごしうつし。十七八とおもはせぶり。座敷にてのはづかし

さも先様に。かてんながら。床に入てうしろむく時。おもへば

毎日朝時(あさじ)へ。参り仏にむかひかうする時分に。身すぎ。

なればと。大笑ひして。すぐに長町に出(いで)。天王寺へと。

さがり給へば。西がはの宿屋。にて十三四になる。少女の声

して慥にそなたじや証拠は紋にしるしあり先(まづ)此人

をとらまへてくださんせと。なげきさけぶ声につれ。

家内のひと/\あたりを取巻(まき)。巡礼棒を。手ん手に

ひかへ。あの子が申口ぶりにては。先爰がいなされま

せず。是非御身にくもりまくば。帯とひて。すゝぎ

 

 

21

給へと立かさなつて。口ぐちの時此男懐中より日野嶋の

財布を取だし。近頃面ぼく。次第は段々拙者とても。

こうした事。まつたく欲に致すにあらず様子有て

久敷。浪人老母一人妹一人七十九に成(なる)譜代の家来三人

ながら当地に預じぇて生国芸州へ是非に。ゆかねは武

士がたゝず。此本望を達して後。急度返弁致覚悟そ

れゆへきのふ見えがくれ。わざと跡よりしたひ行。あの

子が家名は車屋所は新町三丁目の南がはまで

見届けたれども。今になつては武門の悪名其書付

も中に有。金子の義は。きのふの。まゝなり。武運つきし

あとを頼と。おしはだぬぎ脇腹へ。つきこむ處を此人々

 

ほしとゞめ御尤いち/\次第。武士の落めある習ひ

相違なくいだし給へば。あとはまた。お侍さま/\゛す

がつてこれをとゞめぬ。大尽まつしやもきくにあはれ

金づくにての命なれば。爰は。見のがす。とおこにあ

らずと、御めんこうて内にいれば。かぶろ財布

請取てより。五拾両の包を見れば。此頃曲輪て露

に打給ふ。金子くるまやの小和泉(こいづみ)といふ状まで。ひら

いて金子の数何べっbか読合せをし後(うしろより)文をよめば。大

かたならぬ女郎の心中

 すぎし頃より打たえまいらせわさと文して申

 も上ずことさら二通の返事ひかへましたは。おた

 

 

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めをそんじきこえぬ我身とおぼし給はゞ御か

よひ路も。おのづからうすきは。当分すえなが

く何とぞ二度御世に出し此里ながらもなが

めまはらせなば我身一生の本望此度不思議

と京より見事な大じん様御くだりくるわ中への

色情に。わが身もあづかり候金子五拾両。すくに

をくりまいらせそうろう此かねにて内/\の御本望さう

おうに。こしらへ給ひいそぎ。江戸へ御くだり御

奉公御かせぎあそばしめでたきやうす追付

むさしより御きかしねがひまいらせそうろう我身かやうに

いぶせきすまひも人こそしらねみなそもし様

 

ゆへの御事きしかたゆくすえおほしめされはやく東(あづま)へ御下り

可給候但し此金少も色あつて請得し小判にても無御座

もとより筋道くもりまき出生にて候まゝ慥に思召かな

らずうたがひ届にども御出御無用の御事くはしき

義は。此つま弥(や)に御きゝ下され候へ かしく

                         くるまや こいつみ ゟ

 長尾氏様へ

まで御覧あつて。大臣も手を打給ひ最前の御浪人へむ

かはせ給ひ。御老母御はごくみの為当分の悪心ながらもと。孝行

より出し處。御本望達し給へと。五拾両すぐに進上。宿屋へも露を

同前禿のつまやは。西へをくらせ猶大臣は。先へ生玉天王寺へぞ

参り給ひぬ