仮想空間

趣味の変体仮名

好色入子枕 巻の三 (三)田楽も胸の火

 

読んだ本

http://mahoroba.lib.nara-wu.ac.jp/y05/html/1049/index.html

 

 

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 (三)田楽も胸の火
女郎をはたかにしてくり付小刀のえいやうぢ。たうふ買にやる
事近年きかず此道のせいひつこれもつとめぶりのよきゆへぞかし
年のうちの悪性よねのたのしみ名のたつは其身のふきてん惣?(さうして)
つとめのうちの荷ひおとこ。かはゆきとたいせつと二人有まづ一かたは
新ぞうの時よりなしみをかさね。まはる紋日をもたれかゝり又節季
のはらひをきかせ折節のはやり小袖をきらせ芝居のかはりあるひ
は野田の藤曽根崎のほたる見三軒屋の櫨(はぜ)つり明神の雪のあけぼの
そのほか観音めぐり親のかほを見にゆくまでこと/\/\たのみ

親かたほうばいお入のもの小間物屋にまで。おほきなるかほ
するもこれみなこの客のひかりたいせつにあるましきや。
又すえの事をかはしたる男たかいに親の心入ことをおかし
どちらからほれるといふこともなく自然と面白成て。
毎日あふおとこより五日もあはぬ顔をmほしの本と
わすれず物貰ふことはさておき。ない者もやりたい
心あつやさむやに付て其辺の人とほれば手な物を
すてゝはしりゆき言伝(ことづて)するほどきをはこび。かりそめ
にも外心聞てはほんの悋気真実の涙わりなき思ひ
男も親のいさめ世間のそしりもきかずあるほどはつかひ


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あげ。かねのほしい時節も千貫目もつてくる楊貴妃のいもと
なりともそちよりほかには一生もたぬけいやく年(ねん)の明く
をゆびをり暦もさくほどに思はれたも勤めの身とは
思はず親かたにあづけてをいたとおもふと。どふもいはれぬ
いきかた これもかはゆいはづ也夢に見てもえんがきれず
伽羅をもらふても猶きれずきらるゝは金銀の道ぞかし
小吉は平兵衛と立名薬に尋ねても客といふ字は芥
子程もなく釈迦を親かたにもつても腹の立はことはりいろ/\
すかしてもやめず。おどしてもきかずにくさもこりよとある夜
親かた夫婦夜食を申付小吉に田楽をあぶらせ四尺四方の

大火鉢に山のごとく火をおこし一ちやうのたうふ三十八に
切これを小吉にあふがせ平兵衛どのゆへじやものと更
々いたまぬ風情炭は火焔となり時しも六月中旬土用も
最中只居てもあつき折から火あぶりも同前汗は滝のごとく
花のすかたも伊勢海老かともおもはれおやかたの目はぢき。
いひあはせの侘言平兵衛様のことはふつ/\やめさせ申すべし
とひたすらほうばいめ郎の其夜はもらふてあけの日より
小吉さん/\やまひの床にふして。さらにやすからず兎角
心まかせと医者のいふにしたがひ姉のかたへ養生に
つかはしける盆もいつ踊るやら名月に雨がふるも菊の盛りも


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御新体(おめこ)も十夜もぶら/\やまひ霜ふり月のはじめ顔見せ
見物とかこつけ夜のうちより平兵衛と申合せ俤も死出の
手習いろは茶屋に仮枕かきまくるほどのはなしも。なみ
だながら小吉は身揚りの銀づまり病中の人参代心よふ
いふ姉も他人こといふものがそへば心のをかれ兎角しなねばならぬ
此身かねつまりも一つこな様をせかれ何をたのしみにせつ/\帯とく
奉公平兵衛も世をたてぬ心ざしきたる廿八日は父親の七年母の
月忌寺元の不首尾難儀を苦にしてさきだちし母の命日不孝
のめうがせめて心はかりのとひとふらひ其後死ぬる覚悟とても
そなたも其道にいらば二人つれたつこそねがへと死がみに

ひかれうなづきあふてうき世のいとまごひをいつ/\ときはめ小吉
もよし屋へ一たびもどり姉がしはしのあづかり証文も。もどさせ平兵衛
も仏事を仕廻い心にかゝる事もなふ命すてれは世間もひろく小吉
は親かたほうばいへ年月のあさからぬ心さしをわすれず煤払の
ついでに妹女郎へそれ/\の形見送り小吉かこころもなをつたと親
かたのよろこび神ならぬにそあはれなれうきをかさね/\卯の
年正月二日姉のかたへの礼といつはりのべ五束(そく)めいと年玉
平兵衛も死衣裳きれいに小吉も浅黄ぢりめんそろへの花菱
も今は身のひし南堀江の春風ふくだや倉敷屋の二階座敷世
にのこる人の酒機嫌半ば様じやが今き八丈としたふも絹やの


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挿絵

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心中われもおなじ恋の染ぎぬ。あけほのにならぬさきにと
平野屋を出てゆく水の命もつなかれぬすて小舟幸いの死に所
今きやる身に他人のあとの難義をおもふは神妙なるわれ/\か
ための弘誓(ぐぜい)の舟 女房共おじやと三年此かたあひなれて女房共
といひはじめのいひおさめ舟をうつたる門松親となぞらへ書
置むすびそへあみだが池の晨朝(ぢんでう)かぎりに女は最後きように
かへす刀も余寒の氷にとぢてなき身から死にかぬる身のあはれ
に人の祈りは千年をいはへど此男は一時もはようしね/\と心
ある見物袖をしぼりついにおなし日の水の泡涙のしらみ哀れ
を三千心に積みて遠国近国まてふたりがうき名をながしける