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イ14-00002-093
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同十三日の段 徳を世々に 伝へて 美嘆せり
神力勇者に勝ずといへ共 天遂に是を罰す されば武智十兵衛光秀 筒井順慶裏
切によつて山崎の一戦敗れ 漸遁れ小栗栖の藪陰近くさしかゝれば追々欠くる真柴方 ソリヤ
落人よ遁すなと おめき叫んで切つくれば シヤちよこ才なうづ虫共 冥途の導きしてくれんと 振かさしたる
刀の稲妻 瞬く内に先手の軍兵 十二三騎切て落せし勇猛力 叶はぬ赦せと一同に 嵐
にさそふ端武者共 むら/\ばつと逃失せたり 相人なければ光秀は太刀のいきりをさまさんと 藪の小かけに
手綱をひかへ 傾く運の口惜涙 鎧の袖にはら/\/\ 降かゝりたる夕立の空も哀や添ぬらん 折
ふし藪のこなたより たゆみ佇む光秀が鎧の隙間を見極めて ぐつと突込む猪突鑓 驚き
ながら切払ふ間もなく突出す竹鑓の 穂先は風のしの薄 なぎ立突立切払ひ暫し時
をぞうつしける 梢にすだく蝉の経 手向となりし武智光秀 小手定まらぬ竹鑓を
身の毛のごとく刺し通され 流るゝ血汐に憂草を花と染なす紅ひの 田畑あぜ道刀を
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杖 よろぼひよろぼふ無慙の有様 ほつと一息撞き出す鐘寂滅為楽責太鼓 修羅の迎ひ
の百姓共 集まり寄たる一むら雀又 突かるゝ上段下段 一世の瀬戸と受流し 爰をせんどゝ
切ふせぐ 手練の鉾先百姓共 叶はぬ赦せと我先に跡をも見ずして逃散たり 遁さし物
とかけ出し 心は矢猛とはやれ共身体労れどつかと座し 拳貫く無念の歯がみ弱る心
を取直し 一元に帰す此世の暇 刀逆手に我腹へがはと突立 引廻す 程なく来たる
真柴久吉 万里に羽うつ大鵬の 威勢は旭の登るが如く ゆう/\然と歩み寄 いかに
光秀主を討たる天罰の報ひを思ひ知るかと 太刀抜放し光秀が首をはつしと討落し
諸軍に向ひ声高く ヤア/\者共此虚に乗って敵の残党左馬助光俊斉藤内蔵
助が備へを暫時に攻め崩し 名に近江路の湖へ一騎も残らず追沈めん 旁来れと先に立
勇み進んで凱歌の声 箙をたゝき凱陣の 其悦びを今爰に うつすも勧善懲悪
の端ともなれとまさな云書納めたる君が代の 万々歳の寿きは中々申も おろかなれ
寛政十一年 未七月十二日
作者 当豊竹 東竹田 両座兼帯 近松やなぎ 近松湖水軒 近松千葉軒
おしまい