仮想空間

趣味の変体仮名

跡着衣装 後編(十辺舎一九)


読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/8929277


30(左頁)
五三桐山 後編 跡着衣装叙
?(さき)に五三桐山と題したるは 山旭亭真婆行
なる人の著述也 能其人情の限りを尽し 桐山の
頑痴五喬の好意 瀬喜川か迷惑(いかん)の意(こゝろ)逼(せまつ)て
奇をなす産子(うぶこ)の始末 挙(みな)供に絶妙也 書肆又予に
後編を索(もと)む ?兼る耆欲に任せ 辞せずして
遂に五巻の牌史を編むといへ共 事は諸篇に尽して
只その糟粕を拾鳩せしかは 此全冊実に竜頭
蛇尾の書といつつべきものなり
 享和子初春 十返舎一九誌 


31
くはしくは初偏に出たるかのぐん次
といふはきり山かたのけらいぶんにて
じつはあるじきり山がたねがはりの
弟也しさひありてわかとうとなし
つかひいたりけるがせいしつかん
ねいじやよくにしてせき川
をつりいたしわが恋の
かなはぬいしゆばらしに
むさしのゝ松ばらにてきり
ころしきんすをう
ばひとりそれよりしもうさの
かたへしるべをもとめて
しばらく身をかくしいたり
けるがときすぎたれば
くるしかるまじと又々
江戸のかた
こゝろさし
たちいで
けるにみち
すがらかまヶ
谷のはらといふ
ところにて日くれ
けれどとまるべき
やどもなくかの
びやう/\たる
はら中をたゝ
ひとりたどり
ゆくに一ト
むらの松すぎ

しげりたる所に
大ぜいとう
ぞくともあつ
まり火にあた
りいたりける
ぐん次これを
みて事をもせす
やがてかの所へゆき
火を一つ御むしんと
いふにとうぞくとも
あきれはてぐん次が
かほをまおりけるその
中にかしら取たるもの
御らう人は此よみちをたゞ
一人きりの給ふはまことに
大じやうぶんかんふうはげし
けれはちと火にあたり給へと
いふぐんじかたじけなしとおめず
おくせず大あくらをかき火に
あたりたばこなどのいているうち
かのかしらいふまことにきでんは大たん
もの也われ/\をおそれざるものなき
せかいに今きでんのごときふてきもの
こそめつらしけれおもてにわざとゆうきを
あらはしよはみをみせぬやからもあれと
きでんはじつにふてきなる事きんたまにあらはれ
たり心におくしたるものはいかほどごうきに見
するともきん玉しゞみてしせんとおくする
きをあらはす今き殿はきん玉たらりと下りてまことに大
ゆうのきしやうものにおそれさる事あらはれたりわれそ

(右頁下)
「ふて/\しい
つらがまへの
やろうめだ

(左頁下)
「どれ/\も
おだんこ
べつたりと
いふてやい だ
この
はたけで
女郎かい
にいつ
たら
さぞ
もてる
だろふ
ハゝゝゝ


32
とびだうぐをもつてうち
とるはやすけれども其ゆうきを
かんずるのあまりいのち
はたすけ申也 此ゆく
さきに一むらしりし
もりのうちに
甚九郎といふもの
あり これへ便りて
やど取の給へと其所を
こま/\とおしへければ ぐん次一れい
のべていそぎゆく

「此はら中に木立
しん/\とおひかぶ
さりし一つ家あり
あるじ甚九郎と
いふはいぜん江戸に
すみて三びやうしの
甚九郎といゝたる老人
幸二郎をかくまひ
せき川をうつて
かけおちしたる
わるものにて今は
えどにもすまひ
がたし女ほうを引
つれえどのたなを
しまひ少しのゆかり
をもとめ此所にすまひし
てわるものゝ中宿
なとしていよ/\ごうあくの
ふるまひをなしける「さてもきり山
ぐん次はとうぞくのおしへにまかせ此

一つ家へたつねきたりやとをたのみ其よは爰にふしけるに
よふけて何うあらんさはかしけれはぐん次そつとおきて
かつてのかたをうかゝひみれはあるじ女ほうにむかつて
いふいつもわがかたへとめたるたび人をころしろようを
うばひけんといへばなんち又してもいらざるいけんたて
してかれこれとじやまするゆへその内にはよもふけたび
人もめをさましなどしてついにのぞみをたつせし
事なしこよひもらう人をとめをき
たればねいりたる所を一トうちにして
あり合せのろようをうばはんと
するなんちまだじやま
する事こそきつくわい
なれと女ほうを
しかり打たゝけども
女ほうはなく/\いふやう
江戸にてもいとしそふに
幸二郎様のためとてつとめ
する瀬喜川の身のしろを
とりこみし大あくぶどう
それゆへにこそすみなれし
ところにもいられすこんな
かたいなかの人ざと
はなれし所にすまひ
ふしやうのありたけを
してもまだそのあくしんは
なをらぬかどうぞ人をころす事は
やめにして下されとさま/\に
いけんしてじやまをする

(右頁下)
「おれが
することに
??もすき
があるものか
すつこんで
けつかれ

(左頁下)
おもひの外
おれより
はふと
じるしな
やろう
めだ


33
ぐんじだん/\
のやうすを
きゝてさて此
いえのあるしは
きゝおよびし
甚九郎とやら
にてせき川を
うりしろなし
かねをとりたる
あくとうなり
さらはちとおどして
やらんと何心なき
ていにてかつてへ
いでさて/\
こよひはかんじ
つよく身うち
ひえこゞへたり少
たきびにあたり
たしとそれより
いろ/\のものがたり
して軍次いふやう
それがしはおぎはらけの
きやうたい也此へんに
甚九郎といふ人はなきやといふに
女ほうわたくしかたの何角といへは
くん次いふやりしゆ人のむすめおやえとの
さきたつて甚九郎のために身をうられ
せき川とやらとなりてそのゝち人でにかゝりて
あいはてられしといふ事也もとはといへは甚九郎が
むすめ子をうりたるゆへの事にてあまつさへ

そのみのしろを
よことりせし
ものこれによりて
見付けしだい
主人のいゝつけ
にてくに/\を
まはるなりいま
こゝにてはからす
めくりあひたれ
ども女ほうがだん/\の
いけんのやうすさき
ほどよりたちきゝ
してかんしんの
あまり此たひは
たすけおく也と
いゝければ甚九郎も
おきくもいつわり
とはしらず
大きに
おどろきおそれ
入にわかに
ついしやう
けいはく
して
ちさう
する

(右頁下)
ほんにめんぼく
しだいもござり
ませぬ

(左頁下)
「きさまの
やさしい
こゝろざし
にめんじて
このたびは
さしゆるす
アゝ いゝ
としまだ
エヘン/\


34
だん/\
月日たちて
かの五きやうか
せかれ冨五郎せいじん
してことし十五才に
なりける五きやうは
しんるいちうのせわを
もつて本たくへかへりし
よりたゞあきない一トとふり
にかゝりちうやせいをいだし
かせぎけるゆへまた/\
しんしやうもたん/\
まわりよくなり
ことし冨五郎十五才と
なりけれはあとしきを
ゆづりばんとう喜太七を

こうけんとして
五きやうはかねて
ねがひなれはかみを
おろしてせき川を
さいごばちかき
たま川のほとりに
かすかなるさうあんを
しつらひこゝにせき川が
せきひをたてその
あとをとふらはんと
よういをぞ
なしにける

「まだとう
はるはきこうの
おすりを
いたゞかぬ
れいねんの
とふりあい
ねがひます
そのかはりせつ
しや手さくの
すりもの
しん上いた
そふ

(右頁下)
ちと
おとふり
なされまア
ひとつさし
あげま
しやうか


35
またこゝにきり山ぐん次はえどへ
きたりさきだつてぶんつう
せししるべのかたのせわに
なりて此ところよりそへ
てがみをもちかまくらへきたり
仁木何がしどのゝかちうに
たよりべんせつをもつて
かちうのめん/\をたばかり
仁木家の御かつてむきむづ
かしきにつけこみかつてがた
まかなひにすみこみふたゝび
御しんしやうむきをなをし
しやつ金かたとりかた
つけ申さんと
うけあひて
すみこみける

「御しんるい
うけはいづかたで
ござるな

「だん/\おとり
なしありがた
山のみそ
さゞい

(左頁)
冨五郎はことしかとく
をゆづりうけてじつ
ていにしやうばいを
せいいだしつとめけるが
おりしもすみだ川
はれざかりとて
出入りのものなど
うちよりすゝめ
たて冨五郎をいざ
なひたち出かへりの
ほどあまりはやかればとて
みな/\一はいきげんにほんつゝへ
さしかゝり大門をはいるやいなむかふより
くるぜんせいは松田やのはな川とていま
ひやうばんのきりやうよしとふり
ちがひに冨五郎を見てすこし
あじなめづかひに冨五郎も
いわ木ならねばなにとやら
こゝろときめきやがて
中の町のちや屋へ
あがりついに
まつだ屋へ
ゆくにきはまり
このはな川を
あけて
あそび ける

「はまのやへ
めくりやせう

「アノちいよこ/\
ばしりはえ
やの大井が道
中といふものだ
いらち/\


36
はな川も冨五郎がいやしからぬわかしゆぶりににくからずおもひざしき
のうちにもじよさいなくつとめけるがおりあしく此はながわが

なじみのきやくきた
りことにしきぞめ
しんぞう出しまで
のみこんだきやくの
事ゆへつとめねばな
らずそのくせむつかしき
きやくにてすこしも
ざしきをあけることなら
ねばはな川おもはずも
冨五郎がかたへよりつかず
心はやたけにおもへどもせん
かたなくよのあけるまで冨
五郎を一人めかしやう/\
よあけてかのきやくかへりければ
いそぎ冨五郎がざし
きへ来るに冨五郎は又
よひよりのひとりねにやと

はゝおやせき川の事をおもひ出し此松田屋にてありし
よのとひとりかれこれをおもひつゞけていたりしがはな
川来るゆへおもはずも此かたにせき川といふせんせいの
ありし事きゝおよびし也これは人手にかゝりてあい
はてしとの事何ものにころされしやはなしにきゝ
給ふことはなしやといふにこのはな川うつむきて
なみだをながしいつこうにいらへせずしばらく
あつていふやうわたくしはそのせき川さまに
つかはれしかふろなりをさなきより
ひとかたならずおせわになりしが
はからずもころされたまふときゝて
かなしさやるかたなく今かくの
とふりけいせいのかずにもいり
ざしきもちともなりし事
ひとへにあね女郎のひかり
なりそのせき川様を
たづね給ふぬし様は
近しやゆかりの
御かたにてもあるや
といふに冨五郎
われは五きやうのせがれ
なりとそれより何かの
物がたりせんと思ふところに
ちや屋のわかいものおむ
かひと来りければ冨五郎も
はな川も心をのこしぜひ
なくわかれたちかへる

(右頁中)
「しんぞう
ねごと
アレサ
きくまるさん
およしなんし
よしさんに
いゝつけい
すよ
ムニヤ/\/\/\

(下)
せん
さん
まん
ねん
もさん
どふし
なんした
あん
まり
うそを
おつき
なんすと

びしやもん
さんに

したを
ぬかれ
なんすよ

(その上)
こふて
いつおいで
なんすへ


37
はな川はとし月
せわになりしせき
川の事又五きやう
のこともかた時わ
すれず思ひつゞ
けてくらすおり
からそのゆかりの
冨五郎ときゝてはつと思ひしほどのうれ
しさに引かへほひなきわかれになをも
おもひをましてしきりに冨五郎がなつ
かしく思へとも初くわいのこと也それと文も
やられずいかゝせんといろ/\くふうし
まもりふくろを一つとゝのへ文を
かきてその中へいれ其上をふうじ
てちや屋へつかはし夕しのきやく
人わすれ給ふゆへとゞけまいらする也と
もたせつかわし
ければちやのわかいものよくじつさつそくに
冨五郎がきんじよの中やどへきたり
まもりふくろをふうし
たるまゝわたしてわか
だんなのわすれ給ふゆへ
わざ/\おとゞけ申也といゝ
おきてかへりける冨五郎は
そのよ何心なくかの中やとへ
ゆきけれはうちの女ほう
かのふうじたるものをおまへは
まつたやへおわすれなされし

よしさきほとますやのわか
い人もち来りしといふ冨五郎
いつかうにわすれたるおぼへなし
さためてほかのきやくのわすれ
たるならんきわめてまちがひな
るべし何にもせよふうをきりて
見んとひらきみればまもりふくろにて中を
見れば文
ありこれはふしぎとひらきみればわがかたへ
おこしたる
はな川が文也だん/\のやうすこま/\と
したゝめ
ぜひ/\今一ど御げんを
ねかうと
のもんごん冨五郎いよ/\
心うかれまた/\せい
ろうはおも
むきける

(右頁下)
アノ
とみ
さんや
一九さん
がくるは
いつでも
女郎かい
のはなし
きゝ
あいた
すかねへ
のふ

「もしつけ
うらはおよし
なされませえんが
きれるといふことさ
この
かみ
さま

こんな
ことを
いふ
から
しろう
とでは
ないと
みへる


38
冨五郎はわかけ
のいたりにて
はな川か文
をみるより
何をしても
てにつかずその
よまつしや
二三人めし
つれすぐに
松田やへ
いたりけるに
はな川はうれ
しくよひより
いつかうざしき
をはなれず
冨五郎もこのよ
すぐになじみと
なりそう
ばなをうつての大
さわぎとこおさまりて
はな川だん/\の
やうすをきけば
冨五郎はせき川が
うみおとしたる子にて
五きやうのあとしきを
つぎ五きやうはいま玉川の
ほとりにいほりをむすび
せき川がせきひをたて
あさゆふこれをとぶらひて
いるよしはな川
それより五きやうが

かたへもたよりをして
せき川のかいめう
めいにちまでき
あはせこれもたへず
とふらひけるそきどくなる

「おの山さんのところに
一九さんがいさつ
しやるからよんで
きてかほを
えどつて
もらひなんし

「しんぞうども
うたがるたを
とりはなの
下へすみを
つけあひ
てさはぐ

(右頁下)
「次郎あんを
よびに
やりて
はな
させ
よふ
おもしろい/\


39
五きやうはせかれ冨五郎にかとく
をゆづり今は何ひとつこゝろ
かゝることもなく日ころねがひの
とふり玉川のほとりにいほりを
むすびつむりをそりてたゞ
一人せき川があとをとふらひ
めい日ならばせき川より
もらひしはつねといふめい
かうをたきてぶつぜんへたむ
けけるこゝに又せき川が
いぜんのおやをぎつら何がし殿
あるときしのびにてあるとき
家来五六人めしつれられて
すみ田川あさちが
はらのこせきを
たづね一日ゆうらく
してかへり給ふ道すがら
玉川のかわきしにさも
こゝろありげにすみ
なしたるいほりあり
其うちにてかうを
たくにほひふん/\と
してみちゆく人もあしを
とゝめこれをきくにをぎはらどの
このおとをきゝてまさしくこれは
わが家につかへし
はつねと いふかう木也

ほかにあるべき
やうなしせん
ねんむすめ
やえにあたへ
たるがやえ
しゆぽんの
おりから
しよぢせし
やうすいま
こゝにて其
かうをきく
ふしぎさ
よと日の
くるを
わすれ
給ひてこの
おとにきゝ
とれいほりの
そとに
たゝずみ
たまふ


40
をきはらどの身きへかへり給ひおくがたにむかひ
こん日ふしぎのかうをきゝたりとありししだいを
かたりたまひひめぎみの事を思ひ出して
いとゞなみだにくれ給ひけるがをぎはらどの
きつとしあんしの玉ひけるはかのはつねの
かうはむすめやえしゆつぽんのおりから
ぢさんせしときゝたりしにむすめそのゝち
人手にかゝりむなしくなりしといふこと也
さつするところむすめをてにかけたる
もの此かうをうばひとりしにまぎれ
なしひごろひさうせしめいかうたや
すく人にゆづ
らんようなし
此上は又々かの
ところへゆきその
じつびをたゞして
いよ/\それにきわ
まらばむすめの
かたきかのいほり
のぬしをうちて
すてんと申されけ
ればおくがたきゝ
給ひ此事はわたくし
にまかせ給へ女と
あなとらせ手だて
をもつて其きよじ
つをたゞしいよ/\かた
きにきはまらばわた
くしうちすてかへる
べしとの給ひける

冨五郎がさと
がよひだん/\に
さうちやうしければ
ばんとう喜太七
かねて主人のいえ
をわがものにせんと
思ひおりし事なれば
よきさいわいと思ひ
しんるいのうちでの
くちきゝ三うら
屋さへもんといふ
人のかたへきたり
冨五郎がふらち
のだん事も大そう
にはなしかけあの
ていではしんしやう
むきたちがたしこらし
めのためしはらくおひ
いだしあとの事はわたくしが
一人にてとりしまりいたしさう
ぞくいたすべしと申ければさへもん
げにもとあいさつし
まづ/\玉川の五きやうにも
さうまんせんいさいはめうにち
まいるべしと
やくそくする

(中下)
とう/\えしのきく丸
がそゝのかして
なりませ ぬ


41

うら
やさへ
もんは
よく
冨五郎
かたへ
きたり
て五き
やうども
人をつかはし

よびよせ
冨五郎が
ふらちのだ
んだんみせし
ところくみの
かねもよほどふとく
しこれにてはか
とくさうぞくは
思ひもよらずおや
になりかはりて
かんどうすると
たちまちかみこ
一てんとさまをかへさせおひいだしけるさへもん
またばんとうの喜太七をよびいだしそのほう
冨五郎がこうけんと申つけおきたるにかほど
ほうらつになるまでいけんもせず打すておき
いまとなりてわれにつげたるははなはたてのび
のいたしかたこうけんのやくまへすみがたしこれによりて
其ほうも今日よりいとまつかわす也とこれもおひいだし
けるぞ心ちよし此あとは
五きやう又々たちかへり
冨五郎ぜんしんとなるまで
いえのさうぞくさいさんせよと
いゝつけられ五きやうぜひなく
ふたゝびかぎやうをつとめ
冨五郎をば玉川のいほりへ
つかはしおきける

(下)
「おのれもおり/\
かくゆくといふことだ
ふとゞきものめが

「こいつはとんだ
めにあつた
いつでもこういふ
ところへはよく
ほう
きが
でる
やつ 

ほう





42
?もをぎはら
家のおくがた
玉川のいほりへ
きたり給ひ
たゞなにと
なくけらいに
いゝいれさせ
をちう人家も
なくおの/\
うつしたれはちやをひとつ
むしん也といゝこみけるうち
わかとうともははやせきこみ
なんでも主人のかたきとりきみ
かへりていたり
けるにあるじと
いふはまだまへ
がみのいなやしから
ざるおひたちにて
下男にいゝつけ
それ/\にちやを
くませければおくかた
あんにさうい
してもしやかどちがひ
にてはなきやと
の玉へとも此あたりに
ほかにいえなしとり
大がへよりはづはなしと
しばらくかごのうちにて
やうすをうかゞひたまふ

「しゆじんのかたき
かくごしろと
いつてはみたが
どふやらこいつは
かどちがへの
よふだ

「こいつはいゝ
わかしゆだ
きつねでは
ないか
あいての
ねへ
こがのすけ
といふすま
いだ


43
おく
かたい
かにも
ふしん
はれず
かごより
いでしざし
きにとふ
りあるしに
むかひてこの
ごろ此所をと
ふりしにたゞなら
ぬかうのおといたし
たるはあるじのさ
だめてこのみ給ふ
ならんこなたおよ
ばぬながゝらむつねのかうときゝたりいかゞ
してかゝるきめう
のきやうはしよじし給ふやとたづね給へば
冨五郎いふそればわたくし
おやどものたきたる也はつねのことは
しさいありてけいせいせき川といへる
よりゆづりうけたりと申ければおく
かたきうになみだをうかめもしや
そなたのおやごは五きやう様といわ
ざるや冨五郎きゝていかにもわた
くしおやじかめうは冨えもんはいめうを五きやう
と申なりといふおくがらきゝたまひさてはそれ
にてうたがひはれたりはづかしながらそのせき
川といふばみづからのむすめなりわかげのいた
つらにてやしきをかけおちなしたればいゝなづけ

のかたへぎりたらずせひなくいんしんふつう
にしてすぎゆきしに人のうわさをきけば
松田屋のせき川といふけいせいとなりたりと
こゝろがらとはいゝながらしつけもせぬつとめ
ほうこうさぞつらからんとおもふばかり
たよりをせんにもせけんのおもはくいえの
はぢたゝそれなりにうちすぎしに
五きやうどのといふきやくのせわになり
ことにふかくいひかはせしとの事はやくいか
なるかたへなりともゆきてつとめのみを
のかれなばまたたよりするてだても
あらんとおもふにかひなく人でにかかり
むなしく
なりしと
ぼうぶんに
きいたるとき
のそのかなしさ
せめてはその
かたきをたづ
ねうちすてゝ
もうしうが
はらさせたい
となげき
たまふ

「そんなら
うわさに
きいた五き
やう様とせ
き川か中に
てきたはそ
なたじやの
それではわ
しがまご
じや
わいの
/\

「さやうなら
わたくしか
はゝはその
せき川様
わたくしを
うみおとし
ておはて
なさ
れたと
いふこと
でこざ
ります


44
おくがただん/\の
ものがたりをきゝて
すぐに冨五郎をどう
どうしてやしきへ
かへりをぎわらどの
へもひき合せみ
そのやうすを
かたり給へば
をきはらどの
またもなみだ
をうかめ給ひ

げんざいまごてありながらおもてむきにそれを
さうともいわれぬしぎみなむすめがいた
つらゆへとくやみなみだにくれ給ふ冨五郎
つら/\ふたかたのこゝろをさつしやりこれを
なんのこゝろもつかずいろにまよひてうか
/\とかんじんの事をわすれたり今より
かたきのゆくえをたづねなにとぞひと
たちうらみてはゝせき川どのゝはか所へ
たむけんと其事ををぎわらどのへはなし
ければ大きにかんしんありててうにんの
身ぶんにてかたきうちはむづかし今より
わがけらいぶんになりてたいとうし
かたきのゆくえをさがすべしと
の給ひける

冨五郎よろ
こびかたきは
きり山ぐん次と
いふことさきだつて
はゝおやのれいこん
ちゝ五きやうへしらせ
たればまきれなし
いのちかぎり
こんかぎり
かたきの
ゆくえを
さがしいだ
さんとしよ
こくあん
ぎやのこと
をさう
ごんする

「むすめ
やえが
おもざしに
そのまゝだ
のふおく

「めでたくひとつ
さしませう
もふはしかは
しまやつたか


45
かゝるところへ三ひやうし
甚九郎か女ほう
おきくはる/\やしきへ
たづねきたり申けるは
さだめてだん/\のやう
すは御ぞんしなるが
わたくしおつと甚九郎の
あく心めんぼくしだいも
なししうと甚兵衛
御こうおんになりし御いえすし
其ひめきみ様をきみ
けいせいにうりしこと天ばつの
ほどおそろしくこれまで
おやしきはうけたまはり
おれどもあがるべきやうも
なしこん日わざ/\まいりしは
かたきぐん次のゆくえを
つげ申さんためなりと
いつぞやぐんじをとめたる
ことをはなしそのときはをぎ
はらけの御家来とたばから
れしがしゆつたつのあとに
此てかみ一つうのこりたり
これをみればえどのおちつき
かまくらのやしきにおちつく
へき事えどのしるべのかたより
ぐんじかたへつかはしたるてがみ
??あきらかにわかりたり

(右下)
これをもつてえどのあり所かまくら
やしきを御たづねあるべしと申しける

(左頁)
さてもきり山ぐん次は
たま/\かまくら
仁木どのへありつきしが
さしたるきんこうも
なくそのうへしよく
のみおゝかりければ
たちまち御とがめ
をかうふり大小を
とりあげられ
御もんぜんより
はらはれける

「御せんぞだい/\
われ/\もだい/\゛
といゝて人がいゝやつと
このころすみこんで
じきにおはらひばこ
とはあんまりな
いま/\しい

ふて/\
しい
やつだ
しよて
から
おいら

きに
くはねへと
おもつた


46
冨五郎はおきく
がしらっせにかのぐん
次がすてをきたる
てがみをいだし
ひらきみれば

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「もんごんに
此度??
有付候事
かまくら仁木
殿へ申通(?)大方
首尾とゝのひ候故所々
?ひたく?可成?上
参らせ候(?)
 桐山郡次との  江戸 大田求馬

とかきたれければやがてそのうへはふうじの
かみを見るにかのもとめといへるものゝぢうしょ
しるしあれば?て此かたへまいり手だてを
もつてきゝあはするにかまくらの仁木とのへ
めしかへられたるよしなれば冨五郎いそぎ
かまくらへたちこへまづ仁木とのゝ門ぜんなる
にうりやへはいりしたくなどしながらこの
おやしきにちかごろかゝへられしかやう/\の
人はなきやと申ければにうりやのあるじその
人こそしか/\ありてきのふ御もんぜんより
はらはれしと
きゝ冨五郎大にちからをおとしそれよりいろ/\と
きゝあかすれどもとかくゆきがたわからずすご/\と
江戸へかへりける

(下)
「すつぽんにも
ござりざさり ます

「ひざくれ
げの北
八じやア
ないが
このさけは
はんぶん
水だ
ペツ/\/\

(左頁下)
はる/\
きたかいも
ないざん
ねんな事
じや
これ
から

太郎
いなり
へでも
ねがつて
??う

(左頁上)
「ぐんじじはやしきをおひ
はらはれまだえどに
かへりそれよりしも
うさのかたへまた/\
おもむかんとこゝろさし
ゆくみちすがら
かつしかのあたりに
て日くれければある
つぢだうへはいり
こゝにて一やをあかさ
ばやとうちふして
ねのこくばかりと
おもふころ人おと
して女のなく
こえきこへければ
ぐんじおきあがり
おぼろ月にすかし
みるに一人のおとこ
をんなをしはりて
つれきたりくちにさる
ぐつわをはめそここゝ
引ありきて木たち
しけりたる中へわけ
いり此をんなを木に
くゝりつけてまた/\


47
おとこはいづからへかうちゆきけるぐんじ
だうをおりてかの女のいましめをとき
口のてぬくひをとりてやうすをきけ
ば女のいふやうわたくしは此あたりに
すむものにて今のおとこのせわになり
いたるものなりかのおとこいぜんは米屋の
五きやう様といふかたにばんとうをつとめ
いられし喜太七とといふ人也わたくしふたおや
をはごくみのためかの人に身をまかせて
すこしづゝのやしなひりやうをもらひいたりし
にこのごろは主人のかたのひまいでし
らう人せられもはや一つ七人のさいかくも
できずわたくしかたへまいりていまゝで
せわにいたしをきたるかはりいまより
われにつとめぼうこうをしていま迄
おくりしかねを??のへとむりひどう
をいゝかけとしよられしおやたちを
せめつけられしかくしておやたち
こまりてわたくしをか??上じきに
こよひさがしいだされてむたいに
ほいだされかくのじぎに
およびしといふ


48
(中~下)
「これはめい
わくせん
ばん な

「なにもござ
りませぬが
ひとつ
さし
上ま
せう

(上)
ぐん次かの
女のいふを
きゝてふびん
にもひもと/\
五きやうにゆかり
あるばんとうの
喜太七とやらはな
あかしてくれんと
すぐにむすめを
いざなひけのおや
もとへつれきたり
わたしければおや
たちは大きに
よろこびだん/\の

御しんせつ見ず
しらずのおかた
のせわになり
御れいの申やう
なしとさけを
いだしめしを
すゝめてぐんじ
をちそうし
けるぐんじは
さしあたつ
て身のをき
どころなければ
これをつなに
とうぶんこゝの
うちにかゝりて
とならんとこゝろ
のうちにもくさん
してだん/\しん
せつらしく
ついしやうけい
はくしてちそう
になる

「さて/\かほに
にやわぬ
やさしい
おかた
じや


49
「やつとこ
とつちやア
うんとこな
ついぞ
女にやア
なげら
れたこたァ
ねへが

人を
なけるとは
えてものだ
いま/\しい
やろうだ
どふかつた
むまに
でもき
そふな
つらだ

ばんとうのきた七は女をつぢだうにしばり
をき立かへりてか路のさひかくをしいづくへも
つれ立のかんといそきかしこへゆきみれば女は
いづかたへゆきけん見へず大きにおどろき?の
やどへいそぎきたり見ればいつのまにかは
かへりいるゆへ大きにはらをたてぜひともつれ
ゆきいづかたへもうりわたさんとひきたつる
ふたおやとりつきいろ/\にわびてもきゝいれず
てにあたるものをとつてなげ大きにあばれ
てにあまりみな/\なげきわびけるをぐんじ
おくのまにひかへいたりしがきゝかねてとんで
いで喜太七をとらへてさん/\゛のめに合せ
むすめはわれつれかへりたりいゝぶんあらば
それがしがあい手ぞと大きにのゝしりければ
喜太七ぐんじがゆう気にのまれてこそ/\
にげてかへりける

「いろおと
このよはへ
のは
あたり
めへだは
ばかつらめ


50
かのおやたちいよ/\郡次
をもてなし此ちまた
喜太七来らんもはか
られず何とどいま
しばしとうりう
なされ下さるべしと
いふにもとより郡
次は身をよすべき
かたもなければさい
わひ也とこゝにとうりう
しちそうにあひけるに
おりからかのむすめはな
しのついでに五きやうが
かたの事をかねに喜太七
にきゝたるまゝをはなし
けるがけいせいせき川が
うみおとしたるこいま
せいじんしたるよし
はなしければぐん次
扨こそむさし野の
まつばらにてうみ
たるせがれいかゞして
五きやうがかたへ何
ものづれゆきしぞ
こゝろのうちに
ふしんにおもふ

(下)
今てうし
からかつ
をが
まいり
ました
ひとつ
あがり
ませ

これは
こてい
ねいな
かならず
おかまい なさるな

(左頁上)
三ひやうしの甚九郎は女ぼう江戸へいて
たるまゝかへらずるすのうちにもだん/\
あくじをなしろけんにおよびいまかは
かまかやにもすみがたくしんしやうを
しまひよぬけしてはる/\゛とまた
江戸へのぼらんとしるべをたよりに
たちいでける

「ことしはえどに
ぜんくわうじさまの
かいてうがあるげな
なんぞいゝみせもの
でもしてもふけ
てへもんだ

「むかふへくるは
たしか
いたこ
のしか
ものと
見へる
うつ
くしい
たへもん だ


51
ぐんじはかのせき川がせがれせいじんして
いま玉川のほとりにいほりをむすび
引こしいるよしかのむすめがきゝ
つたへ人のものがたりぐんじ思ふやう
このせがれいしをいゝくはかたき
うちなどゝわががいになるべき
こともはくらとびなにとぞ
これも人しれずなきもの
にせんとおもふおりふし
ふとあさくさのくわんをん
にて三びやうしの甚九
におあひいつぞやかま
が谷のやどにとまりて
見おぼへあれば甚九郎も
ふりかへりぐんじをみて
たしかにそれと
おもふにぐんじ
きやつこそ何かの
さうだんあいてに
よきやつなりと
ことばをかけて
はなしあひぐん次
りやうりぢや屋へ
つれゆきさけ
をのませて心
やすくなり
だん/\身のうへをうちあかして
かたりせき川かせかれありてはわがねごゝろ

よろしからずといふにもとより甚九
おさきものにてそのうへさけも
ふるまわれしことなければなんのしりよも
なくそのこせがれわれうちころして
きたるべしといふにぐんじよろこび
さしぞへをとらせこれを
きでんへつかわす也
かのせがれをうし
なひえさすべし
と玉川のいほり
をくわしく
おしへる

「御持参物御用心」


52
甚九郎郡次にたのまれ玉川の
いほりへしのび入けるにあかりはきへて
かつてはしれず折ふしまどよりさし
こむ月あかりにすかして見れば
人のねすがたこれこそとぬき打に
きりころすまた甚九郎が女ぼうおきくは
屋しきにととめられとてもあくしんの
おつとゝもはやつれそふ

しよぞんはなしと
やしきのせわに
なりいたり
けるが冨五郎
やしきへ引
こしてより
玉川の庵
あき家と
なりければ
をのづとせき
川がせきひに
つかゆるものも
なくとふらひ
もおろそかに
なりゆかんとおき
くをたのみつかはし
おきけるそれゆへ甚九
月あかりにすかしみておきくが
くしまくのつふりをわかしゆ
まげと見ちかへこれこそせがれ
なりときりつくるにはつといふこえ
わか女房おきくがこえにちがひなければふしきに
思ひよく/\みればいかにも女ぼうおきく也甚九郎をどろき
だん/\のやうすをきゝて大きにくやみこれまでのあくじの
そらおそろしやとこれより甚九郎心をあらためぜん心に立かへり
一ねんほつきしてすぎにかみをきりおきくにむかひていふやうとても
そのほう此ふかてにてはたすかるまじわれこよりそのほうになりかはり

(右頁下)
郡次をやしきへ
みちびきして
冨五郎とやらに
はゝごのかたき
をうたすべしと
とゝめをさしすぐに
わがてにくり/\ぼうずとなり屋しきをさして
いそぎゆく


53
甚九郎はをぎわはら
どのゝやしきへまいり
だん/\のものがたりして
おきくをころしたる
しまつぼうずとなり
たる一ねんほつきの
こゝろざしをあかし
わたくしみこれよりぐんじを
そびきいだし申べし
女ぼうにうけ給はれば
冨五郎様とやらぐん次が
ゆくえをごせんぎのよし
わたくしよくいどころもぞんじ
おれば申上べしといふに
さつそく冨五郎立いで
たいめんして甚九郎に
こゝろはゆるさねども
ためし見るにいよ/\
甚九郎せんしんに
たちかへりし事さうい
なく見へければ
おくへとふして
だん/\ぐん次が
やうすを
たづねいる

わたくしのふとゞ
きは今さら申
そうやうもなし
此たびのおやく
たつたあと
ではいかやう
とて御ぞん
ぶんに
なされ
まし


54
甚九郎かねて
ぐんじがい?
ころも
きゝたる
ことなければ
さつそく
まいりて
われてだてを
もつて冨五郎
やらとはうちとり
たりといふにぐんじ
甚九郎がつふりをみて
こはなにゝしてぼうず
にはなりしといふにこれに
こそはなしありわれよき
しごとをみつけたりそれゆへ
ぼうずとならねばかなは
ざる事ありてかくの
とふり也そのことにつき
きでんにもかねもうけ
ありわれといつしよに
きたり給へ道すがら
ものがたらんといふに
郡次よろこび何こゝろなく

甚九郎とうちつれたち
いづるかねて申あわせしこと
なれば冨五郎にをき原家の
さむらひ中つき近ひ道に
まちぶせして甚九郎が
あいづをさいわい
なのりかけて
ついに郡次を
うちとり
ほんもうを
たつし
けるぞ
目出たし

(右頁下)
「アゝいゝ
きみだ
とう/\゛
おだぶつ
おてちんと
なつてしまつた

うぬにはぐらか
されてとがもねへによう
ぼうを
ころしたが
ざんねんな

うぬらかへり
うちだぞ
かくごしろ

おやのかたき
おぼへたか/\


55
そのゝちおき原家の
せわをもつてけいせい
玉川をうけ出し
冨五郎がよめと
なし米屋の
家をさうぞく
させ五きやう
ふたゝび
いんきよ
して
ゆくすえ
なかく
とみ
さかへ
ゆくぞ
めてたき

喜久麿筆

十返舎一九著」