仮想空間

趣味の変体仮名

兼好法師物見車 中之巻

 

読んだ本 https://archive.waseda.jp/archive/index.html
     浄瑠璃本データベース イ14-00002-273


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  中之巻
友とするにあしき友七つよき友三つ有
一つには物くるゝ友二つにはくすし 智あるとも
こそえきしやなれ こゝに侍従が父うづまさの
又五郎 もとは火たきの衛士(えじ)なりしが今はわづ
かの秋の田や からずおはずに四人口むかしの
えぼしはくちやうより かゝが手をりのころも手
に 露の世わたりともかせぎねざめをらくと


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くらせしが けふは心にいはひごとあたりの衆にkざ
給へ いあkもちいめさせんとひがしどなり与茂九郎
かはばたの彦六兵衛さうだうのくかくばく やぶ
ぎはの小よしのばゞむかひのおこぼのかゝまでも
よびあつめたる酒さかなあゆの白ぼしからざけ
や 味噌のついたるかはらけもてい主が心一はい也
ざいしよのものども口々に めでたいことゝおしやる
ゆへじぎもせずに参つたが いかひざうさをお

めさるめでたいとは何ごと 聞てとも/\゛よろこび
たいといひければ されば/\よろこんでたも おこ
ちのむすめ侍従がこと とくにもかくにも似おら
ひで色じろにむまれ付 こゝろまでがきようで
よし田山のけんかう様にかねよしのおりから うた
とやら歌学とやらならふて 御所がたへお出いりし おら
がむすめに似合ぬ侍従といふ名を下され それ
から武家がた一はいに 今の世でたれあらふ かうの


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もろなう様のお目を下され 出雲の大みやう
えんや殿薬師寺殿 方々へ出入してきぬまき
ものをいた/\く 時々おかねも下さるゝ ことしといふ
ことし作つたむぎはうつて仕まひ 師直様から
下された茶のめしをしてやつて 此様にふとりが付く
かゝがはだをさすつて見ればしはがのびてすべ
/\と 思はぬむほんがおこつyてくる どこぞで義兵
をあげそふなとどつとわらふていひければ それ

はたれもあやかりたいシテむすめごはどこへそ さ
かつきもいたゞきお大みやうのけつかうな はなし
もちつと聞たいといへば女ばうさればのこと 大
みやう様といふものはけつかうなこともけうtかう
わがまゝなものなれば御きげんが取ぐるしう
こちのむすめもいつぞやからちとお気にそ
むいて 久しうおめしもなされぬところに 御き
げんがなをつたとてのりものもつて けさお迎ひ


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がきましてそのいはひに此とおり大事のむすめ
が出世のいはひ何してもあきはなけれども ほそ
ながふ祝ひましよひとつすごいて下されと 嬉し
がればざいしよのもの仕合なむすめごや そなた
やこちらが家のうち のり物の出入はそうれいで
もならぬこと こつちのおばゞのそうれいにはおけ
さへろくにかはひで かうのものおけへいれたれは
あんのごとくはそうの時やきみそのにほひが

してそれから茶づけくふたびにおばゞのこと
をおもひ出し 今でもなみだがこぼれると とつ
てもつかぬものがたりざいしよざかもりこえたかし
時におもてへかちのもの乗ものかゝせて おやじ殿
やどにか侍従殿帰られた 列して殿にも御きげん
よく御ぜんにて大酒 つなふえふてねいつてじや乗
ものともにをいて行 先とつくりとやすましや
といひすてゝこそ帰りけれ 又五郎いんげんがほあれ


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お見やれ 二ほんざしをともにつれのり物にねて
くる あやかり物で有まいか是かくのり物ではきう
くつからふ そつとだいてねどころしてほんにねさ
しよと戸をひらけば ちみどろの女のくびころ
/\とまろび出にける わつと座中が立のきて
わな/\ふるひおそれしが こはい中にもはゝおやは
なふとゝかなしやこれは侍従がくひなるはと いだき
つけば又五郎はて何をいふ けさうちを出る迄 くび

はたしかにどうについてあつたものと ふうふむ
くろを引出しなでつさすつゝをしうごかしハア
ほんにくびかないなふかなしや何とせん やれむす
めよ侍従よいかに酒に酔ばとて くびのおちるも
しらぬほどえふといふことあるものか さめたらくび
がつきもせふ えひをさましてくれよとてうろ
たへ なげくぞ道理なる ざいしよのものども気を
つけてうちわでいふてすまぬこと 今のをくりの侍を


30
引ずりもどしせんさくし 師直様へごん上せんと
我も/\と追かけしがほどなく引たて立かへる
さふらひちつともひるまず 其女は大ざい人 主君師
直公卿の宮と申姫みやに 御こゝろをかけられ
御えんぐみきはまりしに よし田のけんかうと心を合
せひめみやを悪女といひかけし えんやはんぐはんがつ
まをほめそやしすゝめこみ なかだちを請とり大ぶん
おれいをとりながら かなはぬとて身を引其とがに

てお手うち しがいを下されおや一もんいのち
のあるを 有がたいと存じませとにらみつけてぞ
帰りける 父母わつとばかりにてしばしたへ入なげ
きしが 又五郎はぎしみして エゝ口おしやした/\゛には
生れまいもの まんざらのむりごろしむせいばい
にあひながら 此うらみさへいはれぬかいかに天下の
上に立 けんへいがしたいとてぬしあるものにしう
しんかけ かなはぬほどになかだちを手うちにした


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とはどふしたおきて 大ぶん礼をとつたとはくちごひ
にしてもらふたか 千万だんのあやにしき万々石の
俵物 かねのわくいづみでもかへうむすめが命じや
ない 其日すぎの又五郎も日本の長者の師直も
いのちのおしいはおなじこともらふた物はみなかへす む
すめが命をかやしをれと きぬまきものわうごんを
なげ出し/\ いのちあつての乗物ととびらみぢん
にふみやぶりくひを かゝへてなきければ 母はむくろを

いだきよせ もはやついでもつくまいかとかつは
とまろびなくを見て ありあふごみんこゝろなき
あまかゝ迄ももろ共に袖をしぼらぬ者はなし
なみだをすゝつて又五郎やれむすめよ ひんな親
をみつぐとてよしないことに頼まれ あへないしに
をしたよな 師直が恋がかなはぬとてそちが身
のとがではなし 其ぶんばかりでころしはせまいつい
せうづらの出入のやつが さゝえごとかへんねしか 但


32
師直が心ひとつかうらみと思ふものあらば 死れう
となつてわいてくれそれをしるしに此とゝが さび
たれ共九寸五分大みやうでもかうけても どう
なかをえぐつてむすめのかたきをとつて見しよ
そのとがでとゝやかゝごくもんもはりつけも くやし
いとは思はぬおやのなげきが天道様へ とゞけかし
つうぜよかしちからをそへて此うらみ はらさせて
給はれとくびを天へさしむけ/\ 月日は無理を

てらさぬによふも/\大じの子を なぜにきら
せてくださつた天道様からうらみじやと くどき
たてかきくどきこえも おしまず なきいたり あた
りの人々とり/\゛に もうじやの後世もいかゞぞと
いたはりをくるあだしのゝ つゆきゆるときなく
とりべ山のけふりたちさらで すみはてぬ世はさだ
めなやはかなや かなし「はなはさかりに月は
くまなきをのみ見るものかは 雨にむかひて月


33(裏)


34
をこひたれこめてはるのゆくえ しらぬもなを
あはれになさけふかし さきぬべきほどのこずえ
ちり しほれたるにはなんどこそ見どころおほ
けれ なん女のなさけもひとへにあひ見るをば
いふものかは あはでやみにしうさをおもひあだ
なるちぎりをかこち あさじがやどにむかしし
のぶとかきすてし 反古紙帳にともしびのほの
かにうつるかげぼうし 月かとばかりすゞしげにみす

のやぶれをもれくるも にはかにあらぬそらだ
きやいはに「せかるゝやり水のをときよらかに
さら/\と人かよふともしらざれば ひめみやは
たゞ人のすがたに御身そめものゝ つまかいとりて
竹えんにしばしやすらひましませば 人めま
れなる 山ざとの ねざゝにすだくやぶがまで 女
のはだのめづらしげに あはせごしさへつらにくと
はらにふたもとのをひかぜに しちやううごけばけん


35
かうのかげもゆら/\ふら/\と ふでもちながら大
あくび みやうもんはなれてすみなせり ひめみや
いひよるたよりもなく アゝちとたのみませふ
頼みませふとの給へば たれじや夜中にやかま
しい 又うたのてんとりか但いつものとうふやか 歌
学よりでんがくせん一てうをけとぞこたへける ひめ
みやも一すぢにこゝはためらふところでなしと 紙
帳うちあげつゝと入 おもしろいさうしかできるげ

な すゞりのすみでもすりましよかと つくえに
もたれより給へばけんかうつくえひつかゝへ 紙帳
のそとへにげ出て なふ/\とうふかと思ふたれば
わかいとうふのうばがきた いかふちゝがはるそふな
が 此法師のむきはないとさうしをかいてぞいた
りける ちゝのむことがいやならば無理にとはいふ
まい うばは子をだくものいとしものござれや だい
てねゝしよととりつけばあれん/\とこえたてゝ


36
祇帳のうちへなげて入 ヲゝそのうちは蚊もなふて
なをよからふと あとをおふて入給へばなふもつけや
とかけ出る みやもつゞいて出給へば是紙帳がた
まりませぬ あんまりあばれさつしやるな みや
様ともある人が紙帳に寝たことな誘ふなげ
びた/\とうちはらたちこそ/\はふていりければ
みやもせきめんまし/\て ムおなじみやうもんはなれし
けんかうのふでさきにいつはりあり 此かきかけしさう

紙を見れば こゝろふかきぶんしやうの 中にも
よろづにいみじくとも色このまぬものは たまの
さかづきのそこなきこゝちとかきながら 此はした
なきふるまひはふでにかくはいつはりごと とくをか
ざりて名をもとめみやうもんまいすのうそつき
たまのさかづきのそこぬけと そしられて紙帳
のうちくつしやめ くさめ/\も我なららものぐる
をしとかきたるは 是かやふもとに人ごえして 気


37
ちがいよ /\ きちがひよ/\くるひ /\て「やあ
/\わらんべどもは何をわらふぞ 何物にくるふがお
かしいとや おかしかわらへちつともそつとも大事
もないなひつ わらふつ そだてあげたる我むすめ
われが小すゞめうぐひすの かひごの中のほとゝ
ぎすしやがちゝに似てちゝに似ず はゝになを似
ぬひめうりの つるになれ/\なれしくもいにか
くれなき 侍従といふは此子よなふ みめよふてふり

よくこきんまんえういせものがたり うたいは人まる伊
勢小町ことの手もよしびわをひく ばちかむく
ひか何のあだにか あえなくもたが一うちにき
り/\゛す のべにをくらず身をはなさず 是三がいの
くびかせぞやあれ うたれしとはそらごとよ 父
を見てわらふか いとしむすめによいとのもたせ 孫
をまふけておほぢやうばが おひのたのみのつえは
しら つえもはしらもおれはてた おやはなにと


38
なるべきぞおれたるつえはつぎもせん つぐにぐが
れぬむすめのくびもとのごとくについでたべ くび
ついでため人々なふつえのしたにもまはる子はいとし
盛真(じやうしん)僧都のいもがしら いもよ/\どの子がい
とし むかひ殿えのころは まだめがあかぬ おつぼ
にまゝいれてころ/\/\やころびふしてぞ なき
いたり 侍従とあればひめみやももしそれかは
と御なみあ うかふばかりに見へければ 物になづ

まぬけんかうも あはておどろきよく見れば
狂人は侍従が父 扨は侍従はうたれしか 師直が
わざならんとらくるいたもとをひたせしが アゝ狂人と
てないとひ給ひそ 人間のきやうがいいづれか狂
気にあらざるや ありのごとくあつまりて何ごとをか
いとなむ きのふはなげきけふはえみ あしたにいかり
ゆふべにあいし たからにつながれ名にからまれ露
のいのちをあやぶむは みな狂人にあらざるや けん


39
かうがつくるさうしつれ/\゛草の大意を得たり あの
物ぐるひを我師とたのみかきつらねんと筆をとる
みやもはつめいまし/\て狂人はしれば不狂人
はしるもをふも物ぐるひ扨正気とは 生れぬ
さきのほつしやう さむるごありやあり明の
しくはんのまどの月のかげ みねのこがくれくもが
くれつねにてらすとしるときは いづれわかれを
かなしまんなげきをとめよ狂人と さま/\゛なぐさめ

いさむれば 地をはしるけたもの そらをかけ
るつばさまでおやこのあはれしらざるや いはん
や仏しやうとうたいの人げん 子とむまれおやと
なる父と母とがもろはがひ はごくみたてゝひな
づるの松にかへらでひとりたつ 身はからさきのひ
とつ松ひたひに しがのさゞなみや かしらにひらの
ぼせつにて まだきえもせずながらへて 世にすみ
よしの松のおもははくはつかしやな ある僧のいはく


40
つら/\せんけんのげんさうをくはんずるに 飛花落
葉のかぜのまへには ういのてんべんをさとり でん
くはうせきくはのかけのうちには 生死の去来を
見るといへり さりてはきたり帰りてはゆきゝの
人に物とはふ むすめは二たびかへるかなふ もと
よりきたらぬみちしばのねにかへるとは見つれ
ども おなじこずえにさきにほふかはらぬ色を見
給へや おもしろやおもひ子のついにはまごのおや

となり おや又おやの子なりけり おやこはかり
の名のみにて時にしたがふ花の春 もみぢの
秋とかはれども 松竹桜 梅柳 くるり
/\とをぐるまの めぐるりんえの かざぐるま 風に
もあてじなでし子の このはなさくやひめの御神
木の花ならば 風にもよぎてふけやふけ あたら桜の
とがはちるぞうらみなる よしうらむまじなげくまじ
なくまい/\なかぬからすのこえきけば むまれぬさ


41
きの我子恋しき いとし我子を何にたとへ門
田のさなへよなぜ/\ シヨンボリしよボリとうへ
たもの 今くる秋にかろずよの誰かからん
うへい/\さをとめ かさかふてとらせん かさかふて
たもるならばなをも田をばうゆべし かさかふてた
もれはこれのなみだ 涙ふるよの あらくらの夜や
夕ぐれは扨何と 一かたならぬおもひかな あかつ
きは又いかに かず/\おほきなげきかな わが為

ならばゆきもよしふれ 雨もたゞふれ露もふ
れ/\ なふ我子のあるならば ふせ屋もねよげ成
べし 我子に心をつくし/\て 我子に心を
つくし/\て手のかず/\よみて見たれば 十三五つ
よめりざかりようれしやとて よき日をえらみ
いそぎてやらんすがたはいかに かさも見くるしはな
ぞめかづき みのをもぬきづて 花すりごろも
のいろがさね 待らんものを すははやけふもくれ


42
ないの下ひもゝたれにとかせんとくべきとおひさ
きまでを おもひこし まあちし月日もまぼろし
ゆめならば又も見ん うつゝならばそのまゝ見ん
夢にもをとり うつゝにも はかなきものは我
むすめ むすめよやよとよびめぐりたづねても
もとめても かひもなみだのたきのいとみだれ
ごゝろやくるふらん けんかう見るめもいたましく
いで/\きやうけもんだうしてまよひをひらきえ

さすべし いかに狂人 ほtごけといつは何ものが佛
にはなる サア何が仏になるやらん おろかの仰候や
仏に別のたねはなし ほとけのをしへにしたがひて
人が仏になるぞとよ 仏のをしへによるならば をし
へし仏は何故にほとけにはなり給ひしぞ それこそ
は其さきの仏のをしへ候 扨其さきのほとけは
又其さきの仏のをしへ 又そのさきの其さきの
をしへはじめし第一の 仏の師とはいかに/\ ハアゝ


43
天よりふつたか 地よりわいたか木になつたか つるに
さがつたひやうたんのかはながれ なんでもないもの
なむ三ばう 一心一念の本仏はむしんむねんの
一仏より をしへをうけてくをんごうさとりあれば
まよひあり あふ世あればわかれ有 君子あれ
はじんぎあり 家あればねずみあり 仏あれば
衆生あり 衆生あれば狂人もありやなぎはみどり
はなはくれない たゞ一ことのをしへにて 狂乱もはれ

/\ともとの 正気に立かへれば 姫宮もぼんなうの
あいじやくの花ちるや かねもなり 鳥も八こえに
月もはやかげかたふきて明がたのとを山かづらたへ/\゛に
をかべの松もほの/\゛とひましろ くこそ成にけれ
けんかうは此時につれ/\゛草二まき に二百四十余段
にかきすて のこすもしほ草風月のなさけ渡世の
道 人の心世の有様むしのなくねにいたるまで 其
おり/\をはかせとして いんとんのじやうをあらはせば 物


44
ぐるをしや物ぐるひ 是も思へば師なりけりえんも 三
世の御仏世よ 花たてまつる時ぞとて をの/\うちつれ
朝露の山路 ふみわけ「入給ふ卯の時雨の あさ
にじにひかりあひたるあかいとおどし あせにしぼりし
わか武者のよろひに露の白玉か 玉の様なる上らう
をほろのごろくにおひなして もみにもみぢのさし
かさはほろの出し共まがはせて あんじつにはしり
入御庵主に少御意得たし 御庵主/\とよばゝつ

てもをともせず 扨はるすよな るすにもあれ此
紙帳の内に御忍び あるじ帰らばしか/\の御物
語候て 御頼候べし追手急に候共そこつの御じがい
有べからず 主君判官殿はや討れさせ給ふ上は わ
れ/\とても世にながらへぬ命なれ共敵師直を
討迄は 先御忍びと申にも北の方は涙にくれ 判
官殿あへなく討れ給ふ上は何を頼みに有かひも
なき身なれ共と紙帳打あげいらんとして なふいぶせや


45
ととんで出 あれを見よ六郎紙帳のうちに女の
くび あけにそみて見へたるは人のすみかと思はれず
すさまじさよとの給へば エゝ何がな御めに見へつらん
兼好と云大道人の庵室(あんじつ)にきくあひのあらん様は
なし そこのき給へと紙帳をあげ 見ればいかにも女
のくびこりやなんじや 四五日いぜんにきつたるくび
の色もかはらずねふるがごとし うたがひもなく兼
好の るすを見かけて山ぞくのわざごさんなれ 何

にもあれ天のあたへ 此くびをもつて敵をあざむ
き気をゆるませ 追手を四方へかけちらし御本意
とげさせ申さんとくび ひつさげとんで出にけり 兼
好法師は卿の宮又五郎もろ共 花つみ庵にたち
帰り紙帳の前に水たむけ かうげをそなへ 南無
ゆうれいそくわう なんばうむくせかい ざほうれん
げじやうとうしやうがくと えかうもいまだをはらぬに
内より女のこえとして コレけんかう様 /\とよぶこえの


46
みゝに入ば兼好ふひんや扨はまよひたか 親のなげきひめ
宮のこはさもさぞと聞ぬふり大ごえになむゆうれい/\と
まぎらかせ共兼好様 なむゆうれい兼好様 是申兼好様と
ひらりと打あげにつこと笑ひかほさしいるれば そりや幽
霊よと親ながら わつと逃て身をちゞめえんにくひ付いた
りけり 兼好から/\と笑ひ ヤレ首斗と云死したる者 二度(ふたたび)
いれん様や有 あるじなき家には狐ふくらうこたまなんどの入
ごとく 首にたましひなき故に野干(やかん)の見入うたがひなし ふすべ

ころせあを松葉なましばよとひしめくこえ なふおそろ
しやさら/\左様の者ならずと にげ出給へばあれ又出たは 兼
好様頼みますと袂の下にこぞりより こゝを大じとすがり付き
又五郎ふるひ/\ 娘首はあんまりな見しりごしにどうよく
じや おことがしゆらのくげんよりとゝがこはさを推量せよと 涙
をながせば姫宮もヲゝ親の身でさへいやなもの 他人のこは
さを思ひやり かきけす様にきへてたもとおぢさせ給ふも道
理也 北のかたもせんかたつき 扨はさいぜんの首についてのふしんかや


47
みづからは塩冶判官高貞が妻 かうの師直よこしまの
恋にいこんをふくみ 塩冶判官ぎやくしんと将ぐん家へざん
げんし 討手向へば我つまも しよせん鎌倉におち下り申ひ
らかん為 きのふあづまにおもむき給へば師直をつかけ上意
と偽りつめばらきらせみづからは 八幡六郎と申家の子相具
しおちし所に 師直が追手きびしく跡先をつゝまれ やう/\の
がれ御るすながらかけ込 首のあれば幸に是をもつて 敵を
たばかり討んとて らうぜきながら其首は八幡六郎がうばふたり

人の命のたすかることもうじやの為もあしからじ ゆるし
てたべとの給へば扨は塩冶殿のれん中か こなたは卿の姫宮
かの首は侍従 師直がむたいの手討首こそ父又五郎 皆師直
にいこんの者世をいきどほる兼好が もとより悪には組せぬ
といさみ給へば又五郎 師直めを討為ならば侍従が首は申
に及ず 幸手前に持合せた 此おやじが首も取てござれ
又五郎年よつてふかしいことは存ぜぬが 敵百人迄は請取
たと いひもあへぬにふもとにときをとつとつくり 雨のごとくに


48
とびくる矢さきはらひかねて「立いたる所に師直が
侍大将小林みんぶ ひたかぶと百騎斗庵の庭にこみ入て大
音上 ヤア/\兼好法師只今八幡六郎が 塩冶が妻の首と
偽りしは侍従が首 然れば女をあんじつにかくまへしにまぎ
れなし 此首をかへすからは塩冶が女房ひつ立帰る サアふんご
めもの共と首を庵になげこんで 我も/\とみだれ入さしつたりと
又五郎 鍬をつ取て立ふさがり ヤアさせぬ/\ かふいふは侍従が親 もとは
大内ひたきの衛士今は百姓 師直は娘の敵 お出なく共此方から

お見廻申そふと存じた かふならんだお侍 なんぼう取てもひ
とり前高が五石か八石か 十石づゝの太刀さばきでも 十本で百石
百本で千石 此おやじは鍬一本でなん万石か作り出す いくたりでも
サアござれ一足でも引まい為 ふんばちかつた又五郎サアかたはしからを
のればら 小麦畑に打返しみぢんになすびまくわふり すいくは
のたゝかひ時の運命は水の粟ひえ 名こそおしけれなばたけ
にえぐいも頭なたまめわり はらわた畠ふみ出しもとくび取てごんぼ
ぬき ちしほに染てまつかいなたうがらし畠にしてくれんと まつかう


49
かたぼねこしのほねすねくびひざ口きらひなく どろ田にぼおう
と打立/\ふもとの岡へと「追下すける所に 八幡六郎すか所
の手おひ敵二人を左右に受 あけに成て来りしが一人の敵すきを
見て 北のかたに飛かゝる兼好机をつ取て 受つはらひつかけへだてよ
ろぼふ所をおし付て 机の上にのつかゝり是六郎 此机でかいたはつれ
/\゛草今はきやつをきれ/\゛草 サアきれ/\といふ隙に六郎敵を切
ふせて はしりかゝつて一打に首打おとすぞこゝちよき 六郎いきもつ
ぎあへず 先目前の敵なれば追手の大将小林を たゞ一打と出んと

すれば 又五郎小林が まつかうに鍬打立えいや/\と引来り かつ
はとひつすえどう中をしつかとふまへ 鍬のさきで仕出しては 地頭殿
へはかるが百姓の法なれど 是は小林の新ひらき作り取にいたさんと
鍬ふり上てかうべより せぼね迄打立/\畑(はた)うつごとく打ければ 鎧
くさずり打さかれ 五鉢くだけてほねひしけみぢんになつてぞうせに
ける 六郎を始同音に手がら/\とおhめ立れば 又五郎かぶりをふつていや
/\そふでない 我百姓のことなればなだいこんを大じにかけ 鍬をつかひ
覚し故只今のはたらきは 畠にはへた土大ねのせいれい大こんの者 とは


50
いひながら なさけなや おやが大こんなればとて むすめの首
はかぶらじやとわつとなくこそあはれなれ 兼好も涙にくれ
何ごともぜんぜのごう 先此ふぉくろをはふむらん出兼好がいんだう
せんと どくろに向つてがつしやうし 鍬をつ取てえんさうなし なむゆうれい
汝元来土百姓の娘 土より出て土に入 三悪道のくはぬけて 仏のたねを
まくぞ嬉しき なむ仏なむ法なむ僧と ともにとなふるえかうのこえに
恥てしりぞく敵のせい あたも恨もわが心あはの なるとの波風もわた
りくらべて世の中を めでたくさとるいんとんのかみを 筆ぞ残されし 

 

   (『碁盤太平記』へつづく)