仮想空間

趣味の変体仮名

人倫訓蒙図彙 七巻(遊郭・演劇・庶民の芸能) 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592445?tocOpened=1

 

 

3

「嶋原(しまばら)の茶屋(ちやや)」丹波口(たんばくち)のちや

屋 此所は色里(いろさと)にかよふ おの

こ 三まいがた 四まいかたの お

ろせ にあしをはやめ そらを

とふがごとくにかけり 茶や近

くなりぬれは 六尺ひとり

先へはしり 茶屋のおもて と

をりさまに たれさま御出(おいで)と

つたふれが 内より よう御出

といふよりはやく 焼印(やきいん)の

あみがさもち来(きたり)ぬ 大臣

は衣紋(えもん)の馬場にて駕(かご)より

おり しのびあみがさ ふかく か

 

(挿絵内)「卸(おろせ)」「壱貫町茶や」

 

 

4

むり 朱雀(しゆしや)かの野邊のほそ

みちあゆみ 大門に入りぬ

入口のちや屋にて 又それ様

のおこしといえhば はやうご

ざりましたとこたえつゝ 大

しんのしりに付(つき)て あけや へ

おくり 門口より帰る たん

は口のちや屋は あけやへいり

て 其座をしめやかにつ

とめ 酒なとたべ おくり

むかいする事をつとめと

す 門の茶やにては はし

女郎を二尺一寸にてもて

 

なす はしけいせいのあけや

なり 夜るのきやくは せぬと

かや はしつほねにかよふなる

者は 大門口の価(あたい)にて笠を

かり 火おけやりたやすみそ

えて と はな歌うたうも

又おかし   「嶋原」都の遊女

町をしまはらといへるは 西(さい)

国(こく)の嶋原の城(じやう)くわへ 一方口(はうくち)

なるになぞらへて 爰も

かく名付しにや 傾城(けいせい)けい

国(こく)のおこりを 今 改(あらため)いふは く

 

(挿絵内)「壱貫町茶屋」「おろせ」「たいじん」「嶋原大門口」「出茶屋」

 

 

5

たなり いにしへは二条柳の

馬場のほとりに四町四方(はう)に

家作りせしを 其後六條へ

移りて三筋町(みすちまち)といゝて時

めきけれ共 猶(なを)都の町ち

かければとて 今の朱雀(しゆしやか)

にうつる むかしは あけ銭(せん)も

五三天神(てんじん)とて 五十三匁 弐

十五匁なりしを いつの頃よ

りか五十匁 三十匁 十四匁に

なりぬ 太夫(たゆふ)には引舟(ひきふね)とて

かこい女房一人めしつれら

るは きやうこつな事にお

 

もへとも 色このみの若(わかう)

人(ど)は おにのせんべい くふよ

り いとやすくおもひて か

よふとなり 色このまざらん

男(おのこ)は よけれと水法師(すいはうし)の

いたしもさる事ぞかし と

はおもへ共 辻風(つぢかぜ)とけいせい

には あわぬがひみつとかや

「久津輪(くつわ)」傾城屋の亭主を

くつわといふは 出所(しゆつしよ)いまた不(ず)

考(かんがへ9ある人のいふは 駒(こま)を乗(のり)

入るをば まづ くつわをはます

を 最初とす これ のり馬(むま)

 

(挿絵内)「てんじん」「かふろ」「やりて」「太夫」「くつわ」

 

 

6

をしたつる第一なり 此ことく

あまたの女子(によし)をかゝへおき そ

れ/\にしたつるは けいせいや

わさなり されば東西もし

らぬ女子 おやの手をはなれ

此うきふしのわさは 牧(まき)おろし

の駒のことくなるにより いふ

とかや   「揚屋(あけや)」女郎(ちよらう)諸分(しよわけ)

の会所(くわいしよ)なり 亭主 客へも

あいさつ愛嬌あれは かいて

もそれ/\に靏をうつなり

されは むよくなるを よしとす

「傾城(けいせい)」太夫(たゆふ) 天神(てんじん) 鹿恋(かこひ) 半弥(はんや)

 

横町(よこまち)都鄙(とひ)のもの 此所々 奉

公に出(いた)すなり 年(とし)のさため

は出入の手はのけてつとめ

十年ときわめて傾城の

ならいにて つとめのうちに

身あがりすれは そのあけ銭(せん)

親方への借金とつもり 年

季あきて此かねをたてね

は いたさぬなり つとめの

うち衣装と朝夕の食物(しよくもつ)

こそは おやかたより いたせ

そのほかは皆自分まかな

ひなり 世にくるしきわざ

 

(挿絵内)「やりて」「道中」「あけやていしゆ」「大じん」

 

 

7

は またとたくいなるべ

し あわれむべし/\

「野郎(やらう)」狂言役者男子を

遊女弥の女をかゝゆるご

とくにかゝへ置(をき)て げい

をしいれるなり 十四五

になれは それ/\に色

つくり芝居へいたし げい

よく名をとれは 我(わが)門口

に大筆にて 誰かや

どゝ名字(みやうじ)をしるし 夜る

は戸口に掛燈台(かけとうだい)に

名を書付(かきつけ)おくなり いま

 

だ舞台へいてぬは かげ

まといふ 他国をめくるを

飛子(とびこ)といふなり

「縄手水茶(なわてみつちや)屋」是は芝居

のそれ/\の名をいゝた

て のがみの札をうるなり

なじみのかた/\は茶屋

にこしをかけ 茶 たはこなとのみ 狂言をみる也

茶や あんないして

木戸をいれ よきとこ

ろを見立置(みたてをき) さて たばこ

ぼん ゆとうにちゃを入

 

(挿絵内)「はし女郎」「こうし」

 

 

8

ちやわんそへてもてくる

こゝにてはたでもする

なり

「木戸番」こえたかくわめ

くを第一とす あるが中

にも小芝居の木戸番

はさま/\の口をたゝく

狂言太夫」女かたの中にて

器量よく げいよくて 名

をとるを 其座の最上

太夫とするなり 三十よ

り四十におゆおひては く

わしやがた といふ

 

「立役(たちやく)」一切男の役をなす

を立役といふなり

「親仁方(おやちがた)」老人にさもら

しくにせ おちつきたる

をいふなり 家老職を

まなふをは実方(じつかた)といふ

なり   「敵役(かたきやく)」みるとそ

のまゝにくらしく 無理な事のみいゝ いかつがま

しき顔(つら)つきする 悪

人方ともいふ

「道化(たうけ)」うつけを第一と

し うそかましき事の

 

(挿絵内)「こんごう」「やらう」「なわて水茶や」

 

 

9

みいゝ なりふりまてお

かしげに見へ 見物のかた

/\わらいを催さす

「小詰(こつめ)」歩者(かちのもの)若党をは

じめ 一切人につきて

自身役をせさるをいふ

浄瑠璃太夫(しやうるりたゆふ)」浄瑠璃御(ご)

前(ぜん)のことをつくり ふし

をつけ かたりはしめし

とかや 中頃みやこの宮(く)

内(ない)左内(さない)とて 上手のあり

御代(みよ)御(ご)長久なれは いや

まし上手もいてきて 今

みやこにては嘉(か)太夫 角(かく)

太夫とて其名四方(よも)に

きこえたる名人あり

て 両流を田舎(てんじや)までも

もてはやせり

「人形遣(にんきやうつかい)」さま/\の人形

あり くびを左右には

たらかすは 宮内 左内

よりはしまるとかや 道(みち)

行(ゆき) 舞(まい) 女(おんな)がた かるわざ

をつくすを上手とす

 

   勧進餬部(くはんじんもらいのふ) 次第不同

夫(それ)勧進(くはんじん)とは在家の

 

(挿絵内)〈物真似 太夫本 仕候〉「女方太夫」「三番続 仕候」「くわしやがた」「だうけ」

 

 

10

男女(なんによ)に上なき仏法を

説(とき)きかせ 又は無常迅速

のことはりをしめし 無

明(みやう)の夢をさまするすゝ

めをなし これによつ

て法施(ほつせ)をうくるを勧進

といふなり 然は 施す

もの大いに功徳をえ 僧

は法施をなすの役者な

れば 衆生(しゆじやう)に功徳の鐘(かね)

をうへさするゆへに 僧

を福田(ふくでん)

とはいふ也 然るを

いま時の勧進は 己(をの)が

 

身すぎ一種にして 人

をたふらかし 偽(いつはり)をいひ

て施(せ)をとる 是全(まつたく)盗(ぬすみ)

にひとしき也 號(なづけ)て

唱門師(しやうもんし)といふ也

「鐘鋳勧進(かねいのかんじん)」我 過去 刧(こふ)

を思ふに 大法をもとめん

がためのゆへに 世の国王と

なる 五欲の楽に着せず

鐘をならして四方に

つぐると法花経(ほつけきやう)にみえ

たり 天竺にをいて 祇

園精舎にはしめて鐘

 

(挿絵内)「子やく」「おやぢがた」「悪人方」「わかしゆ」「こづめ」

 

 

11

をかくるとかや 此かねの

功徳ふかき事 諸伝に

くはし 当世 売僧(まいす)のでだ

てとして 遠江(えんきやう)他国の

寺号(じかう)を名のりて 鋳(い)も

せざる 鐘鋳(かねい)のすゝめ 文(ぶん)

匣(こ)のふたに古釘 古金(ふるかね)

をいれて持(もつ)もあり 紙

につりがねをえがきて

竹にはりて たからかに

いひめくる也 此罪(つみ)幾(いくばく)

のむくひならまし 地獄

の猛火(みやうくわ)は鐘鋳の鑪(たゝ)

鞴(ら)にはをとるまし

「針供養(はりのくやう)」むかし伝教(でんけう)

大師 此京開基(きやうかいき)のとき

王城の寅卯の間に針

をおさめて鎮護の地

祭をし給ふ これ針の

供養の出所(しゆつしよ)也といふ説

あれとも 其心大(おほき)にかはる

べし かれがいふを聞(きけ)は 女

中方 年中つかい 又は

折たる針の恩徳(をんどく)ふか

き也 それに供養をせ

されは地獄に落(おつ)る

 

(挿絵内)「上るりがく屋」「上るり太夫」 土佐掾 「人形遣」

 

 

12

此故に はかなき女童(をんな わらへ)

是におとろき銭を

とらるゝなり 益(えき)な

き事なれば 国土の費(ついえ)

ともいひつべし 智はす

くなく 愚はおほき うき

の世中(よのなか)そはかなき

「庚申代待(かうしんのたいまち)」庚申は日読(ひよみ)

の名によつて名づく 実(まこと)

青面金剛(せいめんこんかう)と申奉る

むかし摂州(せつしう)天王寺(てんわうじ)にはじ

めて天降(あまくだり)給ふ 其縁起

今にあり 此ゆへに

 

地所に庚申の尊体

を安置する事ならず

「門経読(かどきやうよみ)」当世 観音経の

訓読(くんどく)つれぶし 時行(はやり)もの

なり または日蓮宗の物

もらひ坊主は 経を読(よむ)

事掟(おきて)にて 鏘(りん)打なら

して白声(しらこえ)の息づみたる

風(ふう)あつてかくれなし

自我偈(じがげ)大かた片言(かたこと)也

「腕香(うてがう)」仏法をもとむる

には 身命をおしまぬ

事 古今の通法(つうはう)にして

 

(挿絵内)「かねいのくわんじん」「はりのくやう」「かうしん代待」「かどぎやう」

 

 

13

諸(もろ/\の)祖師(そし)其行跡あまた

なり 然ども 今(いまの)行人(ぎやうにん)は

これをふれありきて人に

みせ 食(じき)をもとむる手だ

てなれば 名は行(きやう)にし

て暁山(きやうさん)かはれり とかく

つらきは命かは

「箸供養(はしのくやう)」かれが しか

け針のくやうにひと

しく 年中の箸の恩

徳を報ぜされば 地獄

に落(おつ)る也とつと古風

のときは信仰したる

 

者多かるべし 今され

たる憂世にさへ 片辺(かたへん)

土にはたまさるれば

こそ 根からたゆる事は

なし   「御優婆勧進(おうはのくはんじん)」

伝聞(つたへきく)彼(かの)三途川原(さんづのかはら)には

すさまじき老女の有

て 迷土(めいど)に趣(おもむき)男女の一

衣(え)をはぎとり給ふと

かや 今生より此人に

馬をつなけば 余所見を

して通さるゝと みて

きたやうにまさ/\と

 

(挿絵内)「うでごう」「はしのくやう」「おうばくわんしん」「あわしま」

 

 

14

いふほとに女性(によしやう)の信仰

するは聞えたる事也

「粟嶋殿(あはしまとの)」かれが口上一から

十 皆誤(あやまり)なれども そ

れをたゞす者もなし

女の身にとつては第一気の

毒の病をまもり給ふと

いへば 愚なる心からおし

けなくとらする也 夫(それ)粟

嶋は紀伊国名草郡(なくさのこほり)蚊(か)

田(だ)にあり 其神は陽体(やうたい)

にして女体にはあらす

然をはり才天女(さいてんによ)の宮と

いふ也 わろふべし/\

「仏餉取(ふつしやうとり)」都の風俗とし

尋常念(よのつねいん)うる所の本尊

仏菩薩(ぶつぼさつ)に居なから毎朝(まいちやう)の

飯米(はんまい)の初尾(はつを)を捧(さゝく)る それを

竹筒(たけのつゝ)に入置也 今は寺々(てら/\)の

仏餉とり筒を持てすゝめ

にめくる也 合点したる所

には庭の隅に釣(つり)をきゝて

毎日如在なく取にまはる

なり 其様(さま)達者一種の坊

主老若にかぎらず編綴(へんとつ)

に菅笠(すけかさ) わらぢ 脚半(きやはん)し

 

(挿絵内)「おふつしやう」「うた念仏」「はちひしき」「ことふれ」

 

 

15

て杓(ひさく)こしにさし さもいそ

がしく口のうちにて何やら

いふと思へば 筒引(つゝひき)かたぶ

けて何のえしやくなし

に とつていぬるなり

「歌念仏(うたねんふつ)」夫(それ)念仏といふは

万徳円満(まんとくえんまん)の仏号(ぶつがう)也 然る

をそれに節をつけ うた

ふへきやうはなけれとも

末世 愚鈍の者をみち

引(ひき) せめて耳になりと

ふれさすべきとの権者(こんじや)

の方便ならん それを猶

 

誤ていろ/\の唱歌を作(つくり)

是をかねに合(あはせ)てはやし

浄瑠璃 説教のせずと

いふ事なし 末世 法滅の

表じなり かなしむべし

なげくべし   「鉢ひらき」

俗語也 是即(これすなはち)仏在世に

あつて頭陀(づだ)の行(ぎやう)なり

沙門(しやもん)は是持斎(じさい)の法にして

不過昼食(ふかちうしき)とて昼過ては

食せぬ法也 然ば斎料(ときれう)は

朝五つ前に乞(こふ)事也 末世

渡世の青道心 此分(わけ)には

 

(挿絵内)「おはらみこ」「はつちやうがね」

 

 

16

及(およひ)なし 脚絆 草鞋をし

めはきて 日(ひの)入るまて も

らひありく さても益(えき)

なき衣(ころも)かな 後の世こそは

哀(あはれ)なり   「事觸(ことふれ)」毎年(まいねん)

鹿嶋(かしま)の神前にして行(おこなひ)の

事あり 神必(かならす)人に託し

給ひて天下の吉凶をし

めし給ふと それを日本(につほん)

にあまねく告しらせけ

る事 此神官の役也 然ば

末世には是をもつて宮雀(みやすゝめ)

のすきはひとなして よいか

けんにあらぬ事まて たく

みなして 愚夫(くふ)愚婦(くふ)をたぶ

らかすとかや 了簡して

聞(きく)べし   「大原神子(おばらみこ)」大原(おばら)は

丹波の国にあり こゝに崇(あかめ)

奉る神を 天一位(てんいちい)大原大明

神と申て 神徳高く 利生(りしやう)

あらたなり これにつかへ奉る

神子(みこ) むかしは勧進にあり

きけるにや 今の大原神

子といふは 京のかたほとり

に住(すみ)て 人の忘れじぶん

にはありくなり 女は鈴を

 

(挿絵内)「念仏申」「はちたゝき」「くちよせとこ」

 

 

17

振(ふれ)ば 一荷(か)のかますをかた

げたる男 鈴をあはする

太鼓の調子そなはつて

一風有也   「八打鐘(はつちやうかね)」是も

歌念仏のたぐひなり 上(しやう)

古(こ)には念仏申て一心不乱

に踊けるを いつの頃にか

只一すぢに廻(まはり)はしめし

より 口に唱(となゆ)る念仏をも

略し 無二無三に巡るを手

柄にする也 みるにくるしき

世わたりなり   「念仏申(ねんぶつまうし)」

敲鐘(たゝきかね)といふ事 上古はな

 

き也 空(くう)や上人 如法真実(によはうしんじつ)

の行者(ぎやうじや)なれば 松尾(まつのを)の神

かたちを現して上人にあひ

給ひ 即(すなはち)門前にかゝりし

鰐口(わにくち)を引破(ひきわり)て上人にあ

たへ給ふより 是をならし

給へり 今の世の敲かね 是

也 夫(それ)発心(ほつしん)は無上菩提の

ため也 然るを末世には

世に有(あり)詫(わふ)る男女 渡世の

ために形を僧になり 衣

を着して鐘をならし 愚昧(ぐまい)

の在家をたらして米をとる

 

(挿絵内)「代神楽」

 

 

18

思案 文盲 不知(ふち)のやから

にて 仏号をさへすくには

えいはず まして発願(ほつくはん)と廻(え)

向文(かうもん)は皆片言なり 笑ふ

べし/\   「鉢敲(はちたゝき)」此元祖は

むかし空や上人の時代の

猟師なり 上人の庵室に

馴来(なれきた)る鹿ありしに 或斎

かきたえて来ず 上人ふしきに

おもひ給ひて猟師にとひ給へば

其鹿は我(わが)殺せしと申す 是に

よつて殺生の咎(とが)をいましめ

さま/\゛の御法(みのり)を説(とき)給へば 猟

 

師即(すなはち)一念発起して菩

提にいたれり 然共 渡世

の作業(さごう)外になきをもつ

て 茶筅(ちやせん)といふ事を教(をしへ)給

へり 又 無常のありさまを

一巻の書につくりて あたへ

給へり 是にふしを付(つけ)て瓢

箪をたゝき勧進をなす

時は二季の彼岸 霜月十三日

ゟ極月廿四日まで 昼は洛

中をうたいめぐり 夜は洛

辺(へん)の無常所(むしやうしよ)をめぐる 是

かれらが行なり   「代神楽(たいかくら)」

 

(挿絵内)「しゝまひ」「うたびくに」「にせしゆんれい」「つき?けうり」

 

 

19

伊勢より出るといへとも伊

勢にもかぎらす 此類は所々

にあ有とみえたり 夫(それ)神楽と

いふは神をすゝしめの舞

楽 乙女が鈴にあはせて陰

陽の調子 神道の太子にて

別に子細有事とかや 然る

を今 勧進の代神楽は舞

手の乙女もなく 只 皷 太鼓

ことやううにたゝきたてゝ 太

鼓打(うち)のつらつき狂人のやう

なるをみて うれしかりしか

のみならず 獅子か立て扇

 

の手をつかひ 一谷(のや)節(ふし)で舞(まふ)

最珎敷(いとめづらしき)事共なり 岡崎

女郎といふ鹿(しゝ)おとりなれは

神慮はいかゝ   「獅子舞(しゝまひ)」

悪魔を拂(はらふ)といふなり 出(しゆつ)

所たしかならす 獅子は天

竺の獣(けたもの)なり 神前に犬をおく

は ふぜうのものをしるゆへに

おくよしあればなり 日吉(ひよし)の

神事に田楽(でんがく)法師といふもの

獅子の頭(かしら)をかつぎて ねりわ

たる也 今その獅子舞は是を

うつしたる也 田楽法師むか

 

(挿絵内)「たかあした」「与次郎」

 

 

20

しはさま/\の芸をつくし

て舞かなでけるが 今はなし

相模入道(さがみにうたう)新座(しんざ)本座(ほんざ)の田楽

に泥(なつみ)たるよし太平記にみえ

たり   「歌比丘尼(うたひくに)」もとは清(しやう)

浄(じやう)の立流(たては)にて熊野を信じ

て諸方に勧進しけるが

いつしか衣をりやくし 歯を

みかき 頭(かしら)をしさいにつゝみ

て 小歌を便(たより)に色をうるな

り 功齢歴(こうれうへ)たるをば御寮(おりやう)と

号し 夫(おっと)に山伏を持(もち)女童(をんなわらべ)

の弟子あまたとりてした

 

つる也 都鄙に有 都は建仁

寺町薬師の図子(つし)に侍(はんべ)る 皆

是末世の誤(あやまり)なり

「似瀬巡礼(にせじゆんれい)」にせしゆんれい

うしろに三十三所と書

付 しゆんれいうたうたい

勧進をするなり およ

そ にせしゆんれいは 国所(くにところ)

または月日をかゝぬとか

や 世はさま/\のすきわ

ひあり さこそ ぼさつも

おかしくおわすらめ の

ちの世 おそろし   「高履(たかあしだ)」

 

(挿絵内)「太平記よみ」「さるまわし」「えひすまひ」

 

 

21

一つばの高木履(たかほくり)頭上に手

桶を頂(いたゝき)水を入(いれ) 首にはかね

をかけて聞わけかたき節(ふし)

をうたひて是をたゝく 鐘

のひゝき一風かはり物 是 行(ぎやう)

人がねとて別に有 銭をや

れば薄板に改名(かいみやう)をかく 桶

の水を櫁(しきみ)の枝にてそゝく 首

といひ足といひ 少(すこし)もよそ

みなならぬ節(せつ)らしい事な

れども しかゝつた職はやめ

られぬか 但(たゝし)なんぞ見つけ

かた事もありや 心のとはゞい

 

かゞこたへん   「与二郎」かれが

居所(いじよ)を非田寺(ひてんし)といふは む

かし清代(せいだい)の御時 世に便(たより)な

き者 病気の輩(ともがら)をやしな

ひをかせ給ふ所をいふ也 今

は与二郎が住家(すみか)となして

非人乞食(ひにんこつしき)の大将をし 二季

の彼岸所々祭礼の頃は

たゝきといひて 口はやなる

事をいひて物をもらう

此ゆへに たゝきの与二郎といふ也

太平記読(たいへいきよみ)」近世よりはじま

れり 太平記よみての物

 

(挿絵内)「あやおり」「門せつきやう」

 

 

22

もらひあはれ むかしは

畳の上にもくらしたれば

こそ つゝりよみにもすれ

なまなか かくてあれよかし

祇園の涼(すゝみ) 糺の森の下な

どにては むしえおしきて座を

しめ 講釈こそおこりならめ

それを又 こくびかたふけて

聞いる者もあるはなかるべし

「猿舞(さるまはし)」むかしよりありと

聞えたり 京に来たるは伏見

の辺 其外所々に住す 羽

 

織に編笠 腰に衛(え)ふ籠(こ)

をつけて米を入るゝ 中国

の猿にはさま/\芸をさ

するゆへ 猿牽(ひき)が腰に

道具おゝく付(つく)る也 此ゆへ

に こしに物おゝくつけたる

をば 猿牽(さるひき)といふ也 京は世(せ)

智(ち)成る所なれは 芸には及す

じぎをするが おくの手也

猿牽こえうたのふし分(わけ)て

備(そなは)りたり猿を馬の守りと

する事は 猿は山の父と称じ

馬は山の子といふゆへなり

 

(挿絵内)「はうか」「すみよしおとり」

 

 

23

とあいのふ抄に見へたり

「夷舞(えひすまはし)」津國(つのくに)西宮(にしのみや)より出(いつ)

るゆへに夷舞しと号す

西宮のさしむかひ 海をへだ

でゝ淡路嶋にも此流(なかれ)有

むかしは えひすの鯛を釣(つり)給

ひし所を仕形(しかた)にして 春の

始に出けるとなり 今は能

のまね 踊(おとり)のまね色々をつ

くす 浮沈(うきしつみ)ある 音声(おんじやう)一

風ありて かくれなし 世に

傀儡子(かいらいし)といふは是なり

「文織(あやおり)」かれが名をいふにはあら

 

す 二つ三つ四つの竹をもつて

上下へあけおろす手品を

いふ也 其意(こゝろ)は機(はた)を織(おる)には

横の糸をとをす時 竪(たて)の糸

上下をなす也 是織手の

あしのつかひやう也 今此業

よく似たるをもつて文(あや)

織(おり)といふなり

「門説教(かどせつきやう)」小弓引(こきうひき)伊勢会(あいの)

山より出る 此所のふし一風

あり 小弓はもとは琉球国

いたすとかや 小弓(こきう)に馬の

尾をはりて糸をならすゆ

 

(挿絵内)「さるわか」「四つ竹」「うたいうたひ」「風のかみ」

 

 

24

へかくいふ也 物もらひに種な

きとはいへ共 小弓引編木(さゝら)

摺(すり)は わきて下品(げほん)の一属也

「放下(はうか)」放下は字訓(じくん)の意(こゝろ

はなちくだす也 禅家にを

いて諸縁を打捨(すつ)るを放下(ほうげ)

するといふ其心也 縦(たとへ)は鼻の

上に立物(たてもの)をし 枕をかさねて

自由につかい 山のいもを鰌(どぢやう)に

するたぐひ 皆是变化(へんげ)ふし

ぎのていをなす事 万事の

当体(たうたい)を放下して物にとゝこ

ほりなき体にするゆへに

 

放下といふ也 あや折(おり) 金輪(かなわ)

つかい 皆放下(ほうけ)なり

「住吉踊(すみよしおどり)」住吉のほとりより

出(いづ)る下品(げほん)の者也 菅笠にあ

かき絹のへりをたれて顔を

かくし 白き着物に赤(あかき)まへ

たれ 団(うちは)をもち 中に笠

鉾(ほこ)をたてゝおとり おとのと

めは 住吉様の岸の姫松

てたさよ千歳楽(せんざいらく)万歳楽

といふゆへに 住吉おとりと云也

「猿若(さるわか)」一人狂言なり 或書に

云(いはく)滑稽優人(こつけいゆうじん)と注(ちう)す こつ

 

(挿絵内)「せきたなをし」「門だんぎ」「せんとう」「うばら」「せきそろ」

 

 

25

けいは人を笑すか事をいふ

今の猿若kロエなり 優人は

狂言師也と或説には猿若

といふは 永禄の頃 名古屋

三左(さんざ)が僕(ぼく)の鈍者(うつけもの)あり 三左

是をあひし 芝居にて狂言

しけるを 諸人もてけうしける

より此名はしまれりと

未(いまた)是非をしらず   「四つ竹」

長崎の一平次といふ者 志は

しめ有得(うとく)なるものにてあり

しが 芸は身をたすけぬ

籠のうづらとやらんにて

 

四つ竹ゆへに大坂にのぼり

芝居はられたり   「謡(うたい)」

ふかあみがさにつれ謡いか

さましだしはしさいらしく

耳をかたふけて聞(きけ)ば 其まゝ

かたはらのいたひもあり 一向

こぐちからさいく成もあり

中にも顔(つら)のかは念の入たるは

大道にてあいてなしに能を

する也 泰平の御代とて た

れとがむる者もなく すき/\゛

のむしがあつて足を留てみ

ている衆生(しゆしやう)もあり

 

(挿絵内)「まんさい」「たゝき」「さいもん」「やくはらい」

 

 

26

「風神拂(かせのかみはらひ)」世間に風気(ふうき)持行(はやり)

ぬれば 風の神をおひはらふ

とて 面をかつぎ太鼓を打て

物をもらうとをれといふて

もしこりかゝつて猶たゝく

かましきに退屈して一

握の米をはとらする也 諸

人の煩(わつらい)を己が身にうけと

り 世間無病なれば かれが

もうけなし 何にても時行や

まひといへば聞耳をたつる

あさましき業にて後世(のちのよ)

こそは不便(ふびん)なれ   「門談議(かとたんき)」

 

片言(かたこと)まじりの聞(きゝ)て 法文(ほうもん)一から十 不浄の説法也 うけかたき

法師の身となりて 法によつて地獄に落(をつ)るはさてもあさまし

き境界(きやうがい)かな   「雪駄直(せきたなをし)」あみがさきて 箱一つわきにかけたり

なをしかゝり尻すゆるとひとしく 火をもらいませふ と

らばこをのむ これさたまりの風俗なり   「船頭非人(せんとうひにん)やふ

れかさにやつれすか た西国の船頭てござるが播磨灘で船をわり

ましたと大かたは闇物(くらもの)也 巡礼 伊勢参 高野におさむる経書(きやうがき)此類

実(まこと)はすくなし   「姥等(うばら)」女の物もらい也 としは若けれともみつからq姥抔(うばら)

といふ 十二月廿日より出る 下京は五日六日の頃も出る也 赤前垂(あかまへたれ)に手拭

かつき いかきを手に持て姥抔いわひませうと幾人(いくたり)も連(つれ)に口々にわ

めきて門/\をめくる也   「節季候(せきそろ)」都鄙にあり 都には十二月廿日より

出る 節季にて候へば くるとしの福と 又 年の終(おはり)まて 何事なく をくりか

さねしを いはふ心なるべし   「万歳楽(まんさいらく)」年の初めてたきためしをいは

 

 

27

へば万歳楽とは聞た事也 此流(なかれ)諸国にあり 京に出るは大和より出る

中国は美濃より出る 乾菓子へは三河より出るなり 聖徳太子

時よりあるよし 太子よりえぼししやうぞくをくだし給ふと也 中

頃とりうしないしに又白河院の御代にことぶき仕(つかまつり)てより万歳/\

「鳥追(とりをい)」千町万丁(せじやうまんじよ)の鳥追とみつから名乗るなり   「祭文(さいもん)」此山

伏の所作祭文とていふを聞ば神道かと思へば仏道とかく其本(そのほん)

拠(て)さたかならす 伊勢両宮の末社に四千末社百二十末社

とゝいふ事更になき事にて此事神道問答抄(もんたうせう)といふもの

に記せり 多く誤(あやまり)有(あれ)ともしらぬが浮世也 それさへ有を江戸

祭文といふは白(しら)こえして力身(りきみ)を第一として歌浄瑠璃のせすと

いふ事なし かゝる事を錫杖にのせるは さてもかなしく勿体なし かけいて

の山伏とて檜杖(ひつえ)に頭巾 篠懸(すゝかけ)を着したり 山伏の峯入(みねいり)に順逆の二

流有 春入るを順と号し秋入を逆の峯といふなり   「ごほうらい」御拂(はらい)

 

といふ事にや山伏の厄払也 錫杖をふりて ごほうらい/\とわめき

通るかれにも同じやうにとらすれば祭文を読なり   「厄払(やくはらい)」節分

夜(よ)にあり くはらいを望(のぞむ)者 煎大豆(いりまめ)に銭つゝみてとらすれば寿命長久のすいた

事をたからかにわまえく 只二時(とき)斗(ばかり)世上の大豆(まめ)を打(うつ)間にめくる所作なれば いそがしき

事かぎりなし   「物吉(ものよし)」竹の皮籠(かはご)のすみぬりに

はりたるを負(おひ)て洛中を勧進にいづる 物吉(ものよし)といひそめしより儀縁(きえん)

よしとて名付しものなり