仮想空間

趣味の変体仮名

人論訓蒙図彙 三巻(作業部)

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2592441?tocOpened=1

 

 

3

   作業部(さぎうのふ) 次第不同

「茶師(ちやし)」茶はもろこしよりわたれり 建仁寺の開山

栄西(えいさい)宗国(そうこく)に入て 茶の実(み)をえて帰朝せり 又 明恵(みやうえ)上(しやう)

人(にん)栂尾山(とがのをさん)に植(うへ)給ふ 是始(はしめ)んまりとかや 中古にいたる

まて此山の僧坊 茶をつくりて業(わざ)とせりといひつ

たへたり 其後(そのゝち)宇治の里に植ひろめて 美風のmoえ

あそひとなり 茶会の法式さだまりて世につたはれ

り 煎茶(せんじちや)都鄙(とひ)に是をつくるなり  「農夫(のふふ)」夫(それ)農人(のふぢん)

の業(わざ)は国家の大要にして人をやしなふ功なり 此

ゆへに上(かみ)天子といへとも 賎(しづ)がわざをばよくしろし

めし 民の竈(かまど)のゆたかならん事をおほしめし 御めくみの御政(まつりごと)国土泰平の基(もとい)は 是民の業なり

 

 

4

「種蒔(たねまき)」農夫のことわ

ざ 春植(うへ)て秋納(おさめ)田が

へし種蒔  露にぬれ

雨雪をいとはず 寒

暑をもしのぐ 実(まこと)に

くるしきことわさ也

「田植(たうへ)」女の業なり 小(さ)

乙女といふは若き女の

かねぐろにして かた

ふかく こえやさしけ

に 田うたとてうたふ

一ふしの都にはぢず

 

やさしくも しのばし

くも みゆるをいふな

るらん  「耕(たかやし)」耕

作は盤古(ばんこ)大王の御子

にはじまるとも 又

天竺の融農(ゆふのふ)にはじ

まるともいへり 是即(すなはち)

毘沙門天王化身(けしん)也と

かや 田の守護天は毘

沙門天也 此天のいま

す国土は毎日白米の

降(ふる)所なり 又 米を菩(ぼ)

 

(挿絵内)「上林」「茶師」

 

 

5

薩(さつ)といふは 種の時は文殊(もんじゆ)

苗の時は地蔵 稲は虚空(こくう)

蔵(そう)菩薩 穂になる時は

普賢(ふげん) 飯(いゝ)の時は観世音(かんせをん)

菩薩なりと云々

「稲掻(いねこき)」𦥑引(うすひき)ひるは田を

かり いねこきのかせ

ぎをいたし 夜(よ)るは うす

引なり うす引yたと

て一風あるをうたふ也

「牛飼(うしかい)」草刈 牛馬の

食(はみ)物なり 草刈童(くさかりわらは)は

 

笛を吹といふ事あり

て 三路(ろ)の草刈笛なと

いひつたへたり 樵(きこり)は歌を

うたふ 樵歌笛(しやうがてき)とも

詩に作れり

「樵夫(しやうふ)」大原(おゝはら) 静原(しづはら) 高雄(たかを)

より柴をかつぎ出(いづ)る

八瀬(やせ) 市原 二ノ瀬 鞍馬(くらま)

なとより黒木(くろき)を馬に

負(おふせ)出る 夫(おっと)山へ行ば 女は

市に出るなり 其外 山

里より箸木(はしぎ) 楊枝木(やうじき)を

 

(挿絵内)「農人」「たねまき」

 

 

6

をきりいだすなり

「柴売女(しばうりをんな)」薪(たきゞ)とる賎(しづ)なり

爪木(つまぎ)とは 手にて折

ほどの薪なり 真柴か

るとも 爪木とるとも

歌によめり 都の邊(ほとり)

山里より薪をいだす

わきて大原木(おゝはらぎ)とて名に

たかし 此里より出柴

うり女の 白き帯に白脚(きや)

半(はん)して かいてのあれば か

つきたる柴を後(うしろ)さまより

 

みするなり むかし平家(へいけの)

運かたぶきて後(のち) 女院 大

原のおくにすみ給ふ 其下(げ)

女(す)ども此所に住居(すまい)しか 世

わたり よすかなふして

柴をうりけるが さすが

おもてを恥て うしろ

むきでみせける 其遺風

なりとかや 最(いと)殊勝の

因縁なり

「杣人(そまひと)」山彦のこえなら

て おとする物なし 岩

 

(挿絵内)「苗持」「田うへ」

 

 

7

もる水に渇(かつ)をしのぐよ

すがならて 人家もな

き所を住家(すみか)となし 見

上るもはかりなく 石お

ろすも底ふかき数百丈

峯をわけ 猿猴(えんこう)ならすし

て梢をつたふ業 危(あやうき)をわ

すれ 身をかへりみざる

も 世わたるほと くるし

きはなかるべし

「筏師(いかたし)」奥山より伐(きり)

くだして川水(かはみづ)にうか

 

ふるを組合(くみあはせ)てこれに

乗(のり) 竿(さほ)さしくだすを 筏

師といふ也 都鄙に

これ有 中にも嵯峨(さが)

の大井川の筏歌によ

めり

「塩焼(しほやき)」汐汲(しほくみ) 汐水(しほみつ)は女の

業(わざ)として これ汲(くむ)也 同じ

海辺の者なれば 魚(うを)と

る海人(あま)になそらへ 汐

汲海人ともいへり 汐は

海にて汲(くみ) 薪は山にも

 

(挿絵内)「耕」「稲掻」

 

 

とめてこれを焼(やく)ゆへ 薪

とる老夫(らうふ)を 塩木(しほぎ)の翁(おきな)

ともいへり 誠に塩

やくありさまみるに くる

しき業なり 人家は

なれたる海辺(かいへん)にて

焼ぬれば 朝夕に立

のぼるけふりの風にした

がひて さま/\の風

情をなすは 又くらべ

みんものなきゆへ しほ

屋の煙とて これを

 

あひし 歌人もこれ

をめてゝ和歌には

詠ずるぞかし

「渡守(わたしもり)」近江路(あふみし)や 矢橋(やばせ)

の渡し 名高き渡し也

是は瀬田(せた)にまはれば

やすく陸路(くがぢ)あれとも 急(いそきの)

旅人はこれに乗る 古歌

に ものゝふの 矢橋の舟は

はやくとも いそがば

まはれ せたの長はし

舟渡(ふなわたし)にさま/\あり 所

 

(挿絵内)「牛飼」「樵夫」

 

 

9

の主の役義なれは 領内

において橋のかけられ

ぬ川には 渡守に扶持

とらせて船を造(つくり)て こ

れをわたすなり 然るに

案内不知(ふち)の旅人 渡し

場にさしかゝり 此渡しは

銭を取にやと思ふけし

きあれば 偽(いつはり)て 銭を

取所(とるところ)あり これ大なり

誤(あやまり)としらず 欲に

天命をしらぬは いとも

 

はかなきためしなり

「石売女(いしうりをんな)」所の法にて

一日に一駄の外(ほか)はゆる

さすとかや

「伏見下り船(ふしみくだりふね)」伏見より大

坂にくたる道 行程(きやうてい)

十三里を只一夜に

寝て行じゃ最(いと)やすき

なり 上り船は時により

風によりて遅速(ちそく)の

事あり 此船は京 角(すみの)

 

(挿絵内)「柴売女」「石売女」

 

 

10

蔵(くら) 是を領するなり

船頭は いづくも同じ

けれと風俗かさ高にし

て 我まゝなり 三十石

のぼり一人弐匁 馬一駄

四匁なり 今いせといふ

船 一番は伏見を五つに

出(いだ)す 船ちん一匁 又は 百

文 時により高下あり

三十石の下り船は 淀(よど)よ

りくだす 是は四つより

九つまてあり 船ちん

 

五分(こふん)時により高下

あり

「蜑人(あまびと)」海人(あま)の業(わざ) 夫(おっと)

船をさせば 女は水底(みつのそこ)

に入る 魚(うを)をとり 貝

をとり 其外海草(かいそう)を

もとるなり 海人の

いさり火といふは 船に

ともすかゝり たぐ縄と

いふは こしにつれて海

に入事あり 其縄

をうごかせば引(ひき)あぐる

 

(挿絵内)「杣人」「筏師」

 

 

11

事あり これをいへり

皆和歌にも是を

詠ず まことにくるし

き業なり

「漁人(きよじん)」海の猟師なり

釣針を垂(たれ) 網をおろ

し 其名一つならす

一切の鱗(うろくず)目にふるゝ

を幸(さいはひ)にとらすといふ

事なし

 

「船頭」船人(ふなびと)行衛(ゆくえ)さだ

めぬ 海にうかみ 風を

便(たより)にこぎ行(ゆく)船人こ

そ 思へばあやうき業(わざ)

なり ある時は日和(ひより)よし

とよろこべば 風俄に

かはりて岩打(うつ)波に

枕をくたき 千尋ちひろ)の底

にしづみ 或時は雲に

ひとしく 空にものぼ

り 心をちゞにくだく

なれい 然(しかれ)は いつれにも

 

(挿絵内)「塩焼」

 

 

12

順風をえつれば 陸路(くが)

行(ゆけ)ば」くるしむ道とも

只一時(とき)に思ふかたにつ

く時は 又捨(すて)がたき物な

りと思ふはかりのたの

しみにて おゝくのくる

しみをばするならし

「鵜遣(うつかい)」早瀬に船をう

かめ あまたの鳥のつな

を手に持て それ/\

にさばき 鳥 魚を

 

とれば ひきあぐる

所作大かたならぬ早(はや)

態(わざ)なり 罪も報(むくひ)も

わすれはてたるあり

さまは あはれはかなき

罪業なり むかし甲斐の

い沢川の鵜遣(うつかい)しゝてうかみか

ね 妄者(もうじや)にて貴(たっと)きちしき

に罪を さんけ しけれは 御僧

妙(めう)の一字を 一石に一字づゝ

書付 とむらいありし功力(くりき)に

よつて うかみしとなり

 

(挿絵内)「渡守」「高瀬舟

 

 

13

「鯨船(くしらふね)」船のありさ

籏(はた)をさして船をかざり

漁人(きよじん)さま/\出立(いでたち)し

て 四人乗の船 十二艘

を一組と云(いふ) 其中(うち)一人

くじらつきあり これ

を䇢抱(はさし:筈指?)といふ 突(つく)を守(もり)

といふ 或は一番につ

くを一のもり 二を二の

守といふなり 互(たがい)に

手がらをあらそひ勝

 

負をなすなり

 

「猟師」狩人(かりうと)ともいへり

鹿を追(おふ)猟師山をみす

といへり まことに身

をたつるわざととて 若(そこ)

干(ばく)の罪をなすは 人(にん)

界(がい)のならひぞかし ある

が中に 狩人のわさは

殺生をことゝすれば

 

(挿絵内)「蜑人」「漁人」

 

 

14

そのむくひ何とての

かれんや 一切の有(う)

生(しやう)はみなこれ世々(せゝ)の親

類なれども 恵眼(えげん)くら

ければ 見しる事な

し 昼夜に業(ごう)をつ

くり 野にふし 山を

家とす まことになげ

くべし かなしむべし

 

「綿師(わたし)」農夫の業と

してこれをなす 桑(くわ)

を植て蠶(かいこ)をやしなひ

ついにそれを煮ころ

して わたをなすなり

此作業(さごう)おほく殺生なる

ゆへに 戒律の僧は

絹類(けんるい)を身にまとはれ

す 是仏のいましめ也

「炭焼(すみやき)」あやしの山

賤(がつ)の業をも こゝろ

つけて観(くわん)すれば 心を

 

(挿絵内)「船頭」「鵜遣」

 

 

15

延(のふ)るたよりなり 槇立(まきたつ)

山のおく 桧原(ひはら)のかげ 岩

のかけ 道たと/\しく

谷ふかき木(こ)の間より

立のほりたるけぶり

ありさま 世にたぐひ

なきは炭かまの風情

なり かさねの衣はうす

けれとも 冬の寒さを

よろこふは 炭やく翁の

心 世(よ)わたるたつき程か

なしきはなかるべし

 

「円座(えんざ)」唐土(もろこし)にはしま

れり 弘法大師帰朝

のゝち 讃州にてこれ

ををしへつくらせ給ひ

しかば 彼(かの)国の名物

となりて さぬきえん

ざ城といふ

 

「筵打(むしろうち)」釈尊 鹿野園(ろくやおん)

にして御法(みのり)を説(とか)せ給

ふとき 草葉(さうよう)を座とし

給ふ これ草筵(そうえん)のはじ

めとかや』山賤(やまがつ)のわざ

 

(挿絵内)「一番」「鯨船」「二番」「七番」

 

 

16

としてこれをつくる

都へももち出てこれを

売(うる) つねに商(あきなふ)所は堀

川通の上(かみ)高倉通三条

上ル丁 其外はし/\゛に

あり

「土器師(かわらけし)」むかし賀陽親王(かやのみこ)

作(つくり)はじめ給ふとかや 此御子(みこ)

細工に妙(たへ)なるよし 古(こ)物

語(かたり)にしるせり 都は嵯峨(さが)籏(はた)

枝(えた)深(ふか)草里(さと)につくる 大内にさゝ

くる時は 烏帽子装束してま

 

いるなり 江戸浅草竹町 作手(つくりて)

弥左衛門 誠に上古よりの器(うつわ)

物なり

「瓦師(かはらけし)」唐土(もろこし)の堯帝(きやうてい)

の御代(みよ)にはじまれり

京は三十三間(げん)の南門の前

深草の瓦町 江戸浅草

大坂は神橋(じんばし)筋(すぢ)にこれ

を作るなり

「焼物師(やきものし)」土器(どき)の焼物 茶

碗 茶入 花入 壷 皿抔 其

品(しな)おほし 肥前唐津

 

(挿絵内)「猟師」

 

 

17

はじめとして都に

おいても所々にあり 御(お)

室(むろ) 音羽(をとは) 御菩薩池(みそろいけ) 粟田(あわた)口

抔にあり 是を陶人(たうにん)と

号す 陶(すへものつくり)とよめせたり

「火桶作(ひおけつくり)」火鉢 火桶は奈(な)

良御門(らのみかど)の御時にはじま

れるとかや 梧火桶(きりひおkw)といふは

俊成(しゆんせい)卿の作なり 大仏の

邊(ほとり)深草(ふかくさ)のさとに作る老

人の抱(かゝへ)て寝(ねる)ものなり 俳

諧発句 だいてねてもは

 

だはゆるさぬ火桶かな

歌書(かしよ)に桐火おけといふ

ものあり 定家作といふ

「臥座打(こさうち)」上敷(うはしき) 畳表(たゝみおもて)

なと これも民家の業(わざ)

として都にいたす 丹

波 近江にこれを造

る 備後につくるは別(わけ)て

名物なり 絵筵(えむしろ)は都に

おいてこれを造る也

其外 夷中(いなか)よりもいだ

すなり

 

(挿絵内)「綿師」「炭焼」

 

 

18

「占師(うらないし)」算置(さんをき)とも伝聞(つたへきく)

周易(しうえき)は伏義(ふつき)にはじまり

これによりおこつて断易(たんえき)三

世相(せさう)の法(ほう)なり 日本にしては

賀茂の保憲(やすのり)天文道に

達せし其流(ながれ)なりとも

又は 伯道(はくたう)上人より安倍晴明

相伝すともいへり 都には

所々(しよ/\)に名人あり 俗語に手

占(うらない)見通しなとゝて信仰(しんかう)す

る也 伊勢 近江 讃岐なとに

此なかれあつて 諸国に

 

出(いづ)る也 中にも かるゆき 成は

道のかたはら 門のすみに う

づくまりいて 下輩(げはい)の男女(なんによ)

を相(さう)する也 判(はん)の占(うら) 五音(ごいん)

調子の占 品々あるとかや

「石伐(いしきり)」道具に矢(や) 土龍(うころもち) 玄(げん)

能(のふ)なといふものあり 鉄に

て是をつくる むかし下野(しもつけの)

国(くに)那須野原(なすのはら)の殺生石(せつしやうせき)を

玄能禅師(げんのふぜんし)一句をしめし

持念(ちねん)あれば悪霊石を分(わけ)

 

(挿絵内)「円座」「蓙打」「土器師」

 

 

19

て出しより石割(いしわり)を玄能と

号す 都の北白川の里は

石を伐(きり)いたして業とす

溝石柱(みぞいしはしら)の束石(つかいし)につけて

京に出(いつ)るなり 町にて石

伐(きり)住所は寺町通上(かみ)にあり

大坂は横堀にあり 大坂石は

御影山(みかげさん)の名石(めいせき)なり

「漆掻(うるしかき)」漆はよしのを名物

とす 其外諸国にあり

是も山賤(やまがつ)の業として木を

 

植て これをとるなり

「葛根堀(くづのねほり)」葛は吉野ゝ(よしのゝ)

葛 名物なり

「蕨根掘(わらびのねほり)」わらびの粉(こ)に

これをもちゆる いつれ

も賎(しづ)がわざなり

「車遣(くるまつかい)」鳥羽(とば)白川の車

借(かし)と古語にあり 大津

伏見 京 川原町の北 同(おなしく)三

条の下(しも)にあり 江戸柴(しば)に

 

(挿絵内)「鋳物師」「火桶作」「臥座」

 

 

20

あり するが三ヶ(か)所ならでは

外にはなし 土石万物に

いたりて載(のせ)すといふ事

なし 天帝は飛車に

乗じて世界を飛行(ひぎやう)し

給ふともあり 唐土(もろこし)には三(さん)

皇(くはう)の御車(おんくるま)よりあるとか

や 日本にしては仁徳天皇

大原野行幸(きやうがう)にめされし

とかり 是は止事(やむこと)なき御

車 其かたちをうつして

今は物を運(はこふ)の器(うつはもの)とす

 

「梃者(てこのもの)」普請の場 又は大(たい)

石(せき)大木を引動(ひきうこか)す役也

鴟口(とびぐち)をもつて打立(うちたて)て

引事(ひくこと)もあり 是によつ

て鴟者(とびのもの)といふは鴟口と

いふ事ならし

「木遣(きやり)」大木 大石を引(ひく)に

力をつけ勢(せい)をかけていさ

むるの役人なり 今は石築(いしつき)

もこれをなすなり えい

このなかの つなはやさ

 

(挿絵内)「占師」「石切」

 

 

21

ぬかと あふきをあけてま

ねきしは めさむる心ちそする

「乳子買(ちごかい)」子を生(しやう)じて思

案有(ある)をば里につかはすは

むかしよりのならひ成(なる)べ

し 然(しかれ)ども いづくに里

子をあつかると さためが

たきは此事也 然るを

乳(ち)を持たる女 里子とり

たいのそみなれば 其者の

肝煎(きもいり)にたのむ 其肝煎

を乳子買(ちごかい)といふ也 折節(おりふし)

 

入口の当(あて)なければ則(すなはち)彼(かの)

乳有女(ちありおんな)を引つれて 何(いつ)

所(く)をさすともなく 町

/\にて ちごかをう とわめ

きめぐる也 かやうの女 幾(いく)

人(たり)もありく事なれとも

それ/\の機縁(きえん)ありて子

をやしなふ 誠に広き

は都のうちぞかし

 

(挿絵内)「漆掻」「葛根堀」

 

 

22

「紙屑買(かみくづかい)」女の作業とし

てふくろをかたにかけて

洛中洛外をめくり 諸々

の紙ぎれ 反古(ほんご)のやふれ

かみとさへ名のつくものな

れば浄不浄をえらはす

買ありきて直し屋へうる也

「砂土売(すなつちうり)」痩牛(やせうし)に縄袋

をかけて土をもり砂をも

 

りて売に出る 一人して

何疋もひくゆへに 往還の

人に障(さはり)をなし 人に瞋恚(しんい)

をもやくさし 聊(いさゝか)遠慮なく

して うき世をわたるは

此牛牽(ひき)ぞかし 六尺五寸の

誠にはかりて砂十三匁

砂利三十匁 土二十五匁 大(おほ)やう

是也 然とも道の遠近に

よりて高下有とかや

 

(挿絵内)「蕨根堀」「車遣」

 

 

23

「魚荷物(うをにもち)」丹後 若狭より

京に上(のぼ)るは負(おい)て来(きた)る 大

坂より西南(にしみなみ)の魚(うを)を大坂に

つきしを京に上すは 籠

に入て夜通(よとをし)に走来(はしりきた)る

暁山切(ぎやうさんせつ)なる事なり

籠壱つ四分にて 幾籠

も荷(になふ)なり

 

「飛脚 (ひきやく)」江戸大坂をはじ

め 所(しよ)/\の飛脚 有て 所

をさためて通ふもあり

又 何所(いつく)成(なり)とも やとひ次第

に行(ゆく)もあり 江戸六日切(きり)

荷物壱貫目に付六匁 二駄(だ)

負(をひ)壱貫目に付三匁五分 伊

勢へ同八分 加賀へ同二匁

但(たゝし)冬は雪中ゆへ高下有

尾張へ壱匁五分 奈良へ五分

高野(かうや)へ八分 紀州へ一匁也

 

(挿絵内)「梃者」「木遣」

 

 

24

「馬方(むまかた)」馬方節(ぶし)とて一ふし

有は 船頭に船歌(ふなうた)有がご

とし むかし大内の御調(みつぎ)を

はこぶい馬追(むまをい)がうたひしは

催馬楽(さいばら)といへり 上様方(うへつかた)へも

用(もちい)給ひ一風(ふう)有事にて 源

氏物語なとに引(ひき)もちへり

当世は只辰巳あがりのこえ

して小室ぶしなり こえ高

にして何事にも先(まつ)片肌ぬ

くはかれらか風俗也 馬の腹

 

当(あて)に門出吉仕合吉(かとてよししあはせよし)なとしる

したるは 乗(のり)かけの旦那を

祝(しう)したるゆへ 人のすく しか

けなり 曲有(わざある)馬には踏(ふみ)馬と

鞍の後に札をつけたるは是

律令の格式なり

 

(挿絵内)「乳子買」紙屑「砂土売」

 

 

25

「駕籠借(かごかし)」都鄙(とひ)の者是

をいとなむ 当所(あてど)なき時は

辻々に立居て往還の貴

賤に駕籠やりませうと

いふもむつかしき業也 乗

せるとひとしく肩にかける

より 何(なん)ぞに付(つけ)て乗手(のりて)に咄し

をしかけ 只口なしに行(ゆけ)は 是

を己(をのれ)が力にして行也 それ

とは知(しら)ず 野火(やぼ)なる乗手 気

作(さく)なる男哉(かな)と思ひて 乗手より

調子にかゝつて話せば知(しら)ぬ事

 

なふ間に合(あい)の空言(そらごと)を出るにま

かせて積(つもる)也 扨は相肩(あいかた)と互の

咄しに昨日の乗手は奇麗な

旦那也 銭を下されたが其様な

仕合(しあはせ)にまた逢ぬなとゝいひ 又はそい

つはしわいやつてはなかつたかなんと乗てにきをもたするしかけ 頓て此方に

は通(とを)てをるをも知ず 又己が同志きり

ばんとうぶり さいなん ぐうぢ なと云こと

ばゝ 定(さため)てわけこそあるらめ 分て

下品の業也 相てにすべからす

 

(挿絵内)「魚荷持」「飛脚」「馬方」

 

 

26

「旅籠(はたご)や」 旅行の人を

留(とゝ)め 借(かり)のやどりをかして よわたるよす

がとせり 誠に一樹の陰の雨宿(あまやどり)一河の流を

汲も他生のえいんしとかや 知れに知ぬ人

をとゝむるもひとかたならぬ事ならまし 心

すなほにして愛有(ある)を吉(よし)とす さはならて

はぎとらぬ斗につらく当るは誠に報(むくひ)は

遠かるへからす 情もつらきも身にしみて

よく思ひしるは 旅のならひなれは 情(なさけ)心こそ

あらまほしけれ 出女(でおんな)の挨拶留(とゝめ)る時 夜(よ)に入

 

ては抜群に違たり 扨も

あついはつらのかわ

「おちやない」都の物 常(とき)

磐(は)といふ所より出ると

かや 女のかしらに袋を

いたゝき 髪の落(おち)をかい

かもし(髢)にして売買(うりかい)世渡

るわさとす それを お

ちやないかといふて 町を

あるくなり 昼の八つ時

よりいつるなり ようす

ある事にや

 

(挿絵内)「駕籠借」「旅籠屋」「そは うとん きり」

 

 

27

「袂義坊売(たんきほううり)」こまかなざこ

をおけに入 にないあるき

だんぎほうとうるなり

是をみやこの幼少成(なる)子

とも もとめ 水鉢又は泉水

にはなち なくさみとする也

「山榎皮」女のかしらにかま

すといふものをいたゞき

山椒の皮めさぬかと京

の町うるなり くらまより

いつるを名物とす

 

(挿絵内)「山椒皮売」「たんき坊売」