仮想空間

趣味の変体仮名

安政見聞誌 上

読んだ本 https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/wo01/wo01_03754/index.html

 

1

安政見聞誌 上

 

2

天災の免かれ難きことは。堯舜(きやうしゆん)の御代(みよ)に九年の洪水あり。湯(とう)の

時に七年の大旱(ひでり)ありと云へば。非常の天災有。聖明(せいめい)の御代

とても遁(のが)れ難きこと知りぬべし。されば方今(たゞいま)。万民太平の

御代の。御恩澤(ごおんたく)に浴(よく)し。往古(むかし)より様々の天災ありて。厄(やく)を

蒙(かうむ)り。非命(ひめい)に没したることなど。聞(きく)といへども。只ものゝ本。年

代記のうへ。或は老翁(としより)の茶話(ちやのみばなし)とのみ。おもひ居たるを。近

畿内(きない)より東海道。相模(さがみ)辺(へん)まで地震津嘯(つなみ)の災厄ありて

人民(ひと/\゛)おほく死亡せるよしなれども。大江戸近くには其憂(う)

患(れい)なく。諸人快楽(けらく)安逸(あんいつ)に。恒(つね)の産(なりはひ)を守りて。是はた余處(よそ)

 

 

3

の事ととのみ。聞過(きゝすぐ)し居たりしに。今年安政二年十月

二日夜亥時。大地震ありて。大江戸近国四方廿里ばかりは。皆

此(この)災(わざはひ)にかゝれり。その中にもとりわき大江戸市中を以て

太酷(はなはだ)といはんか。抑(そも/\)其(その)地震の發(はつ)するや地震に大蛇(いしびや)の音の如き

響(ひゞき)ありて。忽(たちまち)地上激浪(あらなみ)のうつ如く震動(ふるひうこ)き。地裂(さけ)天墜(おつ)るかと

驚かれ。見る/\百万の人家。倉庫(くら)神社仏寺。傾覆(けいふく)し。是が為に

打殺(うちころ)されしもの。幾(いく)ばくといふ数(かず)をしらず。或は梁におされ

或はくじけし柱(はしら)にはさまれ。又瓦(かはら)屋根。二階の下に。敷(し)かれ

土蔵の壁土(かべつち)に埋(うづ)もて。などしたる。男女老少(ろうせう)。泣(なき)さけび

 

助けてくれよ。起(おこ)して給はれと。よばはる声。もの凄きに。火

また四方より炎々(えん/\)と燃出(もえいで)。燄(ほのほ)天をこがすといへども。人々畏(おほ)れあはて

たるをりからなれば。心神混乱し。酔(えゝ)るが如くにて防(ふせ)ぎ消さん

とする念(ねん)なし。火は四方を遠近。はかりがたしといへども。三十余所(よところ)

ばかりに見え。あれのゝ方より。風ふき来るとも。市中(しちやう)残る方

なく焼けなんこと必(ひつ)せりとみゆ。さえうを其夜幸(さいは)ひに風常(つね)より

も静(しづか)にして。火勢(くわせい)弱く。火さき遠(とを)きに及ばざれば。火消(ひけし)人足

なども。甚(いと/\)すくなかりしが。暁(あかつき)ちかくなるころこと/\゛く消しおふせ

たり。是しかしながら災(わざはひ)の中の幸ひにして此夜(このよ)風なきは

 

 

4

産土(うぶすな)の神々の守り給へるなるべしと。諸人いひあへり。扨(さて)

夜明けて後(のち)。遠近(をちこち)のありさまを聞に。其噂(そのうはさ)とり/\

にて虚実とりまじへて。證(しよう)としがたき事のみおほかれば。予(おのれ)

四方の知己(ちき)を訪(とぶ)らふついで。その處々(しよ/\)のさまを見るに随(したが)ひ

是(これ)を図(づ)し。聞(きく)にしたがひ是を記(しる)し。後(のち)生の児輩(こどもら)に。此災厄を

知らで。枕を高く安らかに眠(ねふ)れる

御代(みよ)のかたじけなさをしらしめんとて。一つの冊子(さうし)につゞり

おきぬ同じ大江戸のうちにも。其災厄(わざはひ)に軽重(けいぢう)あること

など。よみもて知り給へといふ

 

   凡例

一、今度の地震より火災起(おこ)り武家寺社(じしや)町家(てうか)に至(いやる)迄御府内(ごふない)及近国(きんごく)隣国(りんごく)

まで響(ひゞか)ざる所なし依也(これにより)異変有所(いへんあるところ)を穿鑿(せんさく)して後代(こうたい)の便り(たより)にせんと思へ共

至り見盡(つく)す事能(あた)はず御府内すら数日の巡見(じゆんけん)を得て此書(このしよ)のごとく

記すと雖(いへども)悉(こと/\゛)く知ることかたし猶(なほ)漏(もれ)たる所も多かるべし

一、①如此(このごとく)記したるは其消失火元を知らんに早く方位を分る便(たより)とする也

遠国他境(たけう)の人其見んとする所は此番(ばん)を引(ひい)て志(こゝろざ)す所を早(はや)見出しとす

①、寺社の破損数ヶ所にして異変の事共亦(また)多し是等(これら)他境の人に

語(かたら)んと思へ共其数量りがたく僅(わづか)に四五を挙(あぐ)る

一、御救(すくひ)小屋施入亦町々施行(せぎやう)人の丹誠(たんせい)更にめて度(たく)数多の財宝(たから)を散(ちら)し

窮民(きうみん)を赦ふ事仁情(じんせい)の最上(さいじやう)と称すべし依之五ヶ所御小屋へ施入(せにふ)の

分は其人の住居(すまい)の所へ記し一小屋限り施入は其小屋の所へ記す

一、此書中(しよちう)に所々(しよ/\)潰(つぶれ)崩(くつれ)破損等(はそんとう)の語(ご)多し是皆其所の破損の大小

を分る為にして崩は形(かたち)残り潰は凡消失の如くと知るべし

 

 

5

     標目

壱 日本橋南方京橋迄東西町々

   南伝馬町三丁目四方蔵之図

   同御堀ばた男女野宿之図

   地震之怪音をはかる図

   鯰釣人にかゝりたる図

   大川端南北の堀箱崎永代迄

   同仲丁騒乱之図

   和倉木場より寺町之邊

   伊勢崎丁東方洲崎大橋迄一図

新大橋東方本所籾倉之邊

   南北森下丁より高橋之邊

   同当方猿江邊所々武家町家

   本所天神川堤より江戸一覧之図

   回向院施餓鬼之図并川柳

 

   小名木川筋所々武家町家

   本所徳右衛門丁邊所々

   同相生丁消失崩所

   同東方花丁邊消失

   本所石原邊武家町家

   同所仲之町石原迄所々

   同荒井町邊消失崩所

   同北割下水邊所々

   本所五つ目邊消失崩所

   亀戸天神門前より法恩寺まで

   小梅より出村丁邊所々

   千住小塚原消失崩所

 

中之巻

   吉原郭中衣紋坂まで

   村山源兵衛話説之図

 

 

6

    吉原消失之図説

    同崩家騒乱之図説

    遊女黛施行御褒美一条

    吉原弥説寄談色々

廿一 同日本堤田町消失場所

廿二 浅草橋場寺院民家

廿三 同今戸より真崎の邊

廿四 同馬道通寺院町家

廿五 同猿若町一図消失

廿六 浅草寺門前より茅丁迄

    同観音境内之画図

廿七 乞胸之構内消失崩家

廿八 浅草新寺町邊所々

廿九 下谷山崎丁武家町家

三十 上野御山内より広小路邊

卅一 御成通より西之方所々

 

    覚泉院下女忠節之事

卅二 池之端中町邊所々

卅三 根津社門前町

卅四 下谷坂本邊武家町家

    本郷邊麹室崩の図

    同旗之銘説奇談

卅五 小石川水道橋外所々

卅六 同牛天神邊武家町家

 

 下之巻

    四ツ谷御門内之図

    半蔵御門之図

卅七 新シ橋より兼房丁邊

    品川大船の図説

卅梁 袋井丁消失迄邊崩所

    芝神明前之図説

 

 

7

    仙台候御仁恵之事

卅九 鉄砲洲消失崩所

四十 幸橋御門内武家

四十一 日比谷御門内同断

四十二 護持院原より小川丁一図

四十三 同北方小石川御門内所々

      荒布橋より所々土蔵見る図

四十四 八代洲河岸大名小路

      馬場前忠孝之図

四十五 和田倉御門内所々

四十六 大手前消失崩所

     地震後騒乱の図説

    

右通斗四十六章 画図弐十八葉談焼崩所等

其地邊に詳なり三巻総標目畢

 

日本橋ゟ南方中橋名で表側破損  一勇斎 国吉

少し同所西方西河岸(にしがし)ゟ呉服丁数寄屋丁

桧物(ひもの)丁上槇(まき)丁南槇丁桶(おけ)丁辺破損

同南方四日市(よつかいち)平松丁小松丁

箔屋(はくや)丁福嶋丁新肴場(しんさかなば)埋立地

大鋸(おが)丁松川丁本材木丁六丁目迄の中家蔵(いへくら)共大破損崩家(くづれや)

潰家(つぶれや)多し但し右の内施行人

一 白米五升 ろ組み十丁中は又独身者へ七升

          家主其外町役へ金百疋

一残 弐千五百貫文

        但し五ヶ所御救小屋へ

  (下段)

新右衛門丁  河村伝左衛門

四日市丁  水菓子渡世

           平左衛門

           市兵衛

           太郎兵衛

           次兵衛

           㐂兵衛

           太兵衛

         蔵やしき

           与兵衛

           仁兵衛

            〆八人

 

 

8

京橋の北方(きた)。美談伝馬町

三丁目の十字街(よつつぢ)の角之

四軒の商家(あきうど)。皆土蔵作

り也。此故(ゆえ)小字して。京橋

の四方蔵(しほうくら)と云(いへ)り。此辺(このあたり)

祝融(ひのかみ)の災(わさわい)ありても。此土

蔵火を防くの助と成(なり)に

より。隣の人の為に志よき

宝人(たから)といひあへるを。祝融

に嫉(ねた)ましとや思へる。此度(このたび)地

震の神と心を合せ。棟(むね)を

傾(かたぶ)け瓦(かはら)を落(おと)し壁(かへ)を崩し

炎々(えん/\)と火を延(ひ)き。見る間

に烣燼(くはいしん)となせり。嗚呼(あー)惜(をし)

むべし。衢(ちまた)の美観一時に烟

となりぬることを。そも

地震祝融(ひのかみ)等(たち)の禍日(まがつひ)の

神。何ぞ如此(かくのごとく)悪行をな

すや。予(われ)此春四方蔵の

家名(いへな)。堤(つゝみ)。山崎(さき)。太刀伊

 

勢屋。堺(さかい)屋の四つを題にて

戯(たはぶ)れに

 淀(よど)ならぬ堤も

  春のたち

       いせや

 としの

    さかひや

   かすむ 山崎

とよめりしも今その家を

見てその蔵なきを嘆息(たんそく)す

しかしながらむさし野の廣(ひろ)き

野恵(めぐみ)の露(つゆ)は民草のすえ葉

までもらさず潤(うるほ)し給へれば

再び普請(ふしん)成就(しやうしゆ)して繁栄(はんえい)

はじめに百倍すへしと いふ

 

   一燈斎 芳綱画

 

 

9

天地の変(へん)につれては人情もまた変る事ある歟

此度(こたび)大地震の後(のち)再び大震(おほゆれ)ならん事を慴(おそ)れ大路(ちまた)に

仮菴(かりいほ)をつくり。それに住居(すまい)するに囲ひいろそかにして

彼(かの)天智帝(てんぢのみかど)の御製(おんかた)の如くかりほの庵(いほ)の苫(とま)あらくして

夜露もり隙間の風はだへを犯し寝ながら

大空の星を望み常にはものすごく一夜も宿り

がたげなるを皆(みな)人よろこび本宅の戸じまりよく

潰れ傾きもせぬ二階家(にかいや)などは中々に物おそろしく

誰も/\それに入て寝る者一人もなく幼子(おさなこ)の

わやくいひて泣(なき)いさつをしかりこらす詞(ことば)にも左様に

泣ては此かり庵には置(おき)がたし本宅へつかはし寝

かすべしなどゝいへばいたく怖(おぢ)慴(おそ)れて泣(なき)を止(とゝ)めぬる

実(じつ)に地震の怖(おそろ)しき事幼児心(をさなごゝろ)にもとほりぬるにて人情

の常に変りぬる事是にて思ふへし此図は町々に仮屋(かりや)

つくらぬ所もなきを此辺(このあたり)わきて花やかに見え

    たりとて絵かける也とぞ

 

一ある人大震(たいしん)の後度々の動揺大小を量りて毬図(まりがた)に

作らしてし其有やう通俗に倣ひて日の出日の没(いり)

を以て昼夜とす即(すなは)ち白毬(はくきう)は昼黒毬(こくきう)は依ると知(しる)べし

且(かつ)初震の毬(まり)は殊に大きく書(かく)べきを紙上の所見(みえ)あ

しければこゝに略す

(以下略)

 

 

10

一銭弐千五百貫文 五ヶ所御救小屋は配分  佐内丁 鶴松後見 吉左衛門

一銭千五百貫文 右同断             青物丁 居酒渡世 浜波(?)屋久兵衛

一白米五升充   居廻り町内壱軒分      万丁  谷口熊五郎

①南鍛冶丁狩野(かの)屋敷五郎兵衛丁北紺屋丁畳丁大根河岸常盤丁大田屋敷

具足丁炭(すみ)丁因幡(いなば)丁柳丁材木丁八丁目河岸迄焼る右の町々土蔵一ヶ所残少なし

△海賊橋坂本丁牧野(まきの)様上やしき北東方破損九鬼様上屋敷表側(おもてがは)所々大破損也

細川様中やしき破損田代地崩(くづれ)家あり越中様上やしき大破損河岸の土蔵五ヶ

所潰れ松屋丁高輪(たかなわ)新規代地破損崩家なし本八丁堀通五丁目迄破損河岸通

物置(ものおき)所石垣(いしがき)抔破損金六丁ゟ日比谷丁の間大破損崩家潰家あり亀嶋(かめじま)丁八丁堀御組

屋敷破損崩家有同年十二月八日秋水谷(みづたに)丁ゟ出火川南方水谷丁四丁目同上地丁竹

嶋丁弐丁与作(よさく)やしき地蔵橋(じざうばし)通迄焼此辺野原のごとし△同北方茅場丁薬師堂破

損山王社燈籠(とうろう)倒石鳥居折其外大破損同所裏茅場丁大破損半丁余潰家

 

あり同所河岸通酒蔵大破損

一抑(そも/\)江戸両国橋は万治(まんじ)三年初(はじめ)て武総(ぶさう)の境界にかけ渡す所にて長さ

九十六間橋上(きやうしやう)の群衆(くんじゆ)常に絶(たへ)ず東西の裾街(きよ??)は繁昌目を驚かし四時(しいじ)

の遊戯(ゆふげ)つくることなし這回(こたび)安政予二卯年十一月廿三日既(すで)に修造(しゆざう)の功(こう)成(なつ)て

長寿相続の者をえらび玉ひ渡り初(ぞめ)の任(にん)に命ぜらる実(げ)にも目出(めで)たき

ためしとやいふべからん       

  あら玉の春は千歳(ちとせ)の  茅場丁 老人 小西弥右衛門 八十四才

   靏(つる)よりも霞の橋の              同人倅 惣兵衛 四十五才

    わたり初(ぞめ)して                同人孫 三蔵 廿六才

一銭弐千五百貫文 五ヶ所へ配分施入 南茅場丁 石橋弥兵衛

△霊岸嶋(れいがんしま)川口丁霊岸嶋丁長崎丁白銀(しろかね)丁大破損東湊(みなと)丁越前様大破損

同所越前堀潰家あり

 

 

11

一金壱朱ト白米壱升ツゝ 居廻り丁内   㚑岸嶋丁 丸屋甚兵衛

一金壱分ツゝ 居廻り十八ヶ町壱軒分   同四日市丁 鹿島氏

②同所南新川一丁目中程ゟ同弐丁目塩丁弐丁大河端丁まで焼る

△同北方新堀(しんぼり)箱崎(はこざき)丁久世様中やしき伊豆様土井様中やしき大破損

田安様破損御門前湯屋(ゆや)潰(つぶる)同所町家多く崩る

一白米壱斗五升ツゝ居所町中一軒前 外に五日の間たき出し  南新堀 伊坂氏

一金壱朱ツゝ     同断                       北新堀 長嶋屋

一同断         同断                       同所 北村氏

一白米五升ツゝ   同断                        同所 清藤氏

一金三拾一両三分 同断                       同所 家持 富之助

永代橋南方御舟蔵(ふねぐら)恙(つゝが)なし同船手組やしき大破損同南方相川丁木

戸際(ぎは)三軒残南方相川丁両側ゟ焼る但し此所東方佐賀丁真田(さなだ)様中や

 

しき地震にて止(とま)り南方熊井(くまい)丁二丁同所玄正院焼冨吉(とみよし)丁三丁蛤(はまくり)丁三丁同所

西念寺焼仲丁通り一鳥居焼落(やけおち)永代寺西門前丁三丁山本丁西横(にしよこ)丁永代

寺東門前丁二丁焼八幡社門前にて止る

△冨賀岡(とみがおか)八幡社無異(ぶい)拝殿破損神馬(しんめ)舎潰神輿庫(みこしぐら)大破損絵馬堂潰大鳥居

焼籠折る神楽所(かぐらじよ)其外崩所々大破損△社内御救小屋建

一銭七百五拾貫文 深川木場材木南仲買十九人 惣代当小屋人施入 同所吉祥院 門前丁 家主 仁兵衛

一銭六拾貫文 右同断                    木場 萬屋和助

一金五百七拾三両一分 居廻り丁内并類焼人も然也  右同人

一金壱分ツゝ 別段施行 外に金二朱ツゝ寺丁       右同人

         三丁へ施し

   此外近辺(きんへん)少々ツゝ奇特(きどく)もの多し

一金弐百拾三両弐分 外に丁内へ金二分ヅゝ又白米

               七石五斗             同所佐賀丁 五左衛門

一金弐百三拾六両  同断                 同嶋崎丁  徳九郎

 

 

12

一金百四拾七両三分  同断             同木場 善左衛門

一同百四拾弐両三分                  同佐賀丁 喜助

一同百七拾四両弐分 外に丁内へ一分ツゝ 同断 同小川丁 近江屋喜左衛門

一同弐拾壱両弐分 外に玄米四千五石三斗六升

             此金五十四両二分       同佐賀丁 勇三郎

一同九拾四両弐分 同断                同木場 次郎兵衛

一同三拾五両弐分 同断                同佐賀丁 忠助

一同三拾四両    同断                同久永丁 壱丁目 五左衛門

一同三拾弐両    同断                同永代寺 門前丁 七左衛門

一同三拾壱両三分 同断                同佐賀丁 清兵衛

一同壱分ト玄米一斗ツゝ 同断             同所 川村氏

一同壱分ト弐百文ツゝ 同断               同相川丁 某

一同壱分ツゝ 出入船頭中は

          外に七日の間味噌諸人も施し    同佐賀丁 乳熊

 

今度の騒乱は

前代

未聞の事

なり就中(なかにも)此

深川(ふかかは)は他(た)に勝(すぐれ)

たり

武家

町家(まちや)

共崩潰(くづれつぶれ)

多く安体(あんたい)

なるは一家(いつか)

もなし

 

 

13

其一

諸人とも

生(いき)る心地も

なかりしが

公(おゝやけ)の御救(おすくい)

より志(こゝろざし)

有(ある)人の

助力(じよりき)して

困民(きうみん)を救(すく)

はれし

(欠損「かば」?)

 

周障(しうせう)の

体(てい)も改(あら)

玉(たま)の春を

迎(むかへ)門松の色

深く仮宅(かりたく)の賑(にぎはひ)

より限(かぎり)な

き愁(うれい)さへ

解(とけ)し容(さま)は

実(げに)移変(うつりかはる)

人心も

 

 

14(挿絵)

 「大黒屋仮宅」

信濃

しなのや

中(小?)濱屋

高田屋

 

 

15(挿絵)

 

 

16

 其二

いやましに

勇(いさま)しく是(これ)

普(あまねく)大君の御慈(おんじ)

愛(あい)より起(おこる)所

なれば唯々(たゞ/\)

御国恩(おんこくおん)を

忘(わすれ)ざる為爰(こゝ)に

記(しる)しはべる也

 

△同所南方阿州様中やしき戸田采女正様中やしき松平下総守様下やしき大破

にて火災なし△同所三拾三間堂煤の中にて裂軒口崩尾前後へ七分落其外

大破損△同所木場ゟ此四方武家町家共崩家潰家多く悉く記しがたし

④同所和倉佐賀丁代地本所石原代地丁平野丁添地共焼る同北西方今川丁

永堀丁万年丁正覚寺橋通崩潰有富岡橋北方陽岳院法禅院心行院

海福(かいふく)寺増林(そうりん)寺恵然(えいねん)寺正覚寺等大破損此四方武家町家共崩潰れ家

甚多し△海辺大工新丁御救小屋建

一銭百三拾五貫文 当小屋へ施入  同木場万屋和助

一同八百文ツゝ外に米二拾俵     所不知 某

一沢庵二樽 生姜一樽 薤(らつけう)一樽 梅干三樽  下総国相馬郡 布佐村 百姓 七郎兵衛

一味噌 五樽                           本郷春木丁 大三津 新三郎

 右之外五ヶ所施し三分は其人の住居町名の所々記す

 

 

17

△同寺町通浄心(じやうしん)寺裏門中門潰れ門前看題石倒れ折る塔中(だつちう)三軒及手水

舎潰れ其外破損本堂祖師堂(そしだう)無㚑△同所霊厳寺表門及塔中悉(こと/\゛く)潰れ

其外大破損同所万祥寺善徳寺真光寺宣雲寺抔大破損右之内諸

寺院燈籠(とうろう)碑(ひ)等悉倒れ折る事甚多し

⑤同所伊勢崎丁壱丁目二丁目焼る

同東方洲崎(すさき)弁天社無㚑院内僧房(そうばう)其外中屋しき増山様中やしき

出羽様中やしき同北方石嶋丁一橋様下やしき本多豊前下屋敷大久保

佐渡様中やしき肥後(ひご)様下屋敷戸田因幡様下やしき此四方小屋敷民

家共大破損崩家多し同所八右衛門新田民家多く崩る同砂(すな)村亀高

大塚逆(さかさ)井元八幡小名木(をなぎ)川筋までの内崩れ家多し△同東方一ノ江

村八十六軒崩る右に準(じゆん)じて知るべし

 

△何某候(なにがしこう)の家中(かちう)なる人在勤(ざいきん)にて本所辺の屋敷に住す然るに十月二日

の朝心付ことのありて重役(ぢやうやく)某(それがし)に示曰(しめしていはく)今朝(けさ)井の水濁(にご)り汐気(しほけ)有これ必(かならず)

地震の兆(しるし)なり預置(あづけおく)処の荷物御渡し候へ地震の節土蔵(どざう)は頼(たのみ)になり

がたし御用心候へといふに重役密(ひそか)に嘲笑(あざけりわらつ)て彼(かの)荷物を渡したるゆへ

是を受取かへり猶又同役其外へ大地震のあらんよしを告る何(いづ)れも笑(わらつ)て

何条(なんでう)その義あるべきなどいふて取敢(あへ)ず其夜果(はた)して大地震有重役

の土蔵は揺崩(ゆりくづ)し前言的中(ぜんげんてきちう)す嘲笑たる人恥(はぢ)たるなり幸(さいはひ)にして火災(くわざい)は

逃(のが)たれ共若(もし)火難(くわなん)あらば一物(もつ)も残処なし嗚呼(あゝ)危(あやうい)かな/\

亀井戸住玉蘭斎(ぎよくらんさい)今度の急変(きうへん)を逃れ同所天神川の堤より江戸の

方を見るに四方遠近(をちこち)に火災起(おこ)り家倉(いへくら)瓦(かはら)等の崩(くづる)る音は再(ふたゝひ)震動

するかと思はれ諸人安き心もなき体(てい)を見る侭(まゝ)写真(しやしん)せしを爰(こゝ)に出す

 

 

18

△本所永倉丁篠崎某(しのざきなにがし)なる人遊漁を好(このみ)十月二日の夜ずゝこといへるものにて鰻をとらんと

河筋所々をあさるに切(しきり)に鯰(なまつ)騒(さわぎ)鰻一つも得ず唯鯰三尾を得て倩(つら/\)思ふやう鯰の騒

時は必地震有といふに心付て漁(すなとり)を止(やめ)帰宅して庭上に筵(むしろ)を敷家財道具を出して

異変の備(そなへ)をなせり其妻は不審(いぶかしみ)密に笑之(これをわらふ)尓(しかる)に其夜右地震也住居は悉潰れ

けれ共諸器物(きぶつ)は更に損ぜず偖(さて)亦同夜近辺の人是も漁(すなどり)に行鯰の騒たるを見ながら

帰宅もせず又獲物も少き上家居より家財道具を残なく揺崩し深く悔(くやみ)しが

右篠崎氏は其心さとく一つの難を佚(のがれ)たる事是全(まつたく)世説俗談(せゝつぞくだん)といふ共能(よく)心付たるは

一条の徳にして油断せしは我過(あやまり)也と予(われ)に談(はなし)せし人の有り是等は自然の道理にて

地に変動あらん時は且(まつ)鯰の騒(さわく)事あらん此因(ちなみ)により地震を鯰也と云もし画にも書

事ならん何(いづ)れ前条の現説を見て後世の鑑ともならんと爰にしるす

 

△本所中の郷弁天小路に八百屋新助といふものあり右地震にて半丁余潰(ゆぶれ)新助方も潰て

が三人の子を漸(やう/\)救(たすけ)出しけれ共妻やす女は梁下(はりのした)に閉込(とぢこめ)られ自由ならず狂気のごとくなりて

板材木土瓦を刎除(はねのけ)救(たすけ)んとする間(うち)同所薪屋(まきや)より出火にて次第に火勢つよく炎(ひのこ)は羽(?)の

ごとし妻やすが云やう妾(われ)を救う(たすけ)んとて時うつれば御身を始(はじめ)三人の子迄危(あやう)し妾(われ)は覚悟

なり尓共(しかれとも)火を見て死(しな)ん事最(はなはだ)心苦しといふに新介心得ふる半天を頭に覆置(かけおき)泪(なみだ)共に

示(しめし)て云やう天災ながら非業(ひがう)の死をさせんこと最(もつとも)悲し三人の子は我よく養育をすれば

必心に患(かける)べからず是ゟ割下水(わりげすい)牧野(まき)氏を憑(たのむ)べし御経(おんけう)おも上て成仏せよと云捨て立退(たちのき)

けり其夜子下刻(こゝのつすぎ)牧野方へ尋来(たづねきたる)ものあり髪は残(のこり)なく焼落(やけおち)頭面(づめん)より半身黒燻(くろくすぼり)にして

焼爛(やけたゞれ)たる容(さま)は実(じつ)に幽霊成べし新介委細を問(とふ)に妻やすが云やう火は段々燃来(もへきたり)て梁(はり)

の半(なかば)こと焼(やけ)しゆへ押付(おしつけ)たる処甚軽し漸火中を脱(のがれ)たりと語りぬ是等は未(いまだ)命運の尽(つき)ざる

ものにして最(いと)めでたし凡今度の騒乱に如此(かくのごとく)脱(のが)れたる又は井中(いのなか)に落入(おちいり)火災を逃(のがれ)

たるもの此外種々(いろ/\)珍説(ちんぜつ)あまた有と雖(いへども)物繁(ものしげき)を以此二(ばつ)に其一二を挙(あげる)のみ

 

 

19(挿絵)

 

 

20(挿絵)

 

 

21

△深川富士見橋に二の組鳶人足善五郎といふものあり右地震にて其家潰しが妻子おば

救(たすけ)出しけるに倖(さいはひ)に怪我もなし尓(しかる)に隣に物音高く聞しかば鳶を携(もち)急(いそぎ)駈行(かけゆき)見るに正に

小笠原左京殿下邸(しもやしき)の玄関を残し館中残なく崩潰其中に泣喚(なきさけぶ)声切に聞へしかば力に任せ

大木板瓦等を刎除(はねのけ)侍女(こしもと)九人を救(すくい)出し猶又散乱の中より女十二人を出しけるが老女が云やう速(はやく)

明月院(めうぐはついん)殿(城主の御母公也)を救(たすけ)くれよといふに善五郎心得て急に潰家(つぶれや)の中へ潜入(くゞりいり)漸尼公(にかう)を尋索(たずねもとめ)救(たすけ)

出し侍女(こしもと)に傅(かしづか)せ玄関に安座し進(まいら)せ夫より茶間(ちやのま)其外三ヶ所の火を消(けし)又十一人を救出す

但し此中五人即死也此時御上邸(かみやしき)より速馬(はやうま)到来し御恙(つゝが)なきを賀(が)し奉るに右善五郎

救れたる由御談(ものがたり)有しかば同五日御上邸より善五郎御召出し在て当座の御褒美金百両程又永代

十五人扶持にて作事方頭取役仰付られけり夫(それ)此度の異変は一統(いつとう)の難渋(なんじう)にして誰か

利益の者あらん尓(しかる)に此善五郎等は此志(こゝろざ)す所至直(しちよく)にして俗に云気の利(きゝ)たるにて此善五郎

参らざれば三ヶ所より火起(おこり)ていかなる災害あらんも量(はかり)がたし異事に異報あり悪事に

凶報(あくほう)あり天地の照覧(せうらん)明(あきら)かなるかな人間の浮沈(うきしづみ)は皆其人の心中に有といふべし

 

 

22

(右頁21に重複)

 

(左頁)

△扇橋近所にて伊賀様下やしき秋元様中やしき隠岐様下やしき永井様中やしき

越後様下邸大黒田様下やしき此邊武家町家崩れ多く悉く記がたし

△上橋邊にて仙台様蔵やしき久世様中屋敷抔又町家大破損河岸の石垣等

落ざる所少し同所牧野備前様中やしき秋田様朽木様本多日向守様抔大破損

△同北方万年橋迄邊大破損にて崩れ多し同本所一つ目橋石垣崩れ暫(しばらく)のうち

舟渡しと成△同所弁天社大破其外諸碑抔悉崩る

⑥同所河向東方北森下丁三丁焼同所長慶寺にて止る南方北六間堀丁南

六軒堀丁四丁南森下丁神明宮火の中にて残る同所笠原佐渡様下やしき

井上河内様下やしきやける深川元丁常盤丁三丁同所太田摂津様やける東方

 

 

23

今度の地震にて

横死の人民多き故

天災とは申ながら

不便に思召につき

十一月二日より左の寺院

におひて施餓鬼修行

仰付られ候なり

天台 東叡山学顕

    清雲院前大僧正

浄土 本所 回向院

右義真言 芝二本榎

高野山学侶方在番 西南院

同 麻布白銀台町

行人方財版  圓満院

新義真言

浅草御蔵前 大護院

済家 品川 東海寺

曹洞 あたこ下 青松寺

黄檗 本所五つ目 羅漢寺

法華一致 下谷 家延寺

同勝劣 浅草 慶卯寺r

西本願寺校所 築地輪番 與楽寺

東本願寺校所 浅草輪番 遠慶寺

時宗 浅草 日輪寺院代 洞雲院

 

いやたかき

妙の御法に

浮雲

まよひを

 はらす

鷲の山風

 五大菩薩 耳一

 

 

24(裏 挿絵)

25(挿絵)

26(挿絵)

27(挿絵)

 

 

28

⑬同中之郷石原丁弐丁やける南割下水辺ゟ所々武家小やしき崩れ町家より寺

院抔の破損土蔵安体なるもの壱ヶ所もなし

⑭同北方石原町荒井丁二丁焼る

⑮同北方小割下水瓦丁壱丁焼る同所松平周防様中やしき越前下やしき

細川能登様中やしき焼料理小倉席やける△同東方柳島妙見堂無異外は潰れ

此邊?士堀邊其外四方の小やしき民家潰れ家甚多し小梅村常泉寺本堂

祖師堂無異境内大破損

⑯東南方本所五ツ目渡し場源五橋丁半丁余やける此邊以の外破損消失

同前也同所河岸石垣は大川迄崩所甚だ多く川端物置崩れ薪(たきゞ)其外川中へ落込

散乱いふばかりなし

亀戸天神社無異境内大破損同所門前丁一丁焼る又同所角自身板書より

出火此邊小火所々あり猶又近辺小やしき民家崩家潰家多く凡消失同様の所

 

 

29

多し△吾妻森下川邊五百羅漢其外此近辺四方崩家甚多く潰家抔悉(こと/\゛く)難記

⑱同西方法恩寺門前出村丁其外両側とも焼る△三囲(みめぐり)稲荷白鬚社内木母寺

梅若塚向島一円△同隅田川西方千住宿大橋向之分は略也南方民家旅籠や

大破損中程に崩れ家あり

⑲小塚原丁両側焼る此地最(もつとも)揺強(ゆりつよ)く土蔵抔残る所なし同南方中村丁大破

損潰家多く消失同前也同南方山谷浅草丁二丁同南方元吉丁新鳥越丁

四丁目東禅寺春慶寺道林寺同東側教伝寺福寿院宗林寺専念寺光照寺

源照寺同三丁目三ヶ寺同二丁目大秀寺養白寺同所東側源寿寺瑞泉寺安盛寺

遍照寺其外鏡の池邊までの中諸宗寺院本堂僧房(そうばう)碑(ひ)焼籠一切破損の義

悉くしるし難し