仮想空間

趣味の変体仮名

曽根崎心中 天満屋の段

 

読んだ本 http://www.enpaku.waseda.ac.jp/db/index.html (イ14-00002-481 )

 


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恋風の 身にしゞみ川

ながれては其うつせがいうつヽなきいろのやみぢを
てらせとて よごとにともすともしびは 四きのほ
たるよあまよのほしか なつも花見るむめだばし
たびのひなびと地の思いひ一心こヽろのわけの
道しるもまよへばしらぬもかよひ 新いろざとヽに
ぎはしヽ むざんやなてんまやの おはつは内へ帰りても


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けふのことのみきにかヽり酒ものまれずきもす
まずしく/\ ないて ゐる所へ となりのよねやはう
ばいのちょっときてハなふはつ様 なにもきかんせぬ
か 徳様は何やらわけのわるいこと有て たんとぶたれ
さんしたと 聞たがほんかといふも有 イヤわしがきや
く様のはなししやが ふまれてしあんんしたげなと

いふも有 かヽりをいふてしばられての にせばんして
くヽられてのと ろくなことは一つもいはずとづにつらさ
の見まひなり あヽいやもういふてくだんすな きけは
きくほとむねいたみわしからさきへしにさうな いつ
そしんでのけたいとなくよりほかのことぞなき
涙かだてにおもてを見ればよるのあみがさ徳


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兵衛 思ひわびたるしのびすがたちらと見るより
とび立斗 はしり出んと思へ共おうへにはていしゆ
ふうふ あがりくちにれうり人 にはでは下女がやく
たいのめがしげければさもならず アヽいかうきがつ
きた かど見てかふとそつと出なふ是はとうぞいの
こな様のひやうばんいろ/\に聞たゆへ 其きづかひ

さ/\ きちがひのやうになつてゐたはいのふと かさ
のうちにかほさし入 こゑを立ずのかくしなきあは
れせつなきなみだなり おとこもなみだにくれな
がら きヽやるとほりのたくみなればいふほどを
れがいひにおちる 其内四はう八はうのしゆびは
ぐはらりとちがふてくる もはやこよひはすごさ


26
れずとんとかくごをきはめたと さヽやけばう
ちよりもせけんにわるいさたがある はつ様内
へはいらんせとこゑ/\によびいるヽ ヲウ/\ あれじや
なにもはなされぬ わしがするやうにならんせと
うちかけのすそにかくし入はふ/\なかどの くつ
ぬぎよりしのばせて えんの下やにそつといれ

あがり口にこしうちかけ たばこ引よせすひ付て
そしらぬ かほしてゐたりけり かヽる所へ九平次
わる口仲間二三人 ざとうまじくらどつときあ
り ヤアよね様たちさびしさうにこざる なにときや
くになつてやらふかい なんとていしや久しいのと の
さばり上ればそれたばこぼんおさかづきと ありべ


27
かヽりに立さはぐ イヤさけはをきやのんできた 扨はな
すことが有 これのはつが一きやくひらのやの徳兵衛
が 身がおとしたゐんばんひろひ 二貫めのにせ手がた
でかたらふとしたれ共 りくつにつまつてあげくには しな
ずがひなめにあふて一ぶんはすたつた きやうこうこヽらへ
きたる共ゆだんしやるな みなにかうかたるのも徳兵衛めが

うせまつかいさまにいふとても必まことにしやるなや よ
せることもいらぬものとうでのへかとびたものと まこと
しやかにいひちらず えんの下にははをくひしばり身
をふるはしてはらを立るおはつは是をしらせじとあしの
さきにてをししづめ をさへしづめししんべうさていしゆは
久しいきやくのこと よしあしのへんたうなく さらばなんぞお


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すひ物とまぎらかしてぞ立にける はつは涙にくれなが
らさのみりこんにいはぬもの 徳様の御こといくとしなじみ
心ねをあかしめかせし中ながら それは/\いとしぼげに
みぢんわけはわるうなし たのもしだてが身のひしで だまさ
れさんしたものなれ共 せうこなければりもたヽず 此上
は徳様もしなねばならぬしな成が しぬるかくご

かたいとひとりごとになぞらへて あしてとへば打う
なづき あしくびとつてのどぶえなで じがいするとぞ
しらせける 其はづ/\ いつまでいきてもおなじこと
死ではぢをすヽがいではといへば九平次きよつとして
おはつはなにをいはるヽぞ なんの徳兵衛がしぬる
ものぞ もし又しんだら其あとは をれがねんごろし


29
てやらふ そなたもをれにほれてじやげなといへば
こりや忝なかろはいの わしと念頃さあんすと
そなたもころすががつてんか 徳様にはなれて
かた時も生てゐよふか そこな九平次のどう
ずりめ あほりぐちをたヽいて人が聞てもふしんが立
とうで徳様一しよにしぬるわしも一しよにしぬる

そやいのと あしにてつけばえんの下には涙をながし
あしを取てをしいたゞき ひざにだき付こかれなき女
もいろにつヽみかね たがひに物はいはね共 きおと/\に
こたへつヽ しめり なきにぞなきゐたる 人しらぬこそ
あはれなれ 九平次もきみわるく さうばがわるい
おしやいの こヽなよねしゆはゐなことで をれらかやうに


30
かねつかふ大じんはきらひさうな あさやへよつて一
はいしてぐはら/\一ぶをまきちらし そしていんだらね
よからふアふところがをもたうて あるきにくいとわる
口だらけいひちらしわめいてこそは帰りけれ てい
しゆふうふこよひははやひもしまへ とまりの衆
はねせませひはつも二かひへあがつてねや はやうねや

といひければ そんならだんな様ないぎ様 もうおめに
かヽるますまいさだばでござんす うちしゆもさら
ば/\とよそながら いとまごひしてねやに入是一
生のわかれとは のちにこそしれきもつかぬをろかの
心ふびんさよ それうまの下にねんを入さかなをね
ずみにひあするなと 見世をあげつかどさしつ


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ねるよりはやくたかいびき いかなるゆめもみじか
よの八つにあるのは ほどもなくはつはしろむくしに
出立恋ぢのやみくろ小袖 うへに打かけさしあしし二
かいの口よりさしのぞけば おとこは下やにかほ出し
まねきうなづきゆひさして 心に物をいはすればは
しごの下に下女ねたり つりあんどうの火はあかしいかゞは

せんとあんぜしが しゆろはヽきにあふぎを付はこはしごの
二つめより あふぎけせ共きえかぬる 身も手も
のばしはたとけせば はしごよりとうどおちあんどう
きえてくらがりに 下女じゃうんとねかへりし 二人はどう
をふるはして尋ねまはるあやうさよ ていしゆおくに
てめをさまし 今のじゃなんじや をなご共有あけの


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火もきえた おきてとぼせとおこされて下女はね
むそにめをすり/\ まるはだかにておき出火打
ばこが見えぬと さぐりありくをさはらじとあな
たこなたへはひまつはるヽ玉かづら くるしきやみの
うつヽなややう/\二人手を取合 門口迄そつと出
かきがねははづせしが くりまどのをといぶかしくあけかね

し折から 下女は火うちをばた/\と 打音にまぎら
かしちやうどうてばそつとあけ かち/\うてばそろ
/\あけ あはせ/\て身をちぢめ袖と/\をまきの
とや とらのおをふむ心地して二人つゞいてつつと
出 かほを見合せアヽうれしとしにゆく見をよろこ
びし あはれさつらさあさましさ あとにひうちの


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いしの火の命の すゑこそ みじかけれ