読んだ本
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風来六部集 四
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里のをだまき評自序
莊子が寓言。紫式部が筆ずさ
み。司馬相如が子虚鳥有(しきよういう)。弘法
大師の兎角亀毛(とかくきもう)。去りとては
久しひ物なり。予も亦彼(かの)虚言(うそ)に
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ならひ。気のしれぬ麻布(あざふ)先生。
古遊花景(こいうくはけい)の人物を設(こしらへ)て訛(うそ)
八百を書ちらす。針を棒に
いひなし。火を以て水とするは。我が
持まへの滑稽にして。文の余情(よせい)の
譫言(たはこと)なり。或は所々の地名なんどは。
人の耳馴たるに便りて。直(たゞち)に其名を
出せども。固(もとより)作り物語なれば。實尓
此事の有にはあらず。見る人怪(あやしむ)べからず。
安本元年手(けのえ)狐のはつ秋。
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有頂天皇(うてうてんわう)九代後胤(こういん)。風来散人
居續(いつゞけ)の風呂場。宿酒(ふつかえい)の夢中に
筆を採る。
(挿絵)
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吉原細見 里のをた巻評
賢を賢として色に易(かへ)よと。唐(から)の親父がむだ
をいひ。外面似菩薩(けめんにぼさつ)内心如夜叉(ないしんにょやしゃ)と。天竺のすつ
との皮が思ひ入にはり込でも。面白ひといふ事
を呑込でいる凡夫ども。気短(きみじか)にいふてはいけぬと。
闇雲に踏破りて。あしびきの山の手に一つ
草庵を構へ。自(みつから)麻布先生と号する人あり。
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されば賎しき諺に。牛は牛連(つれ)馬は馬連。同気
相求(あいもとめ)同類相集(あいあつまる)の習にて。古遊散人(こいうさんじん)といへる
しれもの。残暑の見舞に来りし折節。麻
布先生の門人花景(くけい)といへる当世男来
掛りて。四方山のもの語。三人寄れは文殊の
智恵はどこへやら。そろ/\と理に入て例の
遊ひの魂胆咄し。花景しかつべらしく
懐中から小冊(せうさつ)を取出し。先生達も御存有ま
じ。これこそ吉原細見の一枚摺里の詣環(をだまき)
といふものなり。抑此一巻といつは。土橋中
丁櫓下の腐草(ふさう)化(け)して蛍と成り。今五丁
町に光を争ひ。全盛いはん方なし。京
の倡妓(ぢよらう)に江戸のはりと。それは昔の喩(たとへ)
草(くさ)。今ぞ吉原深川をもみまぜは。両の手に
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梅桜。遊のきつすい㐂見城(きけんじやう)此上の有べき
やと。我一人呑込でりきみ返て味噌
を上れば。古遊散人熟(つく/\)聞て。彼をだま
きの一枚摺。白ひ所も黒ひ所も一面に
涙をばら/\とこぼし。山の手から吉原
まで届きそふなる吐息をつひて申
けるは。嗚呼笑止なる事を承るものかな我
日本は小国なりといへども。五穀豊饒(ここくふもう)に金銀
多く萬の物に事を欠(かゝ)ず。繁花(はんくは)の地甚
たし。京に嶋原大坂に新町長崎の丸山
をはじめ。諸国の色里かぞへ尽しがたく。
各土地の風流有て何れも面白からざ
るはなし。有が中にもお江戸の吉原。一と
いふて二のなき事は人々のしるところなれ
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ばそ更にいふがくだなり。世上にて目に立器量も
此里の女と競(くらべ)ては思ひの外に見おとす也。近
き證據は山下にてとんだ茶釜と聞えし
は一頃の大評判。能く聞ば吉原にて何とか
いへる女郎なりしが。吉原に居た内は本の
十把一からげ左して目に立事もなし。
廓外(くわくぐわい)へ押出せば掃溜(はきだめ)の靏砂(いさご)の中の金(こがね)
飛だ茶釜の掘出しものと大評判に及し
なり。斯(かく)吉原の女郎の勝(すぐれ)て宜ふ見ゆる
事は。幼少よりの育(そだて)がら。立居振舞髪(かみ)
容(かたち)第一気取を大切とし。禿の時より姉
女郎の仕込方あることなり。就中其古。
太夫格(かう)子の上品に至りては。琴三弦は
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双六躾(しつけ)方。何れの道にも闇(くら)からず。諸芸
を知て知た顔せず。見識有てべた付ず。
上方の女郎などの真似てもならぬが吉
原なり。今のさんちや付廻しは以前の
太夫格子に劣らず。意気地あり風雅
あり。各たしなみの芸術あり。これ昔の
風義残り古川に水絶(たえ)す。仮令(たとひ)菩薩の
影向(えうがう)あり。天人が天降ても負ぬが此地の
女郎なり。岡場所の売女ども。奴(やつこ)となりて
来りなば。やはりかへ玉同前に一月一貫
八百ツゝで預捨にして置歟。さんとか松と
か名をかへて。爨壽傳婢(めしたきこもり)にして使ふ歟。
いつそ鉄砲店へでも追下(おつくだ)し。免許(めんぎよ)の遊(いふ)
所(しよ)と岡場所は。雲泥万里の違(ちがい)ある勢(いきほひ)を
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見せてこそ吉原ともいふべけれ。いかに末
世に成ればとて。岡場所の土娼(ばいじよ)共に大惣(たいさう)なる
名を付て。二人禿座敷持。歩行(あるき)もしつけ
ぬ道中。其稽古に骨を折。家鴨(あひる)の
足どり懸絲傀儡(なんきんあやつり)。中の町の人立に気
を登して眩轉(めをまはせ)ば跡のいざこざ面倒な
り。又下地から吉原に居る女郎もふがい
なし。親方は金さへとれば。幽㚑をとらまへて
も商(あきない)させ度志なりとも。イエわつち等は岡
場所の土妓(ばいじよ)衆と旁輩(ほうばい)には。得成いせんと
つゝはれば。此相撲はじやみる筈なり。吉
原中に智恵がなく。女郎に気がなき故。
斯のごとくに成行て。剰(あまつさへ)自慢そふ
に細見迄を拵て世上へ耻をさらすなり
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岡場所の客なでを引付ふといふ気を
やめて。客が来いでも吉原じやと。古(こ)
流(りう)の角(かど)を崩さぬやうにじつと守(まもつ)て居る
時は。奥床敷見ゆる故自(おのづから)繁昌する也。
移り安きは人心。上方にても一頃は。祇園
町嶋の内北の新地か繁昌し。新町嶋原
は不景気なりしが。近頃は又そろ/\と餅(もち)
は餅屋へ帰るなり。思ひ付にて流行(はやる)事は
一花(いつくは)斗てさめ安し。当年の我なども
初は手かるくておかしかりしが。後は段々お
もくれて。役者の声色門をどり。何やらに
似て気の毒なりと心有人々の評判
も有しぞかし。病に應(きか)ぬまや茶は。いや
いを抜(ぬき)独楽(こま)をまはし。いろ/\にしやべら
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ねば賣ぬ故にもかけ共。真(しん)に病に應(きく)薬は
だまつて居ても賣に来るなり。料理で落
を取ふとしたり。さま/\の思ひ付は。まや
薬を賣同前て女郎の恥と心得べし。
又芸者幇間(たいこもち)も。岡場所にまぎれぬ
やうにと不断の心得第一なり。かくいへば
とて必しも大な面(つら)はせぬがよし米が安
ふても江戸は江戸なり。買人の来ぬは
地合が悪いか。染様が気に入らぬか。描様が当
世にむかぬかと。代物(しろもの)に気は付ず。あぢな
所に骨を折。今の様に段々と思ひ付が
かうじたら。中の町に男倡(かげま)茶屋。大門口
で夜鷹か引とめ。大どぶに舩をつなぎ。
舩饅頭が出よふもしれず。モフそろ/\
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と此節は。岡場所が吉原歟。吉原が岡場所
歟。我がおれ歟おれが我か。女郎と売女
のつかみ賣。何でも撰取十九文。扨苦々敷
事なりと眉をしかめて申ける。其時花
葉銀烟管(きせる)を取直し。灰吹をくわち/\と
敲(たゝき)あざ笑て曰。古遊子の論高きに似
て悉低し。されば古歌にも植(うへ)て見よ。
花の育ぬ里もなし。心からこそ身は賎し
けれ。同し天地の間に生する人間。国を
わけ郡をわけ。村をわけ里をわけて。其
所を論ずるは僻事(ひがこと)なり。いかにも吉原は
日本第一の遊所にて。女の姿勝れたりと
いへども。百人が百人千人が千人ながら
能と定たるにもあらず。細見嗚呼お
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江戸の席に有ごとく。或は骨太毛むく
じやれ。猪首(いくび)獅子鼻棚尻(たなっちり)の類なきにしも
あらず。吉原の女郎なればとて。代々其
家筋有て女郎が女郎を産にもあらず。
腹の中から誂て拵(こしらへ)させるにもあらず。
又岡場所の女郎とて下り細工の出来
合にもあらず。つまる所は親兄弟栄耀
栄花で賣もせず。為事(しやうこと)なしの廻り足。
吉原へ行岡場所へ行も皆夫々の因縁
づく。能も有悪いもあり。江戸前うな
ぎと旅うなぎ程旨味も違はず。下り酒
と地酒ほど水の違もあらざれば。吉
原にも絲瓜(へちま)有。岡場所にも美人
あり。又幼少からの育てから。立居ふ
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るまい髪容(かみかたち)。第一気どりを大切の此詞
又非なり。習性(ならいせい)と成といへば。鉢木の梅
うけぢの松。仕込にもよるべけれど堯の子
丹朱(たんしゆ)不肖(しやう)なり。舞の子も亦不肖なり。
三年磨ても無患子(むくろじ)は黒く。十年
煑ても石は硬し。又龍文風姿(りょうぶんふうし)とて
生れながらに能ものあり。八丈嶋で
八端(たん)がけを織(をり)。王子(わうじ)から菊之丞が出たれば。土
橋中丁は扨置。根津音羽莱菔圃(だいこばたけ)にも
楊貴妃西施(せいし)が有ふもしれず。扨又統制
に疎族(うときやから)。深川の風流なる事をしらず。
只一口に岡場所とのみ覚たるは片腹い
たき事共なり。吉原の地は北陰(ほくいん)に
かたより。一方口にして道遠く。くはだ
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てざれば行事ならず。深川の地は陽気に
して偏(かたよ)らず。舩の通路自由にて。牡蛎
見せの牡蛎。文蛤町(はまぐりてう)の文蛤。鰻鱺(うなぎ)は黒江
丁に名高く。雁金焼(かりがねやき)は万年丁にかく
れなし。竹子(ちくし)の調味。升屋(せうおく)が洒落。二軒
茶屋。二軒に限らずして栄え。塩濱塩を
焼ざれども賑ふ。角力(すまい)あり。開帳あり。
山開あり。夜宮あり。木場の岡釣には
には養由基(いやういうき)も汗を流す。新地の名いつと
なく古(ふり)。石場の人自(おのづから)和(やは)らぎ。追々客の
入船町。遊びの跡を直助(なほすけ)屋敷。表楼(おもてやぐら)裏
楼(やぐら)。裾継(すそつぎやぐら)佃(つくだ)新地。中にも土橋中丁
には全盛の君多く。川には船筏を組(くみ)。
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陸(くが)には轎夫(かごかき)の屯(たむろ)をなす。送りむかいの提灯
は宇治の蛍の飛かふがごとく。茶屋に持
込寝衣(ねどうぐ)は鳴門(なると)の涛(なみ)の寄がごとし。間毎(まごと)
の座敷はれやかにして。山海の美味割(きりめ)
を正し。芸者の調子尋常(よのつね)に勝り。さは
ぎの小歌天下に類(るい)なし。世上の女の
羽織着(きる)と。サツサヲセ/\の浮拍子も
皆此里を始とす。又女郎の気象(きしやう)をいはゞ。夜
店といへる退屈なく。或は裏の三廻目のと
わけ隔(へだて)た仕内なく。新造袖とめ座敷の
普請。箪笥長持夜具諸道具。抱(かゝへ)の仕着
せ茶屋船宿。牽頭(たいこ)末社の付け届。紋日の数
/\暮のやりくり。無心工面の責(せめ)もなく。
同し勤(つとめ)といひながら。内證の苦しみ薄
18(挿絵)
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く。自然と心のびやかにて。気象に微塵も
いやみなし。今吉原へ押出てもあまり
跡へは下らぬなり。是ても岡場所と賎
しむやと顔を赤めて論じければ。麻
布先生莞爾(にこ/\)と打咲(えみ)て曰。御両所の争
ひ最前より承る。各一理なきにしもあら
ず。去ながら井(い)の内の蛙(かはつ)大海をしらず。夏
の虫氷を笑ふの論なり。夫古より著(いちしろ)しき
は。江口神埼野上の里。大磯化粧坂の類。
其名残(のこ)りて今はなし。實(げに)治(をさま)れる御代の
御ン恵ミ。繁花の地は都鄙(とひ)を限らず色里
多きその中に。押出シたる免許の地
あり。擬者(なそらへもの)あり。かくしもの有。地者有
はんかあり。其所々をいはゞ。傾城湯女。白
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人踊子。比丘尼飯盛錦つゝみ。夜鷹蹴
轉し舟饅頭の類は。小歌にも出たれば
人々の知るところなり。近年提筥(さげぢう)と
称するは。持はこびの手短きよりいひは
じめ。山猫と名付しは化て出るといふ
事ならん。又地獄とあだ名せしは。其初
清左衛門となんいへるもの。此事を企ける
を。箱根の清左衛門地獄にもとづきて。仲間
の者の合詞に。地獄/\といひしより。今
は其名とは成けらし。ものゝ名も所に
よりて易(かは)るなり。浪華(なには)にては惣嫁(そうか)といひ。
伊勢の鳥羽あのりにては走りがねと呼。
古市まてはあんにやといふ。伊豆の下田に
せんびりあり。松崎にくねんぼあり。丹
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後にしやらかう越後には。冷水(ひやみず)浮身(うきみ)あをのご
あり。長門の萩(はぎ)にかごまはし。下関にて手
拍(たゝき)とは舩を見掛て手をたゝくより号(なづ)く。
肥後にきぶし長崎に。はいはちあり小(こ)
女性(ねしやう)有り。信州上田にべざいああり。松本
に張箱(はりばこ)あり。加賀に化鳥(けてう)名護屋(なごや)にもか。
出羽奥州に根餅(ねもち)とは。其初女共蕨(わらび)
餅を賣ける故。其名とは成ける也。津軽にて
げんぽといひ。南部にておしやらくと呼。
松前にて薬罐(やくわん)といふは。尻が早といふ
事なり。尊きと賎しきと。善(よひ)と悪ひ
の差別(しやべつ)はあれども。情(なさけ)を賣は一つにて。極
意に至り至りては粋(すい)もなく野夫も
なく。無中に有(う)あり有中(うちう)に無有。尊き
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と美しきが面白にも限らず。賤しきと
醜(みにくき)が面白からざるにもあらず。それ相応
の楽にて。撮千魚(めだか)は石菖鉢(せきしやうばち)をめぐり。鯨h
大海をおよぐ。牡丹も花なり野菊も
花なり。夜鷹舩まんぢうを楽む者は
鼻の落るをも共せず。岡場所に遊ぶ
人々岡場所を最上と心得。吉原より
も勝れりと思ふ。花景丈の味噌を上る。女の
羽織は世の風俗を乱り。跡先しらずの
浮拍子は遊に風情ある事をしらす。是
岡場所の悪風儀也。又内證の苦の薄
く自然と心のびやかにて気象に微
塵もいやみなしとは。鮑魚(はうぎよ)の肆(いちぐら)臭(くさき)ことを
覚へず。深川に遊んで深川の穴をしらず。
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夫彼地の女郎は鞍替ものありつき出しあり。
甚しきに至りては人の女房を賣もあり。
或は女郎の身で新子をかゝえ。我身を買
てめくりを打。掛金(がね)百落しの下卑(げび)有て
いけもせぬ癖(くせ)人を茶にし。客の前にて
囁合。一字はさみであて付たり。歌の唱
歌の耳こすり。亭主の身替りのれん
替。前の家名の風呂敷に残り。大工
はしがく所に工夫をこらし。一二三王(ひいふうみいよ)
玉(ぎよく)と名付。流れ渡りの岡場所と。万
代不易の吉原をくらべ物には成がた
し。又吉原の裏三廻(うらさんくわい)は扨置。詞つき
からもの日の左法(さほう)。仕着せ衣装の
模様迄。古風をおも易(かへ)ざるが此地
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の尊き所なれども。未熟の人の知る
所にあらず。又古遊子の議論尤なる
事なから。これも去とはいらざる
世話なり。今吉原の女郎少しと
いへども三千人に餘れり。岡場所
より来れるは多しといへども五十人
に過ず孟子に所謂(いはゆる)諸(もろ/\の)楚人(そひと)これ
を啉(かまひすしふ)せば多勢に無(ぶ)勢叶ひ申さず。
岡場所の悪風義もいつとなく
そろ/\と吉原風に変(へん)するなり。
必しもいとふべからず。山は塊(つちくれ)を
辞せず。海は細流(ほそきながれ)を辞せず。日の
輝(てら)すがごとく鏡の移(うつ)すがごとく。広大
無辺の取込勝負。六十餘州の人心
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千差万別(せんじやまんべつ)の物好(ものずき)。粋(すい)だけ面白
かり。鈍漠(こけ)は鈍漠程嬉しがる。萬両
も一夜につかい。百疋て二度も行
れる。勝手次第の衆生(しゆじやう)済度(さいど)。廣いが
吉原。つかへぬが吉原。花は三吉野女
郎は吉原。他所の桜を吉野へ植ても。
即吉野の桜なり。岡場所の私(はい)娼
でも吉原へ来りたれば。直(すぐ)に吉原
の娼妓(じよらう)なり美(よひ)と悪(わる)ひは手に取て
御覧じやれ
甲牛の初秌 風来山人書
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跋
童謡に曰。五尺體(からだ)が三尺解(とけ)て。跡の
二尺はちぎる様(よ)な。謹(つゝしん)で按ずるに。解(とけ)る
が如くちぎるがごときもの。海参(なまこ)に
藁(わら)あり。人に人あり。或は新五左
石部金吉も。一度吉原の風に
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当れば。其柔(やはらか)なること山屋の豆腐
のごとし。我 風来先生甞(かつて)
いへる事あり。豆腐は軟(やはらか)なるを
いとはず。遊は和(くは)するを厭はず。
しかはれども若(もし)豆腐に膽(にが)
水(しほ)を入ざれば。練酒(ねりさけ)のごとく米(しろ)
粓水(みづ)の如く。遊の節々(ふし/\)に極(きまり)なければ。
闇夜に鉄砲を放(はなす)に似たり。我に極あ
れば先の是非自(おのつから)明(あきら)けし。酒の失(しつ)をしら
ざれば。酒を呑て酒に呑れ。遊所の是非
を弁(わきまへ)ざれば。遊所に行て前後を忘る
と。宜(むべ)なるから此言(こと)。手前に一箇の曲(まがり)
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尺(かね)ありて。能人の長短(ちやうたん)をしり。今此
をだまきの評を著(あらは)す。彼義士大星
由良殿の敵程にはあらずとも。人皆願
有望あり。望は本なり遊は末なり。
本を外にし末を内にすることなく。
身の分限をしりて程こそ遊
なば。一時(いつとき)の栄花に千年(ちとせ)を延(のぶ)る
とやいはん。
安栄三年甲午秋七月
門人無名子誌
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風来先生著述書目
風来かな文撰 仝
野夫論 近刻
虚実山師弁 仝
伏見屋善六