加賀見山旧錦絵 七段目 長局の段 奥庭の段

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/856204

 

 

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2
加賀見山舊錦繪 七段目
跡見送りて襖の陰お初が   (長局の段
それと抜足さし足傍を
詠め吐息つき テモ恐ろしい
工み事 お下がりの遅い故どふか

 

 

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3
斯かと思ひ過しまた者の
行く事ならぬ奥御殿往て
見よふとは思ふたれど とがめ
られよか 叱られよかと取て
返した襖の陰 悪局の岩

藤殿と アノ伯父御の弾正殿
大それた悪事の相談 コリヤ
大切な事じやはいの 尾上様
に申し上げ お上への御忠節 アイヤ/\
証拠も持たず大切な事を

 

 

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4
なま中に 是を訴へてお主様
を科におとし どの様な御難
義をかける 工みの程もしれぬ
わしが大事のお主といふは
尾上様より外にはない そふ

じや/\と一筋に 恩義にせ
まる主思ひ待つ間もとけし
長廊下 しづ/\御殿を
尾上が下がり それと見るより
ヲゝ御機嫌よふ今お下がり


5
いつ/\よりも遅い御下がり
どふやらお顔持ちも勝れず
お心わるふはござりませぬか
アノ初とした事がけうとい
物いひ 毎日/\の御前勤め

下がりの早い事もあり 用が
多けりや遅い事も有るは
此上まゝ有る事 勝手知らぬ
そなた故 案じるは無理なら
ず サア供仕うあと何気なき


6
詞にそれと気も付かずうはべ
を包む 上草履直すぞう
りも昨日の遺恨 思ひ悩み
て一筋にあゆむ廊下も
心には 羊のあゆみ隙の駒

神ならぬ身ののれぞとも
しらぬお初が物案じ幾間
も 遠き長局 部やの戸明けて
内入りも 常にかはりし顔色を
悟られまじと癪に紛らし


7
正直さつきにから持病の
癪(つかへ)が發(おこ)つたはいの 夕飯(まま)も食べ
たふない 毎(いつも)の通りさすつて
たも ハイとお初がさしよつて
先ずお枕を遊ばしませ お風

めすなとかいまきを かい/\゛
敷くも立廻り お癪の發る
もお道理じや それに付けても
軽い者は奉公迚も 気さんじ
に 旦那様やら御家来やら


8
お友達見る様にお心安ふ
なさつて下さりや 病気(やまひけ)も
ござりませぬ ヲゝいやる通り
上(うへ)々方の宮仕へはいかふ心ン気
をつかふ物 そなたの爺御も

武士と聞いたが 世が世なら
どの様な御奉公も仕やる
筈を 町人の娘のわしが遣ふ
といふは 嘸や/\ 心うくも
思やらふが とかくに人は時節を


9
待ち 花さく春を待つのが肝
心 ヲゝ勿体ない事御意遊
ばすな 何事も大旦那のお咄
に御存じならん 私親子が
請けし御恩は 口にも筆にも尽

されませぬせめてもの御恩
報じ 不調法な私が お傍で
どふぞ御奉公とお願ひ申し
此春から初(うい)奉公の御面倒
有がたふ存します 其大切な

10
お前様が御病身なをお案じ
申し どふぞお煩ひ出ぬ様にと
存じまするが 年端も行かぬ私
が口からませた事を云小しやく
者とおしかりも有ふけれど

とかくに人は気を晴らし物に
くつたくさへ致さねば煩ひは
出ぬ物じやと巧者なお醫
者の申されましたが其御養
生には物見遊参 アノお前様も


11
芝居はお好でござりませふ
なア ヲゝ成程芝居は好じやが
そなたも定めてすきじや
有ふのイヤモウ好きの段ではござり
ませぬそふ申す中歌舞伎より

操り芝居の浄るりが私は面
白ふござりますヲゝ夫れなれば
咄しが合ふわしもきつい浄瑠
璃が好き しかしたま/\の宿
下がりより外は浄るり本で楽しむ


12
斗り 私もお屋敷へあがりま
せぬ其前は よふ見物に参り
ましたが 当り浄るりも多い
中にアノ忠臣蔵の浄るり
程面白いのはござりませぬ

ぞへヲゝあの師直づらの憎さ
/\イヤ申しお前様のお心には
塩冶殿の師直へ切かけられし
其所は ナ尤もな事に思し召しま
すか 但し又不了簡な事に


13
思し召すか サ何と思し召しますサレバノ
御短慮には有たれど遺恨に
遺恨を重る上は御尤もには
有ふかいのイエ/\/\憚りながらそりや
お前様の御ひいき口塩冶殿は

大不了簡なぜと御意遊ばせ
大切な身を軽々敷短気に
其身を亡ぼし給ひ 親御さまの
お嘆き イヤほんに私とした事が
粗相な塩冶殿に親御はないも


14
せぬ物 ナゝゝ何と思し召す家国を
亡ぼし奥様始め御家中ちり/\゛
たつた一人の不了簡が千万
人の身にかゝつて 御恩を受けた
者共の 嘆き程はいかばかりかと

思し召ぞいのお情けないヲゝあほう
らしい何のこつちやひやうしに
かゝつてお前様へ御異見の様に
ヲゝおかしドリヤお薬を見てこふ
と 何か詞に綾の糸勝手へ


15
こそは立て行 跡に尾上は
胸せまり忍び涙の渕も瀬
も あすは亡き名を白紙に硯
の海のそこはかとなき長
文も跡や先 書置筆の命

毛も露と消行 はかな
さを絶え入る ばかり忍びなき
涙と供に書きとゞめ 草の文
箱も浦嶋が明けてくやしき
遺恨の草履 文諸共に


16
文箱の紐引しめてかたへ
なる 手箱の内を筐(かたみ)分け数
も涙の玉くしげ 細々敷くも
小文庫に思ひ詰たる うき
なみだ包むに餘る小風呂

敷中結いしめて玉の緒も
今を限りの空結いに封もしど
ろに かきくれて 思はすわつと
泣声も袖に つゝみし思ひなり
何心なく勝手口 お初は心


17
いきせきとせんじ上たる薬鍋
片手に茶碗たづさへ出 サア
お薬と差出し 見れば包みと
文箱に きつと目を付是は
したり お心悪いにとこhrの

お文か 気がつきやふに何事
と 問ひかけられて左あらぬ体
イヤ此文はかゝ様急に上げねば
ならぬ文 此包み大義ながら
つい往て来てなもと物軽に


18
いひ付けられてもぢ/\と どふ
やら済まぬけうのしだら 不肖/\
に アノ参れなら参りませうが
アレ御らふじませ空合も雲つ
てくる 勝手がましう思し召し

ませふが明日の事になされ
ませぬか テモ初とした事が
いかに心安立てとて主の云
付ける宿への使ひ 明日の事に
でもせいとは いかに女ごの主


19
なればとて 主のいひ付を背
きやるか イエ/\/\何の御意を背き
ませふぞ 御持病のお癪も
起りお顔持ちもわるい故 イゝヤ
癪気はもふ直つた 日のたけぬ

中早ふ行きや ハイ早ふ行きや 何を
うぢ/\するぞいの 行けといはゞ行か
ぬか ハイ 只今参りますわい
のと 文箱取上げ次の間の
案じに胸も張り葛籠(つゞら)明けて


20
出したる生(き)木綿の 在所染め
なる紋付も 部屋がた者の
いつてうら 帯仕直して独り云
けふに限つて此お使い行きとむ
なふて/\ 尾上様のお身の

上が案じられてどふもならぬ
昨日鶴が岡の喧嘩の様子
御殿一ぱいの取ざたを 御存じ
ないか わしに迄お隠しなさるゝ
お心の程が わしはどふも案じ


21
らるゝ 真実底から大切に
思ふお主の大事を 虫がしら
すとやらいふのか アゝ心元ない
/\ 御機嫌に違ふてもいた
ふりして行くまいか イヤ/\/\どふいふ

急な御用やらしれぬ事を
そふも成るまい ヲゝ斯いふ時の
仏神様 そふじや/\と塵手水
一心むがの手をあはせ 南無
観音様/\なむ鬼子母神


22
/\ お宿へ参つて帰ります中
主人の身の上 頼み上げます
ドリヤ一走りはしつてかふと 小
褄(こづま)りゝ敷く高からげ錠口
さして出て行く 影見ゆる迄

見送りて こらへ/\し胸の中
思はずわつと伏しづみ消入る
斗り 嘆きしがやう/\に顔を上げ
まだ昨日けふなじみもない
此わしを大切に 大恩受けた主人


23
じやと 年端も行かぬ心から
大事に思ふてくれる志 コリヤ
忝いぞよ 嬉しいそよ 岩藤へ
遺恨を察し さつきにも余所
事に 浄るりの譬へを引き わしが

短気な気も出よかと いひ
廻したる健気な利発 今
別れたが一生のわかれとは
しらずして嘸やとつかは戻つて
来て 嘆かん事のふびんやと


24
身も浮く斗りせき上て前後
不覚に嘆きしが やゝ有て顔を
上 とゝ様やかゝ様の 此年月の
御不便がり 御恩は海も 猶浅く
山より高き御恵み 片時忘れぬ

お二人様 此中のお文にも
かゝ様の細々と いかに此頃は
おしなへて引き風の時行(はやり)病
一人案じらるゝ程に 此守りは
萩寺の疫病除けのお守りじや


25
朋輩衆も多い事 わるい
病の折見舞い うつらぬ程
に大事にかけや 又其上に
身用心といふて外にはない
喰(たべ)物に気をつけて気欝

せぬ様に折節は 酒でもたべ
て気を晴らし 煩はぬ様第一は
御奉公を大切に 又合薬
の黒丸子 切た時分と気を
付て もふ三年で御年も明


26
お礼奉公早ふして 下がりやる
を指打て待て居るとちい
さい子供か何んぞのやうに
成人の此わしを 大事がつて
ござる其中へアノ文を御らふじ

たら 何と身も世もあられに
ぞ 常に気ぼそなかゝ様の
其場で直ぐに死にしやんしよ
今死ぬる此身より跡の嘆きを
見るやうで 胸もはりさく

 

27
悲しさは何の因果の報ひ
にて 親子の縁の薄墨に
書き置く筆の逆様事 かならず
お赦し遊ばせと 正体涙せ
ぐり上 身も浮く斗り取乱す

アゝ我ながら未練也 女ながら
武家奉公 草履をもつ
て面を打たれ 何の面目に存命(ながらへ)て
人に顔が合されふ とは思へ共
大切な 御前様への忠義を思ひ


28
今迄はながらへしが 此書置きに
委細の訳 伯父弾正の悪
事の密書 命を捨てて上への
忠臣 只何事も宿世(すくせ)の約
束 最後の晴の支度して

一遍の経陀羅尼唱へん
物と一間なる 仏間へさして
日も西へ 夕日まばゆき 空
色も磨き立てたる練塀造り
足利家の裏門口文箱


29
かゝへ出るお初形ふり見
ずにいきせきと行く向ふより
二人連 何かぶつくさ咄し合
来るもお初が心の辻占
行違ひさま 叶はぬ/\もふ

叶じゃぬ 取て返すがまだし
もの事 可愛い事をしまし
たと 聞く辻占にお初がはつ
と 見やる空には一むれの
留り鷽の鳴きつれて 最後を


30
告ぐるたまはひ 心細さも
身にしみて あゆみもやらず
立留り アゝ気にかゝる/\ 辻
占の今の咄 鴉啼きの此わる
さ アレ/\けしからぬ胸騒ぎは

コリヤお宿へは行かれぬわいの
様子はしれる此文箱封じ
を切て見てのけふと 思ひ
切て封押切 見れば包みし
草履かた/\゛ 文とり上て


31
押ひらき 何じや 書置きの
事 コリヤ叶はぬと懐へ 一字も
読まずいつさんに御門の 内へ
と 「入相の 鐘も無常を
告げて行 転んづ起きつ廊下口

半狂乱のお初が仰天 部屋
の襖も案内なく 一間を
見ればコハいかに 血に染まり
たる尾上が亡骸 抱上て只
うろ/\ エゝしなしたり遅かつた


32
今一足早くばなァ 此御最後は
させませぬ コレ申し尾上様/\
旦那様と 呼べど答へも涙より
外に 詞も泣きしづむ 吭(ふえ)の
くさりを思ひの儘 かき切て

ごある物を 何とこたへがある
物ぞ ナニ御前様披露 ムゝ
コリヤさつきに窺ひ聞いた
岩藤が密書是さへ有れば
お身のあかりは立つ 有がたい/\


33
コレ申し御無念の魂はまだ
家の棟にお出なされふ
エゝ聞へませぬはいの/\ きのふ
鶴が丘で岩藤づらに
草履をもつてお打たきな

された其取沙汰は屋敷一ぱい
御家来の私が身で口惜しに
有るまいか ヤ無念には有まい
かいのふ おんなにこそ生れたれ
私も武士の娘 御欝憤を


34
はらし兼ふか 夕辺一夜まん
じり共せず けふ迚も思案
とり/\ もふ打明ておはなし
なさるか 今打明てお咄し
かと 見合して見てもお隠し

なさるゝ エゝふがひないお生れ
じやと 傍で見る目の はが
ゆくて さつきにも浄るり
の譬へを引き お心をひいて
見たれば 塩冶判官の短


35
慮なも無理とは思はぬ尤
じやと おつしやつた時の其
嬉しさ 其お心にはりが有れば
遖お手はおろさせぬと
悦びは悦びしが ひよつと

お前様が浄るりの塩冶
判官をなされてはと わざ
とお前をおなだめ申し 隙を
見あはせ岩藤を 一刀にさし
通し御恩を報じ奉らんと


36
思ふにかひも今宵の有様
お書置きの此表 追っ付け敵
岩藤が首引さげて御無
念をはらさしませふ かならず
お待遊ばせと 遺恨の草

履手に取上て 打ながめ
/\無念の涙血をそゝぎ
こりかたまりし烈女の一念
義女の其名を末の世に
錦とかはる麻の衣女鑑と


37
しられけり 夜も早初夜
を告げて行く お夜詰ぶれの
音さへて 鉄(かな)行燈の光り
さへ いとゞ淋しき長局 胸
なでおろし手を組で 思ひ

つめたる其眼色 気も張り
弓の三日月も入るさのかげ
のくらまぎれ 手水鉢bに
さし寄て 柄杓もつ手も
わな/\とすくひ上たる水

 

 

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38
一口 うらみの草履かた手
には 血汐したゝる尾上が
懐剣 片手片足の早寝刃
庭の千草に鳴きつるゝ蛙(かわづ)
の音(こへ)も 物すごし あたり見

まはし 奥の間へ真一文字
に 「かけり行 忍び入ったる   (奥庭の段
奥御殿折節人もとだへしは
天のあたへと猶奥深く窺ふ
折から 何心なく岩藤が出

 

 

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39
合がしらはさい究竟 待ちもふ
けたる九寸五分 中老尾上
が召しつかひ 主人の遺恨覚
有んとつつかくる こなたも
しれ者身をかはし ヤア推

参なる下主女 ひしいで
くれんと裲ぬぎ捨 お初か
利き腕むずと取り 組伏せん
と金剛力押せども 突け共
ひるまずさらず 一心凝たる


40
主の仇かよはき力にふり
ほどき付け入り/\いどみあふ
念力通す恨みの刃 うけ取
給へと名乗りかけ 柄もおれ
よとつき通され さすがの

岩藤七転八倒 報ひは早き
断末魔 心地よくこそ
見えにけり 物音聞き付け女中
方 長刀転手に追っ取まく
飛びしさつて待った/\ 意趣は


41
一人お上へ手向ひ致さぬと
いへ共赦さぬ関の戸の 前
後を立切る釼のはやし とや出
のひなに村鳥の遁しはは
せじと争ふ所に 奥用人

大杦源蔵 しづまれ/\
御諚意有りと 声にひか
ゆる女中方 おはつは臆
せず懐中より一通を取
出し 主人尾上心をこめし


42
此密書御披露とさし
出す 源蔵取りあげ逐逸
に読み終り ホゝお初とやら出かし
たり 其場をさらす主の
あだ討とめしは 武士も

およばぬ大忠臣 殊さら
大切成る此密書 御上への
忠節感ずる余り 今より
取立て中老役 其名も直ぐ
に二代の尾上 血汐に

 

 

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43
ふきし其衣服早改めて
御前へ出仕と 仰せにお初は
有がた涙 歩むも行くも夢の夢
主は消ゆれど名は朽ちぬ 忠臣義
女の道広く館を 放れ出て行