仮想空間

趣味の変体仮名

二代尾上忠義伝 七段目つづき(その2)~九段目

 

読んだ本 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10301710

 

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 26
「つゞき」思ひ切てふうおし切りみればつゝみしざうりかたしナニかきおき
の事コリヤかなはぬと一字もよまず御門の内へやのふすまも
あないなくあけにそみたる尾上がしがい「だんなさま
尾上様とよべどこたへもふえのくさりはやこときれて
いらへなし「ナニ御ぜん様御ひろう
ムゝさつきにうかゞひきいた岩藤が
みつしよありがたい/\これさへあれば
お身のあかりおつつけ岩藤が
くひひつさげ御むねんの
はらさせませうトいこんの
ざうりうちながめ/\
れつ女の一ねんたのもしき

 

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 はやお夜づめもごやすぎてしのび入たる
おくごてん忠義いちづにお初が一念折よく
出合ふつぼね岩藤尾上がしがいのくわい
けんにてしゆじんのいこん思ひしれと
つきかくるをきやつもしらものひとひし
ぎとおせどもひけどもひるまずさらず
一心こつたるうらみのやいばつかもをれよと
つきとをされ七てん八とうたふるゝ岩藤
此ものはおくに典膳大杉花の方にも立出
給ふお初は岩藤にのつかゝりこころのまゝに
とゞめの刀さて尾上があひやく藤江を
もつて尾上がかきおきみつしよ一通
御ひろうとさしいだせば花の方とりあげ
見給ふお初があんど源蔵に仰ありて
尾上がしがいあらためさせさういなき
じさつゆえ「はつとやらんでかした/\
そのばをさらず主の仇うちあつぱれ/\

 

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 只今
より
尾上があと
やく中老に
とりたてその名
もすぐに二代の
尾上いふくをつか
はしけがれのものを
あらためよとのこるかた
なき尾上がめんぞく忠しん義
女の天のめぐみぬしはきゆれど
名はくちぬ尾上の松ぞかんばしき

 

 (七段目はこれにて終り。八段目は縫之助と操の短い道行 by wikipedia で、

  ここでは端折って九段目に突入。)

 

 

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 「九段目 かゞみ山の侘住居 畑介はら切の場」
こゝにかゞみ山の片ほどりにすむ
お初がおや十内が方に紙崎が
弟畑介がわびすまい
世わたるたつきもあら
ざれば出ほうだいなる
うらやさん縫之助
みさほひめも仁木が
さうどうより此や
をたのみかくれずみ
十内畑介とやかくと
かしつきいたはる
心の内たのもしく
こそ見えにけり

 

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 こゝに典膳がけらい
原田郡平は縫之助
みさほひめせんぎのため
くみ子引ぐし此所へたづね来り
まづ八けのおもてをかんがへさすれば
畑介十内とはかりて軍平をたぶらかし
此ばをくるめかへしける畑介は此ひはひに酒
くまんとて出行あと所目なれぬびよう
のりもの十内どのざいしゆくかと家来に
あんないさせこきやうへかざるにしきの
たもとお初も今は二代の尾上しと
やかに手をつかへおみやげものと白木のだい
さたちりめんのまきものを十内がまへに
おしならべさて尾上は父十内にむかひ

 

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おいへのさうどう岩藤の
なりゆき尾上のしまつの
此身のしゆつせとことば
すくなにかたりける
これをきいて十内はめん
しよくかはり「コリヤ
やいはつわりや
忠義しやのほまれ
じやのとひけら
かすかみやうもん
ぶつたうりもの
忠義主人尾上様の
不幸がおのれの仕合

われが主人は尾上様
よりほかにはないはへ
故郷へかざるそのにしき
も此おやが目にはつゞれ
と見え出世とおもふ
中老づらが乞食
ひにんとなりさがつ
たこんじやうおや
にもいはれぬ忠
義とはろくな
ことではあるまい
かんどう
じや出て
うせい
と義に
かたくなゝ
いつてつ
おやぢ
「次へ」

 

 

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(右頁下)
畑「ハテきのどくなおまへの卦は首落損と
いふ卦でちかい内にくびのおちるかたち
かうとへん爻(かう)が離のけにあたつて中
きれたり女房にはなれるかたちがある
おまへのひさうのみけねこも六月廿九日
の夜いぬにかまれて死んだと
見えるハテサテきのどくせんはん
軍「なるほどきみやう/\身ども
かまくらを出るじぶん妻がくわい
にんみけねこめもはらんで
をつたあひばらみは天地
かいびやくのいみこと
そんしごしも

 

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いはれた事だ
さほどの

なぜ
しらせ
ては
よこ
さぬ
やう
女房も
おれに
あひた
からう
へんし も
はやう
きたく
いた
さう

 

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思い切って封押し切り、見れば包みし草履片し、何、書置の事、こりゃ敵わぬと一字も読まず御門の内、部屋の襖も案内無く、明けに染みたる尾上の死骸。「旦那様、尾上様」と呼べど応えも笛の鎖、早やこと切れて応え無し。「何、御前様御披露、むむ、さっきに窺い聞いた岩藤が密書、有難い有難い、これさえあればお身の明かり、おっつけ岩藤が首引っ提げ御無念の晴らさせましょう」と遺恨の草履うち眺め打ち眺め、無念の涙、血を注ぎ、烈女の一念頼もしき。

 

早やお夜詰めも五夜過ぎて、忍び入りたる奥御殿。忠義一途にお初が一念、折よく出合う局岩藤。尾上が自害の懐剣にて主人の遺恨思い知れと、突きかくるを彼奴も知れ者一拉ぎと、押せども引けども怯まず去らず、一心凝ったる恨みの刃、柄も折れよと突き通され、七転八倒、倒るる岩藤、この物音に典膳、大杉、花の方にも立ち出で給う。お初は岩藤に乗っかかり、心のままにとどめの刀。 さて尾上が相役藤江を以て尾上が書置密書一通御披露、と指し出だせば、花の方取り上げ見給う、お初が安堵。源蔵に仰せありて、尾上が死骸改めさせ、相違無き自殺故「初とやらん、でかしたでかした、その場を去らず、主の仇討ちあっぱれあっぱれ。只今より尾上が後役中老に取り立て、その名もすぐに二代の尾上、衣服を遣わし穢れのものを改めよ」と残る方無き尾上が面目、忠臣義女の天の恵み、主は消ゆれど名は朽ちぬ、尾上の松ぞ芳しき。

 

畑「はて、気の毒な、お前の卦は首落損という卦で、近いうちに首の落ちる形。爻と変爻が離の卦にあたって中切れたり。女房に離れる形がある。お前の秘蔵の三毛猫も正月二十九日の夜、犬に噛まれて死んだと見える。はてさて気の毒千万」
軍「なるほど、奇妙奇妙。身共、鎌倉を出る時分、妻が懐妊、三毛猫も孕んでおった。相孕みは天地開闢の忌事、孫子呉子も言われた事だ。左程の事、なぜ知らせてはよこさぬやら。女房も俺に逢いたかろう。片時も早う帰宅致そう。」

 

「九段目 加賀見山の侘住居 畑介腹切の場」
ここに加賀見山の片辺りに住むお初が親十内が方に、紙崎が弟畑介が詫び住まい。世渡るたつき(方便・活便)もあらざれば、出放題なる占屋さん。縫之助、操姫も仁木が騒動よりこの家を頼み、隠れ住み、十内、畑介とやかくと傅き労わる心の内、頼もしくこそ見えにけり。ここに典膳が家来原田軍平は縫之助、操姫、詮議の為組子引き具しこの所へ訪ね来たり。先ず八卦の表を考えさすれば畑介、十内と計りて軍平を誑かし、この場をくるめ帰しける。畑介はこの祝いに酒酌まんとて出で行くあと、所目慣れぬ廟乗物、十内殿在宿か、と家来に案内させ故郷へ飾る錦の袂。お初も今は二代の尾上、しとやかに手を仕え、お土産物、と白木の台、沙羅縮緬の巻物を十内が前に押し並べ、さて尾上は父十内に向かい、お家の騒動、岩藤の成り行き、尾上の始末の一部始終、今有難いこの身の出世、と言葉少なに語りける。これを聞いて十内は面色変わり、「こりゃ、忠義じゃの誉れじゃのとひけらかすか、名聞(みょうもん)ぶった売り物忠義、主人尾上様の不幸がおのれの幸せ、吾が主人は尾上様より他には無いわえ。故郷へ飾るその錦も、この親が目には褸(つづれ・ボロ)と見え、出世と思う中老面が乞食非人と成り下がった根性、親にも言われぬ忠義とは碌な事ではあるまい。勘当じゃ、出て失せい」と義に頑なな一徹親父「次へ」