仮想空間

趣味の変体仮名

一向不通替善運

 

読んだ本 https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2534149


3(左頁)

思ひ寝の夢の枕に契る
明がた覚めてはもとの冷
酒も別れにぐつと一呑は
硯蓋にもくねんぼの実に
川竹にいとしやとかわひ


4
がられて運の尽といへと
君傾城にかぎらず地物
にも惚られたらかぶる元
と其中にもかゝれてあつく
なるも有またむかふから
ほれられてこつちですや

すもありとり道あれば
ぬけみちあり何れじつと
してはいぬものなり今時
の色事は出来ると思へば
逃ねばならぬよふにて語
得むかしはしれぬを手から


5
とし今はしれるをほまれ
とす時代替れは品かわる
と此洒落本の題号を
かわりせんと記(き)せし事一向
不通の小冊にて通用
せざる戯作ゆへかくあら

わすことしかり
評判は千里も走るとらの歳
齢(よはひ)はつもつて二紀(ふたむかし)の春
  
    山跡蜂満述


6(左頁)
頭(かうべ)を振って音声(おんじやう)を発し
頭を低(たれ)て涙を催す

○振頭(ふつてかうべ)を音声をはつすとはかうべはすなはち
 かしらのことにしてあたまをふつて豊後ぶし
 をかたる通人をさしていふ事か
○低頭(たれてかうべ)を涙をもよふすとはあたまを色
 男の膝へもたれてぬしはきこへやせんと
 いふ恨みの通言なるべし


7(左頁)
一向不通替善運(いつこうふつうかはりぜん)

井中の蛙は大海をしらずとはむべなるかな
地物の通り者は稽古所を大いなる世界と心
得傾国の広大なる事をしらずと昨日
まできせるさうじの丁稚は仕きせ
の松坂を着ながし月並を贈りすつ
へがして而後(しかうしてのち)鼻の下は茶みぢんの袷


8
をあらしとせず番頭大王の帳めんを迷は
しほうばいの見る目をしのび茶ばん
のかぐ鼻をおさへてかよふのも青ひやう
しの二巻をおぼへて連月の会行には
弥生の紙雛のごとく赤毛氈に座し
てかたる一節にしくもうせんけふはあたま
へかぶるのもおのれがすき/\゛さま/\の其
中にも稽古所の門弟はいく千万と

いふかずをしらねども太夫の号を取ん
とするは百に一つの冨の札あたりはづれ
もせまからぬひろい世界にみじかひ命
野夫(やぼ)にくらさぬ色事のむすぶえにしも
長町にいでその頃は繁栄年中とかや
浪花といへる繁華の地に西国橋といへ
る一つ橋(きやう)あり此辺のにぎはいはさま/\゛の
契情(けいせい)のまことはうき名を四つ竹ぶしに


9
のこし宇治の歌人といはれし喜撰
もむなしく茶屋の掛行燈となりし
もまことに孔子も時にあはざるもむべなり
早つぎの石うるしはかたひおやじの心
を打わりわかげにやはらぐつぎ直し
閏も月夜もきらめく提灯は星のごとく
口上のからくりにて冨桜那(ふるな)の弁をふるひ
てもわか身上のぐあひの糸は竹田近江

かつもりでも金のまうかる思案なし
といへどもなか/\足もとに金のなる
木もあるぞかし誠つくさは玉子さへ焼は
四角な屋台見世天麩羅胡麻揚の匂
にはをり介丁稚のこゝろを迷はしおでゝこの
一幕には使の口上をわすらして生捕に
亀山のばけ物には江戸見物も足をとゞ
め腰の巾着はむなしく髪結所の


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ぶら/\ものとなりいはんや目て見る斗
でなく鼻でかくにほひにさへこゝろ
うばゝるゝを見ればたほのひかりに気
を失ふをみればまんざらのこけ共思は
れずとかく思案の二字をかんがへてみた
ときはまよはぬにしくはあるまじとこそ
おもひ待る此西国橋といへる所より日
本橋の方へ弐町とへたゝりて長町

の軒べに舂(つき)米屋と仕立屋の路次口に
留本三勝(とめもとさんかつ)と家札(やふだ)をかけて音曲を営(いとなみ)と
する一つの稽古所あり此三勝が内は路次(ろぢ)
のぐつとつきあたりにて入口には鋲をたん
と打たりつぱな腰障子に丸に抱茗荷
の紋どころをうす墨入に付たる家にて此
近辺名うてものなりみづからも今はたれ
にもをとらじと心得て父母の孝恩など


11
といふ事は一向なものにてをひとりで覚へ
しとこゝろえて親にむかひおぢさんおば
さんとよび夫にむかつて兄さんと唱るも
此道のならひぞかし此親仁の商売は
身をちゞめ骨をくだくからかさ屋なり
「傘屋?むすめゆへ所でかさや 
 三かつとよふもむべならず」此家の道具たえをみるに
左右の壁は置(?)水玉と松柴紙てはりまぜにてひだりのかべには
狂歌師の短冊が二三枚ちらしばりにて右のかへには黒ぬりの
小札に弟子の表徳を書月の行事
啓花(けいくは)・廻車(かいしや)・おふで。おちよ と書しるしこちらの

柱のおり釘には遠州緞子の細はがき首
まもりが引掛て側のかけ竿には絹さなだ
のねまき帯と紅粉(べに)の付たさらしの手拭
ふすまのはいつた練り袋ときぐすり屋の
徳さんにもらつtがにほひ袋も香がぬけたか
して此掛ざほにむなしくくゝし付て有
「最早けふも朝飯すきと見へておやぢは
二階で傘(からかさ)の破(やぶれ)を直しているとお袋は


12
板の間を雑巾でふいている所へ来るは
近所の子供朝へいこに来る(お松お吉お年三人 内をのぞいてみて)
おばさん御師匠さんはへ「お袋」ムゝ今かへるだ
ろうからちつとまちな「三人」アイト是は新上るりが 出しゆへ三かつは
太夫かたへうけ 取にゆきし也「お吉」おまさんあかんな「お松」サアお上りと
みな/\上にあがる笠をなかしのそはへ置て はんとう火はちをとりよいてあたる「吉」コラおとさんとんだ
けふはさむいね「おとし」アイけしからぬさむい日だ
よアノわつちらかとなりじやア雪でね大き

な兎をこさへたよいつそよく出来たよ
「お松」アイわつちも見ましたよアリアだれが
おこせへだへ「おとし」アリアねかし屋の善さんとね
次郎どんと二人リでこせへたよ「お吉」コラお
まさんちつとおみせ とおきつはおまつかけいこ本を もめんんおつばくろ口から取出し
おこへおなつをおはじめだのモウおしめへか
と今はじめたのといふ口の下から モウおしめへかとはまことにあどけなし「お松」アイ今こゝの所だ
よ「おとし」エあの硯引よせ といふ所がむつ かしからうの「お松」アわつ


13
ちやアそこの所よりこゝの所がどうもひき
にくひヨそしてまだむつかしいものがあるよ
鴛鴦はまだならわねへがね獅子の相の手
はおそろしく引にくい「おとし」コゝゝコウわつちも
さうだよみんながねおしどりはむつかしい/\
といふがねをし鳥より柳子のほうが引
にくひヨおきちさんおめへ新浄留理はお
あげか「お吉」イゝヘ今たて山さまの所たよいつそ

おもしろひかんがあるね「おとし」アゝ我影にさへお
どろかれ とひざをたゝきアゝ なから一口上るり とんだおもしろいねへ
そして門之助が幸介はとんだいゝよあんな
男を亭主にもちてへもんだね「お吉」さうさね
「お松」ヲヤ/\/\此お子たちやァとんだことをおいひ
だよと子供でも三人よればかしましくと
かく女子の子はこしゃくなものなり とはなしをして 火ばちのはいを
かきまはすゆへ火がはねてヲ たゝみをこがす みなおまさん「お松」ヲヤ/\わつち


14
じやアねへヨよいふゆへにおふくろがこれを見
て「お袋」此子たちやアわるひ子だぞちつとマア
じつとしていればいゝに と小言をいひながらざう きんで火をふきけす する
と程なくあるじの三勝はかへりくる おなんどちや のしゆすの帯
をしめふとりのあひびろうどのわたいれをきて左りの手をたいはくの
糸でゆわへあたまへ白のかんざしの足へ三みせんの三と一の糸を二つはさん
でまへゝさし 敷居をまたいで「三勝」ムゝみんながおはやいのけふは手習
は御やすみか とあしをざうきんでふきて上へあがりてたばこ
       二三ぶくのみながら三みせんのてうしをあはせて
「三かつ」サアおきさん「お吉」ハイト新上るりの本を

とり出して黒ぬりの針箱の上になをし
ておなじやうに引はじめる「三勝」「たて山さま
へ願たてゝたばこたつのもわたしやおまへに
そひたいばかり誠をいはゞ此みちは親のまゝ
にもならぬがならひ女子(おなご)のすいた女夫(めおと)ごと
「おきく幸助名酒盛色の中汲(なさけさかりいとのなかくみ)」とくり
かへし/\三べんもをしゆる跡の弐人の稽
古は長/\しきゆへに爰に略すほどなくけい


15
こもしまひ「三人」ハイ御師匠さん明日(めうにち)本明日/\
「三勝」コウみんなが糸銭(せん)をわすれなさんな とこれは 女の子は
三みせんをならふゆへ糸せんとて 晦日に廿四文づゝ御定りなり すると昼時分に来る
甘酒屋「これはうら 店の九つ とけい」醴千代井(あまざけちよい)アマイ/\/\/\「三かつ」コウ
かゝさんあまざけが来たからモウ御昼ださう
だおまんまにしやうと そこのあみ戸だなからてうめし のぜんをとり出して茶づけちや
わんのふたにならづけの香物が 二きれ半分あるを取出お飯を初る「三かつ」サアとつさんおまんまだヨ
「おやぢ」ヲイとんだ此ごろは日がみじかくてなんにも

できぬことだぞと下へをりて御めしをたべる
三勝はめしをくひかけて箸をそこへ投て
てうづに行「お袋」アノ子は行儀のわるひ子だぞ
いつでもおめしをたべかけてから手水にゆくと
小ごとをいふ程なく三勝は手水よりもどり
門口にうち田の壱升樽のかゞみのぬいた手
あらひ桶で手をすゝぎそとへふつて掛竿の
前たれで手をふき「三勝」アゝむしがかふると そのまゝ


16
そこへねころびてざうげのばちで はらをおす御ふくろ小ことをいひながら 三かつのたべかけた膳椀
をかたつけてしまひ親仁も二かいへ上りてこれ
で昼飯もかたつくとすこへ来かゝるは木綿屋
の手代栄介うへに青梅嶋のちやみぢんの綿
入を着てかたにしぼりの手ぬぐひをかけ来る
「栄」おかさんてへぶふさいで居るの胸に手をあて
こゝろに異見がどうしておもひきられる物
か「三かつ」おもしろくねえ栄さんわるくしやれなさん

なそんなところじやアねえと ぐつとはらをおすひやう しにざうげのばちかぱ
つきり おれる「三勝」いめへましいけふのやうな日はねえじ
れつてへ とじれるもむねに思つたことがあるゆへそこ/\し ているもむりならずまことに十五にぐらいのいたごと也
と栄助はしやれ三勝はじれている所へ来る
は向原(むきはら)立(たち)右衛門 いとざんのはかまに白の ついたお太刀をきめ付 表徳(ひやうとく)を通志(つうし)
今ひとりは向宇(むかう)水之進表徳を稽無(けいむ)
出立前に大かた 同しことなるべし「両人」イヤ此間はおひさしふ御座り
ますヤ栄さんすつきり「栄」おとを/\しいね


17
とみな/\ 上へあがる「此稽無通志は一こう野ニ?介なれども此みちを覚へ 
            てよりすこしつう人のきどりまんざらてもなし
「通志」栄さんおめへ此中ごこやらでみかけたつ
けありやァどこへいきなすつた「栄」エゝアリヤ豊(とよ)
科(しな)か所のさらいにさ これは月ことに所々にさらひ会が ありこれへ丸印一すじづゝもつて
行て一段づゝかたりかへるなりするとあれは
どこ町のだれとか名が通る此みちの付あひ也「稽無」コお師匠様(さん)
どうぞわたしに浅間をはじめておくれな
せへ「三勝」アイトはらのいたきも直るゆへに三みせんのてうしを
      合せ引初るとけいむも口のうちてちいさなこへで
ウタヒカゝり
「あはれいにしへを 思ひ出ればなつかしや 行とし

月に関あれば 花にあらしのせきもりも よ
い/\事の白ゆきは あかねさす日にとけて行
ウタ?とけいこを している「栄」通志さんなんとアノ浅間ほと
よく出来た上るりはねへね そしてとこも落(おち)
がねげまことに留本の千両道具だねへ「通」
どうぎだねえは切みせのある所じやァねへかと
しやれる「栄」通志さんが又しやれるよト三かつは これを
きゝて少し おかしく「通」コおかさんおめへでへぶおかしな顔を


18(挿絵)
うた麿筆


19
するのおかしいかおかし/\あつたとさる
ぢゝいとばゝあ しゃれるゆへけいこ をしまひ「三勝」アハゝゝゝとわろう
かゝる所へ栄介が酒があまり長ひ 
ゆへ此けいこ所をかぎ付て迎ひに来る「小僧」モシわたしどもの
栄介さんはおまへにかえと のぞくこれを きゝて「栄」うつ手
のかゝつ身の上だとしやれながら表へ出て
コ安ヤあすこにいたといふなよ「小僧」アイとはいへども 栄介かわる
ひしつぽをかゞされたゆへ此小そうも大かた栄介がかぶるときには
犬にもなるべしまことにわざはいは下よりおこるとかや栄介は此小僧
のきげんをとるやうにすれ共ながき月日のうちにはいふことをきか
ねばあたまの一つもついはるべければ此小ぞうは此事を手にしているゆへ

栄介かいふ事をばかにしてきかぬこともあるべし
まことにおそるべしつゝしむべし隠ずべし 栄助はうちへ
かえるすると雪駄屋の手代文治表徳を
美光餅屋の手間取(とり)勘次二人づれで
来り「美光勘次」イヤどなたも「三勝」ヤ勘次さんお人がら
だねとこへしやれなすつた「勘」そんな所じや
アねえおぼごの病気見めへさト三人ながら 上へあかる「三勝」あ
やまかね「美光」サア/\大入になつて来た「勘」なん
だおゝいりをたつてニ拾里上方(かみかた)「通」相州小(を)


20
田原(だはら)かこいつアわりい「三勝」通志さんなんぞ
おごらねへか「通」またねだるよ此子はどうも
跡ねだりをしてならねへわりい癖だ「三勝」夫(そん)
でも先頃(せんころ)節句のあづけがあるぜへ「通」
預けといへば文公おれが左をおこらうから
貴公なんぞおごらつし「美」サア笊がまは
つて来たよし/\ばそをおごりやしやう「勘」
ムゝそはといふやつは音ばかりして賑やかな

げひじやァねへか銭のいらねへおごりださう
いつても文公しよせんのねへもんだぜへ「稽」
エ定斎(じよさい)といふものは夏ばかり来るくすり
屋しやァねへか「美」こいつァいゝしやれの惣出
来(き)だ トいつている所へ
       酒やの御用来る「通」コウ御用/\これで酒を
もつて来てくれべし トふところからそつと四文 残のはしたを二百斗やる「御用」エ
かしこまりました「美」コまだ用かあるぜェきさま
角の伊勢屋へいつてあつくしてかけを十二


21
今もつてこいといつてくれべし「勘」コ文公/\/\
蕎麦は伊勢屋より横町のまさるやが
いゝぜへそしてついでにそば湯をいつて
やらつし「美」そんならまさる屋へいつてき
さつしそば湯をわすれめへよ「御用」あい/\
と出てゆく「美」勘公が蕎麦湯をかすり
も久しいもんだ「勘」ヲイトごくらうサこゝの
火鉢でかんをしやうと三勝はてうしへ

さけを入て火鉢へかける「勘」サ炭をつぎねへ
トさけのかんをする 程なくそばも来る「通」サとんた事をやつた酒へ火が
はいつた「三かつ」そこのをうめねへなトそはを出して みな/\さかもり
になる「美」サアとつさんに一つやんねへな「三勝」サとつさん
や トよぶゆへにおやぢは 
   ニかいよりをりる「親仁」これは/\大きに御ちさう
でござります「稽」ナニさあ/\/\と此間しばらく 
           口に土用か入なればむごん「親仁」そば をたべ
て口をすゝぎ戸たなの仏だんから(古銭)印を出し
羽織を引かけきのへねの大こくまいりにゆく どなたも御咄
なさいコ跡を気をつけさつせいとかゝあにいひ


22
付て円通院へといそぎゆく「御袋」ア是は御影
で大きにあつたまりましたと そこらのそばのぜんを 片つけるこれよりさか
もり 初る「美」なんと拳(けん)でいかふ「稽」サよかろうなん
でも此筒ちやわんへ一つついでおいてまけの
みにしやう「美」サア子五(かく)ヨ「稽」上六(ろま)デ「美」?十とうらい「稽」?五むめ
デ「美」?八むまヨどうだ/\「稽」こいつはかなわねへき
ついもんだ トちやわんの酒を ぐつとのむ「勘」此ごろみなみでは
やる大仏の拳をしつているか「三勝」ウンニヤどう

いふもんだかしてみせねへ「勘」シヨン/\/\ト手を三つ
うつてノひだりの手をひろけて右リの手を
おや指と人さし指を輪にしてあとをひろ
げるが大仏よ(図)そしてまたトヨン/\これが
(図)両ほうの手をもつて合羽をぬぐま
ねが細工人ヨそしてこうおがむが参詣の人ヨ
(図)ノ大ぶつとさん詣の人じやァ人がまけ
大仏とさいく人じやァ大ぶつがまけさ細工


23
人がさんけいの人にまけよヨシカ「通」こいつァおも
しろい「みな/\」アハゝゝゝト大わらひになりてしばらく さかもりになるなり「稽」き
のふノ生玉(いくたま)のくわんおんへまいつたがうら門の
とことにうつくしい光がひとりあるぜへ「美」ムゝ
難波(なには)かおいらアあれよりわか嶋がとりもんだ
「三勝」ナニわか嶋よりなにはがいゝそうして人がら
いくらにもいゝわさ「勘」ムゝおきさもつらァいゝ
があいきやうのねへあまだ「通」でへぶくはしいの

「勘」そこへいつちやァみそじやァねへが是もんだ
トひげをなでゝ少々 うぬをいふ「三勝」勘さんあんまりすやさねへが
いゝぜいたれもとりもつこつちやァねへぜへ「勘」
それでもこの中おれにほれて付文をした
ぜへ「三勝」そうだらう色おとこだから「勘」これ
はうるせへとおもしろくねへしやれをいふも
とかくたぼのうき世なり「美」さういへば通
志さん此ぢうのいろ気はどうした「通」いや


23
あいつはおかしな出入よ通志ちがひサこんな
うまらねへことはねへ「稽」通志は色おとこ
だから色事の身かはりアありかていさ勘
公壱つのまつし「勘」イヤおりやァ此頃きん
酒だヨ「稽」エきんしゆもすさまじいきん酒
きんの字はちかひさけとかくわなトミナ/\
大わらひするとはや日もくれ/\゛稽無 通
志の両人はおび〆直してかへりける「稽無通志」

イヤけふはおほきに長あそびと二人づれで
帰る「三勝」まだ日は暮ねへわな「通」えてきち
がしまるはな トハ門の出入 六つぎり「勘」おいらも大きに遊び
すごしたよくしやれるてえへだぞアイ左様
なら「三勝」マアはなしなせへきうにさびしくなる
わな「勘」又いつてきやしやう「美」左様ならト
勘次も出てかへる美光は はしごの下へねころぶ 三勝はそこらをかたつけ
しゆろぼうきではき出す「三かつ」美光さん


24
サアおきねへナ日がくれるはな「美」ムゝそんなら
ひとつおしゆんをけいこをしてくんねへ
「三かつ」サアト三味線を引はじめる美光はかた
りかけう「美」にくかろうとも渡り合るげ
の情の一夜さの枕かわして下さんせやいの
/\トくりかへし/\三べんばかりさらひ 
  てしまひ三みせんそこへたてかけ「三かつ」アゝさむいトそ
この掛竿の木綿さら紗の袖なし胴着
を上に引かけてきのふいつた天窓(あたま)も色男

にこはされたかして丈長でかみ上をして
ほたるほどに消のこつた火を吹おこす
美光は見ぬやうににるやうにしてそつと
三かつが手をにぎるアレサトいふひやうしに
美光は文をつかませる三勝は手にもとら
ずときかへす又つきつけると三かつはづゝと
立て茶をのみに行 美光はふしやう/\゛にその文を 
         ふところへ入てアさやうなら
明ると「三かつ」これはおさう/\ト此三かつは半七とふかきゆへ
                 なか/\この美光などがつけ


25
文をとり上るやうなしろものならず大きにはぢをかゝせてへこまする
ところをさすがは名とりとてたゞわらひですませしはまことにいたり
たるしろ ものなり 程なく目もくれぬれば御袋ははりの
穴だらけな行燈を出し油紙つぎてかた
はらによりて苧(を)をうみかけるとほどなく
きたる色おとこはあかね屋の左官の棟
梁のむすこ半七とてあたまを少しきめ
中の丁うしろかるきに結(いつ)て此三勝がけい
こ所の世話やき 但しけいこ所のせわやきはいつでも師匠
        といろことなりトこゝろえべしけいこじよ

通のよくしる ところなり 此半七も三勝とはふかき中なり
色男でなければ身にしみて世話が
できずむすめの母を手まへの親のやう
に心得かゝさん/\ととなへるもむり
ならずしかし一点ばりに来る青にさい
のおなじやうにかゝさん/\といふはなめすぎ
たものなりなれど深い色ごとでむすめを
つれて逃てもむかふの親が得心せぬとき


27
にはかゝさんおばさんと思ひしもたちまち鬼
のごとく思ふも替りやすきは人こゝろもあす
か川と定めなき浮世なりさて半七は
木綿太織(ふとおり)をのろま色に染て紋所は
御くら草(さう)をかけにつけ襦袢のかはりに
ひとへものを下に着てねずみごはくの
帯を貝の口に〆(しめ)水浅黄の手拭をかた
にかけて姫路革の三度を腰につけ

朱ぬりの皮鼻緒黒ぬりの足駄をはき
蛇の目の傘(からかさ)をさして小さきぶら提灯に
藍で豊(とよ)といふ字を付たるをかた手に持(もち)
ふところに青表紙のぐつとひねた八重
霞かしくの上瑠理本を入たもとにつかひのこし
の四文銭あ8せん9が五十ばかりがら/\ならして
 半七が此身ごしらへも半ぶんは三勝が身のあぶらで出来た物
 なりいろおとこはいつてもそがにて大方女をはく事也 ヲへねエ あく玉だ
鼻うたを唄にながら此路次口にいたりて


28
からかさをすぼめてはいるひやうしに寝て
いる赤犬のしつほを踏で大きにほえ
かゝりおつかけられて路次へにげこむ「犬」
ワント飛をき首を上て半七にむかひワン/\/\ト
いふゆへいめへましひ畜生だぞとろじを欠(かけ)
こむ足駄の音がガタ/\/\/\三勝は御持仏
さまへお燈明を上ていたりしがこれをみて
「三かつ」半さん又おつかけられたの「半」いめへまし

い足をどろだらけにしたとざうきん
てふいて上へあがりてうちんを吹消て
「半」コおかさん此中はおかたじめと提灯を
かへしコウあれから此ぢうの出入はけふよう
/\中直りをしたと噺ているぢきに
お持仏さまの燈明がきへる「三かつ」かゝさん
あぶらがねへさうだ「御袋」ムゝそんならかつて
こようと油をかいにおふくろは出て行 跡


29
には半七と三勝と両人のこりてだいぶいり
くんだはなしがなんでも一物ありとはみへ
いれどおふくろ是を見すてゝ行はまん
ざら娘といろ事の訳もしらぬではなけれ
ども半七は稽古所の世話やきゆへに御
袋もしやうちで色事をさせねばうちが
をさまらずむすめゆへにおまんまをたべるゆへ
にきげんまかせにすることか大きに有なり

まことに男女は魚(うを)と水のことくなれば
どんなかたい女でも好(すい)たとかなんとかいふ男
がひとりはあるならひなり「三かつ」此ちうのもの
をおめへ見たか トハ半七と色事ゆへはらみしか跡月より月やく
          をみねばきにかゝり半七が所へふみにてしらせて
やりし なり「半」ムゝたれもあれかきにかゝつたから其人すり
をかつてきた トあかかみにつゝんだくすりをそつとたもとへいれ
        しはてつきり仲條流なるべし三かつが腹をいみ はなし
つて見 ながら ヲゝなるほどコリアそうだがおめへ先頃咄
た事をどうしてくれる「三かつ」アリアもうちつと待(まち)


30
よ トこいつは師しやうに丸印のむしんなり
   三かつは此色男にきものをはかれる「半」コおかさんおめえ
アノ栄と何かわけがてきたじやァねへか と少しやく きみ合有
「三かつ」まじにうけとんた事をおめへいふもんだ
ぞおめへとのわけはわたしか手へきづをつける
くらいな心で居たものを トこいつはひだりの手に 半の字がほりてあり
おめへといふものはもつとも栄さんがわつちに
はなしたわけもあるけれども夫を取上る
やうなわつちじやァござんせんはなさういふ

おめへこそ此ごろはどこのか女郎衆になじみ
が出来たさうだ トすこしなき ごえになり「半」そんならいゝがおれ
もそんなことはマアうわきだがこちらの事もよ
く了簡してみるにほんに大きくなればいゝが
「三かつ」ソリアまたなぜへ「半」さうするとおれも大き
に仕いゝよなせといつて見やれてめへをおれが
つれて逃てからがはらんでいるといやァ女房
にされやうといふもんだそこてそうするだんに


31
なるとにげずに訳がつけられるといふもんだぜへ
たとへさうするとおれも手めへゆえに苦労を
するから肩に棒をあてゝもおやぢと御ふくろは
すごすといはれて 三かつはぐつ とほれて「三かつ」おめへそれがしんじ
つさういふこゝろならわたしやァ嬉しひと思はず
涙をこぼして半七がひざに抱つくと半七は
そばの行燈の灯をふつと吹けすひやうしに
ふたりしつほりといだきつくとお袋の足おと

が路次へきこえると二人はこれをきゝてびつ
くり左右へとびのくと路次の板の音がガタ/\/\ト
いふと通(とをり)町のほうでかねのこへが「五つ」ボヲン/\/\ /\/\

  甘露庵山跡蜂満夢中戯作
     并書画


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 天明八申歳正月吉日
   馬喰町
    江崎屋惣兵衛版

この里をたれかあさふと
なつけるも草木は深く
生にしものを
かるしいへる方にすめる
  小しまの
    あるし